【親子問題】親が要介護になったとき、同居の子の生活はどうなるのか
本記事は2026年9月時点の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(令和6年4月1日施行の改正後のもの)および厚生労働省が公表している資料に基づいて整理しています。法令や運用は改定されることがありますので、最新の情報は厚生労働省やお住まいの自治体の公表資料をご確認ください。
「病気なのかどうかが、そもそも分かりません」。長く家にとどまっているお子さんのことでご相談にみえる親御さんから、当事務所はこうしたお話をよく伺います。受診させたいが本人が行かないと言う、病院に問い合わせたら本人を連れてきてくださいと言われて終わった、という段階で止まっておられる方もおられます。
この記事では、ひきこもりと精神疾患をどう切り分けて考えるのか、本人が受診を拒んでいる場合に法律上どのような手続が用意され、どこから先は用意されていないのかを整理します。入院をお勧めする趣旨ではありません。要件を正確に知っておくことが、無理のある方法を選ばずに済むことにつながると考えています。
「ひきこもり」は病名ではない
厚生労働省の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」(平成22年)は、ひきこもりを「社会的参加を回避し、原則的には6か月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態」を指す現象概念と定義し、ひきこもりという用語は病名ではない、と明記しています。
ここから分かるのは、「ひきこもりなのか、精神疾患なのか」という二択の立て方自体が、かみ合っていないということです。ひきこもりは状態の呼び名であって、その背景に治療を要する疾患があるかどうかは、呼び名とは別に見ていくことになります。同じガイドラインは、確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきだ、とも述べています。外から見える状態が似ていても、背景は一様ではないという前提に立つのが出発点です。
なお、令和7年1月公表の「ひきこもり支援ハンドブック〜寄り添うための羅針盤〜」では、支援の対象者の考え方が整理されています。指針全体の内容は【親子問題】厚労省「ひきこもり支援ハンドブック」が示した考え方で扱っています。
背景によって、行き先の機関が変わる
ガイドラインは、ひきこもりを背景となる状態に応じて三つの群に分ける整理を示しています。群によって、勧められる機関や制度が変わるためです。
| 分類 | 主な背景 | 支援の中心 |
|---|---|---|
| 第一群 | 統合失調症、気分障害、不安障害など | 薬物療法などの治療が不可欠、または有効。医療機関が中心 |
| 第二群 | 広汎性発達障害、知的障害などの発達障害 | 発達特性に応じた関わりと生活・就労支援が中心 |
| 第三群 | パーソナリティ障害(ないしその傾向)、身体表現性障害など | 精神療法的なアプローチや生活・就労支援が中心 |
ガイドライン自身が、診断名によって機械的に分類が決まるわけではない、と断っています。ご家庭にとっての意味は、医療がまず必要な状態なのか、生活と就労の設計が中心になる状態なのかで、力を入れるべき窓口が変わるということです。行政の窓口の使い分けは【親子問題】ひきこもり地域支援センターでできること・できないことと【親子問題】重層的支援体制整備事業とは|市町村窓口の使い方をあわせてご覧ください。
早い段階で医療につなぐ判断が求められる場合
ガイドラインは、治療の開始が遅れると本人が大きな不利益をこうむる可能性がある状態として、次の三つを挙げています。
- 気分障害のうつ状態(大うつ病性障害、双極性障害における大うつ病エピソード)。
- 統合失調症とその類縁疾患。
- 注意欠如・多動性障害や広汎性発達障害を含む発達障害。
うつ状態については、好きだったこともしなくなった、生きている価値がないと感じている、といった様子が挙げられ、早い段階での休息や治療といった介入が必要とされています。統合失調症については、悪口を言われている、噂をされているといった訴えが挙げられる一方、こうした体験がそのまま統合失調症を意味するわけではない、とも述べられています。いずれも診断の基準ではなく、専門家に相談する時機を計るための目安です。当てはまる様子があれば、精神保健福祉センターや保健所、医療機関へ早めにご相談ください。
家族だけの相談で、どこまでできるのか
「本人を連れてきてください」と言われた経験から、家族だけで動いても仕方がないと考えてしまう方がおられます。しかし、法律の建て付けはそうなっていません。精神保健及び精神障害者福祉に関する法律47条1項は、都道府県や保健所を設置する市などが、精神保健福祉相談員などに、本人だけでなくその家族等からの相談にも応じさせなければならない、と定め、同条2項は、必要に応じて適切な医療施設を紹介しなければならない、としています。令和6年4月からは、精神保健に関する課題を抱えている方とその家族等も相談の対象に位置づけられました(46条、47条5項)。
一方で、家族からの情報だけで診断が確定するわけではありません。ガイドラインは、本人と直接会えない状況での評価は、家族の目を通した間接的で限定的な情報に基づくもので、あくまで推測の結果にすぎないとする慎重さが求められる、としています。家族相談でできるのは、暫定的な見立てと、次の一手を決めることまでです。
家族が観察して伝えられること
ガイドラインが、家族からの聴取で重視する項目として挙げているものは、ご家庭でも記録できる内容です。
- 睡眠と覚醒のリズム(特に重要とされています)。
- 食事の摂り方と量の変化。
- 入浴や着替え、部屋の状態など、身辺の整え方。
- いつから、どのような出来事の後に変化が生じたかという経過。
整理の仕方は【親子問題】相談の前に整理しておきたい5つの情報にまとめています。なお、相談したこと自体を本人に伝えるかについて、ガイドラインは、可能なら事前に知らせるべきだとしつつ、家族への暴力や支配が激しい場合には、知らせずに時期を待つことも大切だ、としています。この点は【親子問題】相談内容は子に伝わるのか|守秘義務と連絡の取り方で扱っています。
本人が受診を拒んでいるとき、法律上用意されている手続
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律は、本人の同意によらない入院の類型を限定して定めています。
| 形態 | 主な要件 | 同意・判断をする人 | 期間 |
|---|---|---|---|
| 任意入院(20条・21条) | 本人の同意に基づく入院。病院の管理者は、これが行われるよう努めなければならない | 本人 | 定めなし |
| 医療保護入院(33条) | 指定医の診察により、精神障害者で、医療および保護のため入院の必要があり、任意入院が行われる状態にないと判定されること | 家族等のうちいずれかの者の同意(家族等がない場合などは市町村長の同意) | 6か月までは3か月以内、以後は6か月以内。更新の手続あり |
| 措置入院(29条) | 2人以上の指定医の診察結果が一致して、精神障害者で、入院させなければ自身を傷つけまたは他人に害を及ぼすおそれがあると認められること | 都道府県知事 | 定めなし。要件を満たさなくなれば退院 |
| 応急入院(33条の6) | 急速を要し家族等の同意を得られない場合で、直ちに入院させなければ医療および保護を図るうえで著しく支障がある者であること | 指定を受けた病院の管理者(指定医の診察による) | 72時間 |
読み取っていただきたいのは、どの類型も「長く家から出ていない」ことそれ自体を要件にしていない、という点です。入院の入口は、精神障害があり、医療および保護のための入院が必要だと指定医が判定することにあります。家族等の同意は、この判定があったうえで必要になる要件であって、家族の同意だけで入院が決まる仕組みではありません。生活の立て直しが進まないことを理由に入院させるという設計にもなっていません。
なお、令和6年4月の改正により、医療保護入院の期間には上限が設けられました。継続には指定医の診察と委員会での検討、あらためての家族等の同意が必要です(33条6項)。入院は一時的な枠組みであり、退院後の生活をどこで組み立てるかまでが制度の射程に入っています。
申請から診察までの流れ
本人が受診に応じない場合に、家族の側から公的な手続を起こす入口が22条です。同条1項は、精神障害者またはその疑いのある者を知った者は誰でも、その者について指定医の診察および必要な保護を都道府県知事に申請することができる、と定めています。申請は、最寄りの保健所長を経て申請書を提出する形で行います(同条2項)。
ただし、申請がそのまま診察や入院につながるわけではありません。27条1項は、申請等があった者について「調査の上必要があると認めるとき」に指定医に診察をさせなければならない、と定めており、調査の段階で診察に至らないこともあります。虚偽の事実を記載して申請した者への罰則(54条2項)も置かれています。申請を検討される場合は、まず保健所にご相談ください。
病院まで移動させる仕組み
診察を受けさせる段階と、実際に病院まで移動させる段階は別の問題です。ここを扱うのが34条の移送で、都道府県知事は、指定医の診察により、直ちに入院させなければ医療および保護を図るうえで著しく支障があり、任意入院が行われる状態にないと判定された者について、家族等のうちいずれかの者の同意があれば、本人の同意がなくても精神科病院に移送できる、とされています。本人の同意なく自宅から病院へ移動させることが認められているのは、この仕組みによる場合です。民間の事業者が親からの依頼を受けて本人を連れ出す形については、違法として損害賠償を命じた裁判例が複数あり、消費者庁も注意を呼びかけています。
親が同意できる立場から外れることがある
医療保護入院や移送では「家族等」の同意が要件になります。この範囲は5条2項に定めがあり、配偶者、親権を行う者、扶養義務者、後見人または保佐人とされています。親は扶養義務者にあたりますので、原則としてこれに含まれます。
ただし、同項は次の者を家族等から除いています。行方の知れない者、本人に対して訴訟をしている者またはした者およびその配偶者・直系血族、家庭裁判所で免ぜられた法定代理人等、本人に対して身体に対する暴力等を行った者、適切に意思表示を行うことができない者、未成年者です。
親子の問題では、ここが実務上の分かれ目になります。たとえば、先に子に対して明渡しを求める訴訟を起こした場合、その親は「訴訟をしている者」として家族等から外れる可能性があります。手続の順序によって、後から使えたはずの選択肢が狭まるということです。明渡しの手続については【親子問題】子を家から出ていかせることはできるのか|占有と明渡しで整理しています。医療と法的な手続の両方を検討される段階であれば、着手の前に順序をご確認ください。
暴力や金銭の要求が同時に起きている場合
ガイドラインは、本人の同意に基づかない入院の対象にはすぐにならない家庭内暴力もたくさんある、と述べたうえで、対象となっているご家族が避難すること、警察の協力を得ることを対応として挙げています。医療につなぐかどうかの検討と、身の安全の確保は、別の時計で動く問題です。診察や入院の可否を待つ間にも暴力は起こり得ます。安全の確保と記録の取り方は【親子問題】子から暴力を受けている|まず確保すべき安全と記録を、緊急時の判断は【親子問題】110番を呼ぶ判断基準|その場で何を伝えるかをご覧ください。
医療につながっても、残る課題がある
ガイドラインは、背景にある精神障害の治療と環境の修正が進んでも、本人がなかなか動かないという経験がしばしばある、と率直に書いています。治療は必要な要素ですが、それだけで社会生活の再開が実現するわけではありません。
収入をどう得るか、どこに住むか、日々の金銭をどう管理するかという部分は、医療とは別の設計が必要になります。当事務所が親御さんの側の代理人として関与しながら、民間の自立支援カウンセラーとチームを組む形をとっているのは、この二つを同時に動かす必要があるためです。結果を保証できる分野ではありませんが、親子の物理的な距離を取るだけでも双方に変化が生じることは少なくありません。支援のゴールの置き方については【親子問題】「自立」と「自律」|支援のゴールをどこに置くかで扱っています。
ひきこもりと精神疾患の切り分けは、ご家庭の中だけで結論を出せるものではありません。一方で、医師の判断を待つ間も、ご家族の安全や生活は動き続けます。どの窓口に何を持ち込むかという整理は【親子問題】親子の問題はどこに相談すればよいのか|警察・行政・弁護士の役割分担もあわせてご覧ください。順序の部分は、経緯を整理するところからご一緒できます。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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