1日1分!女子力向上マナー2≪好感をもたれる美しい所作≫
【旧制女学校と礼儀作法】
明治から昭和の初めにかけての、女性に求められる教育理念は「良妻賢母」、つまり、夫に対してはよく尽くしてくれる妻であり、子どもに対しては賢い母親で有ると言うことです。
それを満たすのが礼儀作法に他なりません。
だから多くの女学校で、礼儀作法教育を積極的にとりいれたわけです。
男性は学力ですが、女性は思いやりや立ち居振る舞いや家事等です。
つまり、女性は学力より「女性らしさ」が求められた時代で、その根底には富国強兵政策があります。
何でも自由の今では、「良妻賢母」教育は古めかしいように思われるかもしれませんが、子どもにとって賢いお母さんになるために、多様なマナーを修得することは、否定する理由が無いように思いますが如何でしょうか?
そして、この時代に女学校で組まれていた礼儀作法のカリキュラムが、広く一般家庭に浸透したお陰で、「礼節の国日本」という国際評価があると考えます。
ただ、夫に対して良い妻とは?については一概に言えません。
それぞれの夫婦には、それぞれの考え方や、生き方があります。
加えて、妻に対しても良い夫であるべきです。
ちなみに、平和な社会背景の中で体制が確立されて来るに従い、秩序の在る生活スタイルが望まれてくるわけですが、日本の礼儀作法はそのような中で形成されました。
体制が整い、秩序が生まれ、自己が形成できたら、次に他者に対する「思いやり」を大切にするようになります。
それに道徳規準や美的センスが加味され、具体的にそれを表現する作法が生まれるわけです。
だから「作法」というものは、「なぜこうするのか?」という合理的な理由が存在するのですが、当時の女学校の礼儀作法教育は、不必要に「形」を重要視したのでしょうか?
礼儀作法は、窮屈・堅苦しいと捉えている人が多いですね。
本当は「思いやり」「感謝」「尊敬」の気持ちを具体的に表現したものなのですが・・・。
しかし、自己を律し、他者を思う心は現代人が学ぶべき点が多々あります。
挨拶、はき物の脱ぎ方・揃え方、食事の仕方、使い回しなどの「勿体ない精神」、人付き合い等など・・・。
そして戦後になり、物が豊かになり利便性が増し、民主主義が発展してくると、自由や個性や権利というキーワードが重要視されて来ます。
非常に暮らしやすくなったようですが、反面思いやりの心が失せ、人間関係が希薄になり、無縁社会・孤独死等という由々しきキーワードが現れてきます。
高度情報化時代で知識や情報の洪水の中で生活していますが、幸福度は決して高くないです。
いかに世の中が変化しようが、良好な社会生活の潤滑油になり、普遍的要素を含んでいるのはマナーです。
次回に続きます。