合格速報-臨床心理士指定大学院 花園大学大学院
スタッフの一人が一年間の禅宗僧侶修行の旅に出ました。これより雲水として厳しい生活に入るはずです。何を思ったかは必ずしも定かでありませんが、発心したのだと思いますので、私としては気持ちよく送り出しました。一年後、立派になって帰ってきてくれるとうれしいですが。少し前に述べた出家とは少し違いますが、それに近い生活をすると思います。詳しくは聞いていないのですが、おそらく「庭詰」から始まるのではないかと思います。庭詰とは、何とも古めかしいと言えば叱られるかもしれませんが、まず道場に到着して、口頭で(たぶん大声で)入門をお願いするのですが、拒絶されるのです。もちろん、申し込みはしてあるので、突然来訪したわけではありません。それでも拒絶されます。でも、「ああ、そうですか」と言って帰ってしまってはいけません。それでもそこに踏みとどまって(確か夜中まで)、お願いし続けます。そうすると、宿にだけは通されて、ご飯をいただき、その後「帰ってください」と言われます。それでも踏みとどまって、お願いをするという儀式のようなものです。そのくらい本気を示さないと、修行には耐えられないということでしょうか。
禅宗は、修行を重視します。浄土真宗や浄土宗は修行を重視しません。この違いは同じ日本仏教の中にあって、大きなものです。曹洞宗永平寺などは、食事も睡眠も掃除も含めて生活全部が修行です。どこかしらそのニュアンスは、私たちの日常生活にも宿り込んでおり、「しつけ」と少なからず関わっていることは、この禅宗の考え方とは無関係ではないでしょう。とはいえ、修行にも様々な形態があり、天台宗の千日回峰行は文字通り命がけです。5年700日を満行すると、堂入りと呼ばれる行に入りますが、食べない、飲まない、眠らない、横にならない(断食・断水・断眠・断臥の4無行)を9日間行います。命に関わりますので、誰にでもできるものではありません。近年、すぐ「何の意味が」「何のために」「何の役に立つ」「何で自分が」と問うて、実質何もしない人が多いと思いますが、この前近代的とも言える場に身を置くことは、人生において大きな意味はあると思います。是非、良い修行をしてきてもらいたいと思います。
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