【親子問題】10代のひきこもりは、早めに動いたほうがいい?
親が亡くなって相続が始まったものの、相続人の中に長くひきこもっている子がいて、話し合いをどう始めればよいか分からない。そうしたご相談は少なくありません。ひきこもりの状態にある子も、ほかの相続人と同じ権利を持つ相続人です。本人を外して手続を進めることはできませんが、本人と顔を合わせずに進める方法や、家庭裁判所の手続を使う方法は用意されています。この記事では、遺言がない場合を前提に、遺産分割の進め方と、ひきこもりの子がいるご家庭で問題になりやすい点を整理します。
この記事は2026年11月時点の法令をもとにしています。遺言の有無や相続人の状況によって、取るべき手続は異なります。
ひきこもりの子も、ほかの相続人と同じ立場で遺産分割に加わる
子の法定相続分は、同居か別居か、働いているかどうかにかかわらず同じです。たとえば父が亡くなり、相続人が母・長男・長女の3人であれば、母が2分の1、長男と長女が4分の1ずつとなります(民法900条)。
遺産分割協議は、相続人全員が参加して合意しなければ成立しません。ひきこもりの子を除いて協議書を作っても有効な協議とは扱われず、預貯金の解約や不動産の名義変更にも使えません。家族が本人に代わって署名や押印をすることも、本人の了解がなければ認められず、後で協議の効力が争われたり、別の問題に発展したりするおそれがあります。
ただし、本人が協議に応じなくても、家庭裁判所が分け方を決める仕組みがあり、本人の状態に応じた進め方を選ぶことができます。
動き出す前に確かめておきたいこと
遺言があるかどうか
遺言があれば、その内容に沿って手続を進めることになり、遺産分割協議が要らない場合もあります。自筆の遺言は法務局に保管されていることがあり、公正証書遺言は公証役場で検索ができます。協議の準備に入る前に確認しておくと、後で一からやり直す事態を避けやすくなります。
遺産の全体と期限
遺産の一覧(財産目録)は、本人に分け方の案を示すうえでも欠かせません。あわせて、次の期限を意識しておく必要があります。
| 手続 | 期限の目安 | 注意点 |
|---|---|---|
| 相続放棄・限定承認 | 相続の開始を知った時から3か月 | 家庭裁判所に期間の伸長を申し立てられる |
| 相続税の申告 | 相続の開始を知った日の翌日から10か月 | 分割が終わっていなくても申告は必要 |
| 相続登記 | 不動産の取得を知った日から3年 | 分割がまとまらない間は相続人申告登記で対応できる |
遺産分割そのものには期限がありません。もっとも、2023年4月の民法改正により、相続開始から10年を過ぎると、生前贈与(特別受益)や親への貢献(寄与分)を考慮した分け方を原則として求められなくなりました(民法904条の3)。長く放置するほど、選べる手段が狭まる点には注意が必要です。
本人の状態
手紙やメールでのやり取りはできるのか、まったく反応がないのか、判断が難しい状態にあるのか、生活保護を受けているのかによって、取るべき手続は大きく変わります。家族が把握している範囲で整理しておくと、相談の際にも見通しを立てやすくなります。
本人とやり取りができる場合の進め方
本人が話し合いそのものを拒んでいるわけではない場合でも、最初から顔を合わせる必要はありません。面談を求めると負担を感じて連絡が途絶えることもあるため、書面でのやり取りから始めるほうが進めやすい場面が多くあります。
- 財産目録と、遺産ごとの評価の根拠を添えて渡すこと。
- 分け方の案を一つに決めつけず、意見を求める形で示すこと。
- 返事の期限は短く区切りすぎず、ゆとりを持たせること。
- 分割後の本人の住まいや当面の生活費がどうなるかを説明すること。
協議がまとまったら遺産分割協議書を作り、相続人全員が実印で押印して印鑑登録証明書を添えるのが一般的です。長くひきこもっている子は印鑑登録をしていないこともあり、その場合は本人が市区町村で登録の手続をする必要があります。
家族間の感情的な対立が強い場合や、存命の親が本人の言い分を代弁してしまい話が進まない場合には、弁護士が窓口となって本人と書面でやり取りする方法もあります。きょうだいが中心となって動く場合の考え方は、【親子問題】きょうだいが相談者になる場合|親が動けないときでも触れています。
本人が協議に応じない・返事がない場合
何度連絡しても返事がない、協議には応じないと言い続けている、といった場合には、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることを検討します。調停は、裁判官と調停委員が間に入り、相続人それぞれの意見を聞きながら合意を目指す手続です。申立先は、原則として相手方となる相続人のうちの一人の住所地を管轄する家庭裁判所です。
相手方となった相続人には裁判所から呼出状が届きます。本人が出席せず話し合いが進まなければ調停は不成立となり、審判の手続に移ります(家事事件手続法272条4項)。審判では、裁判官が遺産の種類や性質、各相続人の年齢や生活の状況などを考慮して分け方を決めます(民法906条)。出席しない相続人がいても、最終的には裁判所の判断で遺産を分けることができます。
なお、遺産分割がまとまるまでの間でも、葬儀費用や当面の生活費のために、相続人が単独で預貯金の一部を払い戻せる制度があります(民法909条の2)。口座ごとに「相続開始時の残高×3分の1×その相続人の法定相続分」までで、一つの金融機関につき150万円が上限です。
同居している場合に気をつけたいこと
調停の申立てを本人が「攻撃された」と受け止め、家庭内の緊張が高まることがあります。本人と同居している家族がいる場合は、申立ての前に、本人への伝え方や、伝えた後の家族の安全をどう確保するかを考えておくことが望まれます。
判断能力に不安がある場合は成年後見の利用を検討する
ひきこもりの状態にあることと、判断能力が不十分であることは別の問題です。多くの場合、本人は自分で遺産分割について判断できます。ただし、精神疾患や知的障害などにより遺産分割の意味や内容を理解することが難しい状態にあるときは、本人の署名があっても、協議の効力が後で争われるおそれがあります。
このような場合は、家庭裁判所に成年後見(判断能力の程度によっては保佐・補助)の開始を申し立て、選ばれた後見人などが本人に代わって、あるいは本人を支えて遺産分割に関わります。申立てから選任までには数か月かかるのが一般的です。利用にあたっては、次の点を知っておく必要があります。
- 後見人は本人の財産を守る立場にあるため、法定相続分を大きく下回る分け方には応じないのが通常です。
- 後見は遺産分割のためだけの制度ではなく、原則として本人の判断能力が回復するまで続きます。
- 弁護士などの専門職が後見人になった場合、本人の財産から報酬が支払われます。
- 親やきょうだいが後見人になっても、同じ相続の当事者であるため、遺産分割では特別代理人など別の人が本人を代理することがあります。
保佐や補助の場合は、遺産分割に保佐人の同意が必要になったり、代理権を付ける手続が別に必要になったりと、類型ごとに扱いが異なります。保佐・補助が検討される場面については【親子問題】浪費が止まらない子|保佐・補助を検討する場面、医療につなぐかどうかの判断については【親子問題】ひきこもりと精神疾患の切り分け|医療につなぐ判断も参考になります。
実家に住み続けている子がいるとき
ひきこもりの子が亡くなった親と同居していた場合、遺産分割では実家をどうするかが大きな論点になりやすくなります。
判例上、被相続人と同居していた相続人は、特段の事情がない限り、遺産分割が終わるまでの間は無償で住み続けることができると考えられています(最高裁平成8年12月17日判決)。そのため、遺産分割の前に、ほかの相続人が退去を求めたり家賃を請求したりすることは、通常は難しいと考えておいたほうがよいでしょう。分け方としては、主に次のような選択肢があります。
| 分け方 | 内容 | ひきこもりの子がいる場合の注意点 |
|---|---|---|
| 現物分割 | 実家を特定の相続人がそのまま取得する | ほかの遺産で取り分の差を調整できるかが課題になる |
| 代償分割 | 実家を取得した人が、ほかの相続人に代償金を払う | 収入のない子が取得する場合、代償金を用意できないことが多い |
| 換価分割 | 実家を売却し、代金を分ける | 売却前に、子の転居先と生活資金の見通しが必要になる |
| 共有 | 法定相続分などに応じて共有する | 売却などに全員の同意が要る場面があり、問題を先送りしやすい |
母が存命で相続人になっている場合には、母が実家に住み続けるための配偶者居住権を設定し、所有権は別の相続人が取得するといった組み合わせも考えられます。分割後に実家を取得しなかった子が退去に応じない場合は、取得した相続人から明渡しを求めることになります。
どの分け方を選ぶにしても、遺産分割を本人の住まいや生活の設計とあわせて考えることが、結果的に手続を進めやすくします。親が亡くなった後の子の生活については、【親子問題】親亡き後問題|子の生活をどう設計しておくかで詳しく扱っています。
親が生前に出してきたお金は、遺産分割でどう扱われるか
ほかの相続人からは「長年生活費を出してもらってきたのだから、その分を差し引くべきだ」という声が出ることがあります。
しかし、親が同居の子の生活費を負担してきたことは、親子間の扶養の範囲内と評価されることが多く、それだけで特別受益(遺産の前渡し)として差し引かれるとは限りません。特別受益として考慮されやすいのは、住宅の購入資金や多額の借金の肩代わりなど、扶養の範囲を超えるまとまった援助です。
反対に、ひきこもりの子の側から「親の世話をしてきた」として寄与分が主張されることもあります。寄与分が認められるには、家族として通常期待される程度を超える貢献が必要とされ、同居していたというだけで認められることは多くありません。いずれの主張も、通帳の記録など裏づけとなる資料があるかどうかで結論が変わります。
生活保護を受けている子が相続人のとき
ひきこもりの子が生活保護を受けている場合、相続で得た財産は収入として扱われ、福祉事務所への届出が必要です(生活保護法61条)。相続した額によっては保護が停止・廃止されたり、すでに受けた保護費の返還を求められたりすることがあります(同法63条)。
家族の間では「本人は生活保護を受けているから遺産は要らないだろう」という話になりがちですが、本人が取り分を受け取らない内容の遺産分割は、福祉事務所から問題視されることがあります。分割の内容を決める前に、福祉事務所の担当者や弁護士に確認しておくと安心です。生活保護と世帯の考え方については、【親子問題】ひきこもりの子に生活保護は使えるのか|世帯分離の考え方で解説しています。
これから相続を迎える親ができる備え
将来の相続を心配している親御さんの場合は、遺言を作っておくことで、子どもたちが遺産分割協議をしなくて済むようにする方法があります。遺言執行者を指定しておけば、預貯金の解約や登記を執行者が進められるため、ひきこもりの子にその都度署名や押印を求める場面を減らせます。
ただし、子には遺留分があるため、ひきこもりの子の取り分を大きく減らす内容にすると、後で遺留分侵害額の請求を受けることがあります。暴力などが続いている場合の相続廃除については、【親子問題】暴力を続ける子に財産を渡したくない|相続廃除の要件で解説しています。
弁護士に相談する意味
ひきこもりの子がいる相続では、法律上の手続と、家族関係や本人の生活の問題が重なり合います。弁護士が相続人の代理人となれば、本人とやり取りする窓口を代えることができ、調停の申立てや成年後見の申立ても一貫して進められます。当事務所では、親子問題に取り組んできた経験を踏まえ、手続の見通しだけでなく、本人のその後の生活もあわせて考えるようにしています。窓口を代えることの意味については、【親子問題】弁護士に頼むと何が変わるのか|窓口を代えるという選択もご覧ください。
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相続人にひきこもりの子がいても、遺産分割を進める道がなくなるわけではありません。本人の状態、実家の扱い、生活保護の有無などを一つずつ確かめながら、本人のその後の暮らしも視野に入れて手続を選ぶことが、家族全体の負担を小さくすることにつながります。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


