【親子問題】親亡き後問題|子の生活をどう設計しておくか

若井亮

若井亮

テーマ:親子問題

本記事は2026年9月時点の法令・制度に基づいて作成しています。成年後見制度については2026年6月に改正法が成立しており、施行後は内容が変わる部分があります。


「私たちが元気なうちはいい。でも、いなくなった後、この子はどうやって暮らしていくのか」。ひきこもりの状態が長く続くお子さんを持つ親御さんから、繰り返し伺う言葉です。一方で、きょうだいの立場の方からは「親の後を自分がすべて引き受けることになるのではないか」という不安を伺うこともあります。

 親亡き後の備えとしては、遺言、家族信託、成年後見といった制度がよく紹介されます。いずれも有用な制度であり、その説明に誤りはありません。ただ、これらの制度はお金をどう渡すか、誰が管理するかを決める道具であって、子がそのお金でどう暮らしていくのかまでは決めてくれません。また、ひきこもりの場合は子に障害の診断がないことも多く、障害のある子を想定した対策がそのまま当てはまらない場面もあります。

 この記事では、親亡き後の備えを「お金」「住まい」「支える人」の3点で整理し、それぞれで使える制度と、その限界を説明します。扶養義務の範囲や、きょうだいが相談者になる場合の進め方は、それぞれ別の記事で詳しく扱っています。

親が亡くなると、子の生活で何が変わるのか

 親と同居し、親の収入で暮らしてきた子にとって、親の死は生活の土台がいくつも同時に変わることを意味します。内閣府の令和4年度の調査では、広い意味でひきこもりの状態にある人は15〜64歳で約146万人と推計され、40〜64歳の層でもおよそ2%にのぼります。親が80代、子が50代という「8050」の家庭では、親亡き後の問題が現実の課題として近づいています。

親が担っていたこと亡くなった後に起きること備えの方向
生活費の負担親の年金や給与が止まるお金の渡し方を決めておく
住まいの確保持ち家の維持や賃貸の契約を子が担うことになる住まいの形を決めておく
手続きや連絡の窓口役所・金融機関・近所とのやり取りが子に移る支える人を決めておく


年金は止まり、遺族年金は原則として受け取れない

 親の年金で生活している家庭で最も影響が大きいのは、収入の変化です。親が受け取っていた老齢年金は、亡くなると支給が止まります。遺族年金の対象となる「子」は、18歳になった年度の末日までの子、または障害等級1級・2級の状態にある20歳未満の子とされているため、成人した子が遺族年金を受け取れる場面は限られます。親の年金を前提とした暮らしは、親の死亡とともに成り立たなくなるという点を、備えの出発点に置く必要があります。

相続の手続きを子が一人で進められるとは限らない

 親が亡くなると、預金の解約、不動産の名義変更、公共料金や税金の手続きなどが一度に発生します。2024年4月からは、相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記をすることが義務になりました(不動産登記法76条の2)。人とのやり取りを長く避けてきた子にとって、これらを自分で進めることは容易ではありません。きょうだいがいる場合は遺産分割の話し合いも必要になり、そこで関係がこじれることもあります。

お金|一度に渡すか、分けて渡すか

 親が残した財産を子の生活費に充てるとき、課題になりやすいのは金額よりも渡し方です。まとまったお金が一度に渡ると、短い期間で使い切ってしまったり、周囲から金銭を求められたりするおそれがあります。主な方法と特徴は次のとおりです。

方法できること限界・注意点
遺言誰に何を残すかを決め、遺言執行者に手続きを任せられる財産は原則として一度に渡る
家族信託信頼できる家族に財産を託し、毎月一定額を子に渡す形にできる託される家族が必要で、子が結んだ契約を取り消す権限はない
生命保険受取人を指定し、保険金を遺産分割の対象とは別に残せる受取人である子に一度に支払われる
生命保険信託保険金を信託会社が預かり、分けて子に支払う取り扱う会社や契約の条件が限られる


遺言は「誰に」を決められるが、「どう使うか」は決められない

 遺言があれば、財産を誰に残すかを親の意思で決められます。弁護士などを遺言執行者に指定しておけば(民法1006条)、子が自分で動かなくても相続の手続きを進めることができます。一方で、遺言は親の死後に財産を渡す仕組みであり、渡した後の使い方までは管理できません。ほかの子に多めに残す代わりに、ひきこもりの子へ毎月一定額を渡すという負担を付ける方法(負担付遺贈、同法1002条)もありますが、負担が守られるかどうかは受け取った側の誠実さに頼る部分が残ります。

 また、子が複数いる場合は、どの子にも遺留分があります(同法1042条)。ひきこもりの子に全財産を残す内容の遺言も作成できますが、ほかの子が遺留分を請求すれば、その分は金銭で支払う必要が生じます。

家族信託は「分けて渡す」ための仕組み

 家族信託は、親が信頼できる家族に財産を託し、その家族が管理しながら決められた額を子に渡していく仕組みです。親の生前から始められ、親が亡くなった後も管理が続く点や、子が亡くなった後の財産の行き先まで決めておける点が、遺言との大きな違いです。毎月の生活費として少しずつ渡すという設計は、遺言では難しく、信託が向いている部分といえます。

 ただし、託される家族には長い期間にわたって負担がかかります。設計や登記に専門家の費用がかかること、託された家族には子が結んだ不利な契約を取り消す権限がないことも理解しておく必要があります。信託はお金を管理する仕組みであり、子の暮らしそのものを見守る仕組みではありません。

住まい|残した家が負担になる場合もある

 住み慣れた家を子に残したいと考える親御さんは多いものの、持ち家を残すことが、そのまま子の生活を支えることになるとは限りません。

持ち家には維持の費用と手間がかかる

 持ち家を相続した子には、固定資産税、修繕、近隣とのやり取りなどが引き継がれます。収入のない子が維持費を払い続けられるか、古くなった家を一人で管理できるかは、事前に見積もっておきたい点です。生活保護を申請する場面では、資産を生活のために活用することが求められますが(生活保護法4条1項)、住んでいる家は保有が認められることもあり、扱いは一律ではありません。売却して住み替える、親が元気なうちに子の生活に見合った住まいへ移るといった選択肢も含めて考えることになります。

賃貸住宅では契約の壁がある

 賃貸住宅の場合、借りる権利は相続されますが、家賃の支払いや更新、大家や管理会社とのやり取りを子が担うことになります。親が亡くなってから新たに部屋を借りようとすると、収入や保証人の確保が課題になりやすいため、親が元気なうちに住まいの形を決めておく意味は大きいといえます。

支える人|財産を管理する人と、暮らしを見守る人は別

 親亡き後の備えで見落とされやすいのが、「誰が子を支えるのか」という点です。財産を管理する人がいても、子が困ったときに相談できる相手がいなければ、生活は立ち行かなくなることがあります。

成年後見は判断能力の低下が前提になる

 成年後見制度は、判断能力が不十分な人のために、家庭裁判所が選んだ後見人等が財産の管理や契約を支える制度です。現行法には後見・保佐・補助の3つの類型があり、2026年6月には後見と保佐を廃止して補助に一本化する改正法が成立しました。施行は公布から2年6か月以内とされています。

 注意したいのは、ひきこもりの状態にあることだけでは、判断能力が不十分とはいえないという点です。判断能力に問題がない子については、成年後見の利用が難しいことも少なくありません。その場合は、子本人が自分で任意後見契約を結ぶ方法や、社会福祉協議会の日常生活自立支援事業(本人との契約にもとづき、福祉サービスの利用手続きや日常的な金銭管理を手伝う事業)など、本人の同意を前提とした支援を検討することになります。

きょうだいにすべてを任せることはできない

 親の後をきょうだいが引き継ぐことを期待する家庭もあります。しかし、きょうだいの間の扶養義務は、自分の生活に余力がある範囲で援助する程度のものと考えられています(民法877条1項)。きょうだいにも自分の家庭や仕事があり、親と同じ役割を担うことはできません。きょうだいに何をお願いし、何を外部の支援に委ねるのかを、親が元気なうちに話し合っておくことが大切です。扶養義務の範囲は【親子問題】親の扶養義務はどこまでか|成人した子を養う義務はあるのかで、きょうだいが相談者となる場合の進め方は【親子問題】きょうだいが相談者になる場合|親が動けないときで詳しく説明しています。

親が元気なうちに「親のいない暮らし」を試しておく

 制度の準備と並んで大切なのが、子が親以外の人の支えで暮らす経験を、親が元気なうちに積んでおくことです。

制度を整えても、暮らす力の代わりにはならない

 遺言や信託でお金の流れを整えても、子が自分で食事を用意し、支払いをし、困ったときに誰かに相談する経験がなければ、親の死後に一人の生活が突然始まることになります。これまで関わってきたご家庭でも、親子の距離が近すぎるために、子が親以外の人と関わる機会を持てないまま年齢を重ねている例が見られます。

親子の距離を取ることが備えになる

 弁護士若井亮は、親の代理人として子との間に入り、民間の自立支援カウンセラーとチームを組んで親子の問題に取り組んでいます。カウンセラーは子の住まい探しや仕事探し、生活保護の申請のサポート、日々の金銭管理や悩みごとへの対応を担い、親は子と一定の距離を置きます。親が健在なうちに子が別の場所で暮らし始め、親以外の支援者とつながっておけば、親が亡くなったときに子の生活が一度に途切れることを避けやすくなります。結果を保証できるものではありませんが、親子が物理的に離れるだけでも、双方に変化が生まれることがあります。

 取り組みの詳細は【親子問題】弁護士が「親の代理人」として親子問題に介入するサービス|家庭内暴力・ひきこもりに悩むご家庭へ、自立支援カウンセラーとチームで対応でご紹介しています。子に家を出てもらうことの法的な考え方は【親子問題】子を家から出ていかせることはできるのか|占有と明渡しをご参照ください。

子が話し合いを拒むとき

 親亡き後の話を切り出すと、子が強く拒んだり、黙り込んだりすることは珍しくありません。子にとって親の死を考えることは、自分の将来の不安と向き合うことでもあるからです。無理に話し合いを進めようとすると、かえって関係が悪化することもあります。子の協力が得られなくても、親の側だけで進められる準備はあります。

  • 預貯金・不動産・保険・年金などの財産の一覧を作り、保管場所を信頼できる人に伝えておく。
  • 遺言を作成し、遺言執行者を指定しておく。
  • 家族信託や生命保険の受取人の設計を、専門家に相談しておく。
  • 子の生活の状況(通院の有無、収入、日々の過ごし方)を記録しておく。
  • 自治体のひきこもり相談窓口や地域包括支援センターなど、子につなげられる窓口を調べておく。


 相談先ごとの役割の違いは【親子問題】親子の問題はどこに相談すればよいのか|警察・行政・弁護士の役割分担で整理しています。弁護士に相談した内容が子に伝わるかどうかを心配される方は、【親子問題】相談内容は子に伝わるのか|守秘義務と連絡の取り方もご覧ください。

よくあるご質問


障害の診断がない子でも、成年後見は使えますか。

 成年後見は判断能力が不十分であることが前提になるため、ひきこもりの状態だけを理由に利用することは難しい場合が多いと考えられます。判断能力に問題がない場合は、本人の同意を前提とした任意後見契約や日常生活自立支援事業のほか、家族信託などで財産の渡し方を整える方法を検討します。

ひきこもりの子に全財産を残す遺言は有効ですか。

 遺言としては有効に作成できます。ただし、ほかの子には遺留分があるため、請求された場合は金銭で支払う必要が生じます。請求が見込まれる場合は、生命保険や信託と組み合わせて、ひきこもりの子の生活費を確保する設計を考えることになります。

親が亡くなった後、子が生活保護を受けることはできますか。

 収入や資産が生活に足りない場合には、申請することができます。ただし、相続した預金などの資産はまず生活に充てることが求められるため、相続した財産の状況によっては、すぐに受給とはならないこともあります。親が健在なうちに、申請の手続きを支援してくれる人とつながっておくと、必要になったときに動きやすくなります。

まとめ


  1. 親が亡くなると老齢年金は止まり、成人した子が遺族年金を受け取れる場面は限られる。
  2. 親亡き後の備えは「お金」「住まい」「支える人」の3点で考える。
  3. 遺言は誰に残すかを決められるが、財産は原則として一度に渡り、ほかの子の遺留分にも配慮が必要になる(民法1042条)。
  4. 家族信託は、毎月一定額を渡すなど分けて渡す設計に向いている。
  5. 持ち家を残すことが子の負担になる場合もあり、住まいの形は親が元気なうちに決めておきたい。
  6. 成年後見は判断能力の低下が前提で、ひきこもりの状態だけでは利用が難しい場合が多い。
  7. きょうだいの扶養義務は余力の範囲にとどまる(民法877条1項)。
  8. 親が健在なうちに、子が親以外の支えで暮らす経験を積んでおくことが備えになる。


親亡き後の備えをご検討中の方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、ひきこもりや家庭内暴力など親子の問題に関するご相談を、池袋と新橋の事務所でお受けしています。遺言や信託といったお金の準備に加えて、子が親から離れて暮らす形をどう作るかまで、自立支援カウンセラーと連携しながら一緒に考えます。遠方にお住まいの方については【親子問題】遠方でも依頼できるのか|全国対応の実際でご案内しています。

 「まだ先のこと」と感じていても、備えには時間がかかります。親御さんご自身からのご相談はもちろん、親の今後を心配されているきょうだいの方からのご相談もお受けしています。相談の前に整理しておくとよい情報は【親子問題】相談の前に整理しておきたい5つの情報にまとめています。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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