大人の学び直しとしての臨床心理士指定大学院受験
見ると見えるの違いは意外に重要です。
例えば、町中で電飾看板があり、文字が流れて
見えるものがよくあります。
あれは、正確には、文字が流れているのではなく、
電飾の電球一つひとつがついたり消えたりしているのを
我々の目が、「文字が流れている」と勝手に認識しているのです。
目の錯覚と言えばそうです。
研究は、まず観察から始まります。
観察とは、情報集めです。見えるところからしか
ものを見ないと、重要な情報を見落としてしまいます。
また、偏った見方、自分の都合の良い見方は、すべて
事実を濁してしまいます。
私たちは、事実をしっかりと見なければなりません。
そして、それを見る目を養っておかねばなりません。
事実を見る習慣が身についていれば、例えば不安に
なった時に、その原因を拡大も縮小もせずに
あるがままに見ることができます。言い方を
変えれば、ありもしないものが見えるということが
なくなります。その意味で、私たちは見えるものだけを
見るのではなく、一見、見えないものを見ようとする
意思を持つことも重要です。そうすると、人間は
原子レベルまで目にすることができるようになりました。
そして、相対的なものの見方ができるようになったのです。
見えるものしか、見ようとしなければ、おそらく原子まで
たどりつけなかったのではないかと思います。
事実を追求しようとする目は、本来見えなかったものを
私たちに見せてくれるのです。
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