北海道で行方不明だった男児が無事保護された件 ~この一件は親としての資質が問われる時でもある~
米国大統領のトランプ氏に関してですが
オンタリオ湖をアメリカ湖に改名しようとしたり
ケネディ・センターをトランプ・ケネディ・センターに改称したり
国防総省の呼称を戦争省とすることを許可したりと
もはややりたい放題の感が否めません。
さらには歴代大統領(4人)の彫像があるラシュモア山に
自分の彫像を加えたい意向を表明したりと(しかも大真面目に)
この傍若無人振りを見て一国の主がする行いとはとても思えません。
いわばトランプ氏のやってることややろうとしてることはどれも政治ではなく
全て自分の願望なのです。
政治とは何でしょうか?
国民の生活(安全)を守ったり暮らしを良くしたり
人々のために行う活動が政治なのであって
個人の願望を叶える手段としてあるのが政治ではありません。
傍から見ても明らかにこのような国の動かし方(国家運営)は異常なのに
平然と傍若無人に振る舞うトランプ氏を誰も止めることができず
むしろ支援・支持する人たちが少なくないといった異常事態に対して
誰も何もしない、何とも思わない(思っても他人事)のもまた異常だと言えるでしょう。
オンタリオ湖の例にしても
その改名は政治ですか?政治に関係ありますか?
一体誰が何の得をする(人のためになる)のでしょうか?
トランプ氏はまず政治の理念を心得るところから始めないといけないでしょうし
どうしてこのような人が政治家としてその活動を許されているのか
そんな簡単に許されるなら私が大統領になっても誰がなってもやっていけるでしょう。
本当に?
だから自国のトップ(リーダー)になる人をしっかり見極め
選択、選任する必要があるのです。(民主主義国家の場合は選挙)
そういう意味ではアメリカ合衆国はもはや民主主義国家とは言えないでしょう。
そもそも主義主張とは無関係に
誰が国家の大黒柱なのかと考えると
その単位をもっと身近な範囲に絞って家庭(家族)にまで落としていくとわかりやすいですが
一家の主(大黒柱)がトランプ氏のような人物だったと考えたらどうでしょうか。
一見すると権力者というのは自分の仲間や味方だと心強く感じますが
いざ敵に回ると脅威(ストレス)でしかないですし
その方針(命令や指示)に従うか反抗するかでしかなく
安全を守るどころか抗争に発展してしまいます。
この規模を大きくしたものが今の米国
トランプ大統領だということです。(アメリカという家庭の大黒柱)
これは何もトランプ氏個人を批判しているのではありません。
個人ではなく、大統領としての振る舞いについてを言っているだけで
個人がいくら願望を抱くのは自由ですが
一国の主ともあろう者が、政治を司る(国政を担う)者が
まともな政治もせず自分の願望を果たそうとしていることの異様さ(異常)を言ってるんですね。
単なる批判や悪口ではなく
物事を自分事として見てしまうと視野が狭くなり
先程の例で言えば権力者の裏切りや見限りのように
思わぬしっぺ返しに遭う事も出てきます。
平常時はもちろん
視野が狭くなっているときこそ俯瞰的に見る力をつけたいものですが
なかなか渦中にいるときは目の前のことでいっぱいいっぱいになりがちなので
そんなときこそ他人のふり見て我がふり直せで学ぶことです。
人は自分のことしか見えてない時
世間(他の人)は迷惑(被害)を被っている。


