日本人人質殺害事件で後藤さんの想いに応える ~感覚がない人間ほど恐ろしいものはない~
相模原障害者施設殺傷事件から10年が経ったとのことですが
元職員の男性の「優生思想」についてよく言われますが
私自身の見解としては優生思想ですらないように思います。
そんなに深くよく調べたわけではないので
こうだと決めつけて論じるわけではありませんが
もう少し客観的にフラットに見てみるとわかりますように
この事件は思想ですらなく
単に自分が嫌だっただけで犯行に及んだだけではないでしょうか?
確かにそういった思想に触れていたところはあったでしょうけど
優生思想などというのは後付の動機なだけで
自分が嫌になったから投げやりになり投げ出した
事件を起こすことで終わらせたかった
終止符を打ちたかっただけだと考えれば
この事件の動機としてすんなり納得できるのではないでしょうか。
障害者のように、劣った遺伝子は排除しなければならない
存在しないほうが良い
犯行動機として、このような思想から犯行に及んだとは考えられません。
優生思想を犯行動機として考えるには
あまりにも短絡的すぎるからです。
本当に最初からそういう思想を持ち得ていたとしたら
そもそも最初からそういった施設で勤務しないと思いますし
勤務を続けてきたその経験から優生思想が芽生えてきたとするなら
それこそ単に嫌気が差してきたからという動機にほかなりませんし
優生思想などという大層な話を持ち出してこの事件を語ってしまうのは
社会的不安を煽ったり世間を動揺させるのを助長するだけとなるでしょう。
もちろんそんな簡単に済ませられるような問題ではありません。
被害者の方
被害者遺族の方にとっては
それで人生を狂わされたのですから。
障害者かどうかなんて関係ありますか?
普通に事件の被害者なだけですよ。
優生思想により障害者が狙われたのではありません。
本人が嫌気が差して、嫌になったからただその矛先として
その対象として自分の生活の身近に居た施設の人が狙われただけ。
(たまたま障害者だっただけのこと)
ですからこの事件に優生思想を持ち出して引き合いに出してくるのは
私は違うのではないかと違和感を感じるのですがいかがでしょうか。
障害者への攻撃や排除といえば
すぐ優生思想に結びつけるのは大きな問題であり
そこから影響を受けて加害者(の考え)に同感したり同調するのは
その思想に賛同してるのではなく、“便乗”してるだけ(したいだけ)という
どこまでいっても自分の思いでしかないということを忘れてはならないでしょう。


