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平松幹夫

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コラム

マナーうんちく話1621《今流の男の礼儀作法④「礼儀作法は教養の代名詞であり、生活の必需品だった

マナーの心得

2018年2月21日

経済力や地位が高まれば次に望むものは知性や教養というのは古今東西普遍のようですね。
「衣食足りて礼節を知る」という言葉もあります。

江戸時代の高級武士や大名にとって、礼儀作法を身に付けることが当時のエリート社会への登竜門であったのでしょう。

つまり武力のみではなく、「礼儀作法」という知性と教養を身に付けることは、上から信頼され、下から敬われる早道であったのだと思います。

この傾向は明治になっても続きます。
明治維新後に、それまで礼儀作法にはほとんど無縁であった下級武士が、維新の功績を認められて高い役職に就いた人は大勢います。

役職が高くなればなるほど責任は重くなり名誉も伴いますが、これまで経験したことがない社交も求められます。

日本の武家社会で生まれた小笠原流礼法に加え、欧米人にも通じる新たなマナーも必要になります。洋食を食べたりダンスをしたり、場合によってはタキシードを身に付けるようにもなります。

高級武士は幼い頃から藩校で様々な教育を受け、職場の城内でも堅苦しい礼儀作法に縛られて生活していたので、ある程度の基礎ができていたと思われますが、にわか高官は本当に大変だったことでしょう。

だからまずは知的サロン等に通い、それまで経験したことのないマナーを身に付けるようになるわけですね。

そしてこの人たちが現在世界に誇れる日本の礎を築きました。
礼儀作法の役割は本当に大きかったと思います。

ちなみに武士の社会の大きな特徴は主従関係が明確であったことです。
だから上司に対してあるべき態度はきまっており、多種多様な礼儀作法が存在していたと思われます。

当然男性のための「武家礼法」も存在しました。

江戸時代は政権が安定し、平和な社会でしから形式主義や格好良さに重きが置かれたのでしょう。
とにかく高級武士は立ち居振る舞いがとても美しいと感心します。

加えて日本人なら誰でも知っている歴史的大事件である「赤穂浪士」も、その発端は礼儀作法です。

それも形式を非常に重んじた礼儀作法ですから、それなりに努力が必要です。
さらに武家礼法のみならず、勅使の接待ですから当然公家礼法も必要でしょう。

天皇の使者である勅使の接待は非常に困難な役目ですが、見事果たせばこの上ない名誉なことです。
やりがいは大いにあります。
しかし失敗すれば腹を切らなければなりません。

でも当時の武士は潔さがありましたね。
ここが今の政治家や役人と違うとこではないかと私は思います。

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