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井上博文

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井上博文(いのうえひろふみ) / 塾講師

京都コムニタス

コラム

「何が問題かわからない」の恐ろしさ

2022年7月30日

テーマ:研究計画書作成方法

コラムカテゴリ:スクール・習い事

私はいろいろな仕事をしている関係上、少なからず宗教の問題に触れます。(旧)統一教会は、私たちが大学生くらいのころ、合同結婚式で大いにワイドショーを騒がせました。オウムが暴発したのは1995年です。合同結婚式が世間を騒がせたのは(ワイドショーが騒いだのが)、1992年ですから、実はオウム事件よりも先です。この頃から新興宗教、カルトなどと言われ始め、それにのめり込む若者を指して、社会現象、社会の闇的にとらえられました。
私が宗教に関心を持ったのは、この時期に大学生になったからに他なりません。
「なぜ人々はあんなものを信じるのだろうか?」
若かったので、こんなつたない問題意識しかありませんでしたが、不思議で仕方なかったのです。同じころ、友人の妹が、「電車のホームで立っていると血をきれいにしてあげますといってやってくる宗教」に取り込まれ、道場まで奪還しに行ったことがあります。本当に大変でした。「心の闇」という言葉もたくさん聞きましたが、こんな意味不明な言葉に納得する人にも強い違和感を覚えました。その後、私は、いろいろな宗教の知り合いができました。楽園思想を持っている宗教にも関わりました。「集会」に行くと握手攻めにあいました。
「ようこそ!一緒に楽園に行こう」
ドン引きでしたが、そんなことは言えません。その後、大阪ドームの「世界大会」に参加しました(させられました)が、5万人(会場発表)来ていると言います。確かに世界中、様々な人種が来ており、その宗教に対する、私の偏見は少し解消されましたが、同時に怖さは倍増しました。
私が見てきたものは、カルトと言えるかどうかも不明ですし、カルトとは言えないかもしれません。しかし、無数の人が集まる宗教の力に恐れを抱いたことは間違いなく、同時に「自分は関係がない」「興味がない」というのは、かなり不適切だろうという思いも抱きました。

翻って、統一教会と自民党や野党政治禍のズブズブの関係が次々と明るみに出ています。私は、最大の罪は、メディアにあると考えています。統一教会の名称が変わった時、一部ジャーナリズムでは、取り上げられており、射殺された元首相一族とのただならぬ関係も、その時期以前から指摘されていました。その時期、統一教会から多くの人が、一家離散になるような金額の被害を受けていましたが、政治とメディアにがっちり食い込むことで、おそらく若い世代は、合同結婚式さえ知らない人が多いのではないかと思います。これは紛れもなく報道の問題です。
政治禍がどうしようもないのは、元々のことで今更ですが、腐ったもの同士のタイアップが、オウムの反省を一切活かしていないことが罪悪と言っても良い状態でしょう。
自民党の幹部の一人が、自分たちの親分の一人が射殺されたにもかかわらず、「何が問題かわかからない」と言いました。この人の無味乾燥な表情と言葉には、私がかつて経験した宗教の人々の握手攻めの時の表情と似ていて、大きな恐怖を感じました。私にとっては政治と宗教の問題などどうでもいいことですが、「関心がない」ではなく「何が問題かわからない」が恐ろしいのです。よほどのバカなら、それはそれで怖いですし、バカでないとすれば、よほど難しい問題ということですが、それはそれでもっと怖いですし、両方絡んでいるなら絶望的です。
その宗教が関わることで、重要な人物が一人射殺されているのに、その団体の幹部が、何が問題かわからないと言い放てること自体、異常事態です。当時の大阪ドームに集いし、無数の人が、何が問題かわからない、というのは理解できます。内部にいると見えないことが多いでしょうし、そもそも信じているわけです。上役はまずウソをつくでしょう。なんなら自分たちは被害者と言うでしょう。ということは、この方々は、すでに内部同然なのだろうと思われます。メディアはこれに怖れを感じないほど鈍感なのか、あるいは彼らもすでに内部同然なのか、多分後者なのでしょう。
自浄作用を期待しますが、難しいでしょう。


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