【親子問題】子が親に遺言の書き換えを迫ってくるときは?

若井亮

若井亮

テーマ:親子問題

この記事は、2026年11月時点の法令に基づいて書いています。刑法の改正により、2025年6月から懲役・禁錮は「拘禁刑」に一本化されています。


「全部自分に残すように書き直してほしい」「きょうだいに多く渡す遺言は認めない」。成人した子からこうした言葉を繰り返し向けられ、遺言をどうするか悩んでいる親御さんは少なくありません。要求が強い口調や暴力を伴うようになると、言われるまま書き換えてしまえば落ち着くのではないかと考える方もいます。

 この記事では、遺言を書き換えるかどうかを決める権利が誰にあるのか、迫られて書き換えた遺言がどう扱われるのか、そして親御さんが今の段階で取れる対応を、順を追って整理します。

遺言を書き換えるかどうかは、親だけが決められる

 遺言は、遺言者本人がひとりで行う意思表示です。民法は、遺言者はいつでも、遺言の方式に従って、遺言の全部または一部を撤回できると定めています(民法1022条)。子が将来の相続人(推定相続人)であっても、親の遺言に同意する権利や、特定の内容で書くよう求める権利があるわけではありません。

 遺言の内容を子に知らせる義務もありません。「どう書いたのか見せてほしい」と求められても、見せるかどうかは親が決めてよい事柄です。

 さらに、遺言者は遺言を撤回する権利を放棄できないとされています(民法1026条)。子から「もう二度と書き換えないと約束してほしい」と求められ、念書を書いてしまったとしても、その後に親が新しい遺言を作ることは妨げられません。

迫られて書き換えた遺言はどう扱われるか


親自身が新しい遺言で改めることができる

 迫られて書き換えてしまった場合でも、親が存命であれば、改めて遺言を作り直すことができます。前の遺言と後の遺言で内容が食い違う部分は、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条1項)。

 また、ある遺言を撤回した行為が強迫によるものだった場合には、撤回された元の遺言の効力が回復する余地があるとされています(民法1025条ただし書)。ただ、強迫があったことを後から示すのは簡単ではありません。親が存命のうちに、新しい遺言で自分の意思をはっきりさせておくほうが確かな方法です。

強迫して書き換えさせた子は、相続人になれないことがある

 民法891条4号は、詐欺または強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、または変更させた者は相続人となることができないと定めています。これを相続欠格といいます。同じ条文の3号は、詐欺や強迫によって遺言をすることや変更することを妨げた場合も対象にしているため、「書き直したら許さない」と脅して親が遺言を作り直すのを止めさせる行為も、問題になり得ます。

 相続欠格に当たると、その子は家庭裁判所の手続を経ることなく相続人の資格を失い、遺留分を請求することもできなくなります。もっとも、要件は厳しく解釈されています。実際には、親が亡くなった後に、ほかの相続人が遺言の無効や相続欠格を主張して争う形になることが多く、遺言の筆跡が親自身のものであれば、強迫があったことを裏付ける記録がない限り、立証は容易ではないと指摘されています。後で触れる記録の残し方が大切になるのはこのためです。

判断能力が落ちている時期の書き換え

 遺言をするには、内容を理解して判断する能力(遺言能力)が必要です(民法963条)。親が高齢で物忘れが増えている時期に、子が親を連れ出して遺言を書き換えさせた場合、親の死後に遺言能力が争われることがあります。体調に不安がある場合は、医師の診断を受けた記録を残しておくことも、後の紛争を防ぐ手立ての一つになります。

「迫る」行為が刑事の問題になる場面

 遺言について親と話し合いたいと伝えることや、自分の考えを述べること自体は、家族の話し合いの範囲です。しかし、求め方によっては犯罪に当たることがあります。

行為の例問題となり得る罪法定刑
「書き換えないなら痛い目にあわせる」などと告げる脅迫罪(刑法222条)2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金
脅したり暴力をふるったりして遺言を書かせる強要罪(刑法223条)3年以下の拘禁刑
書き換えを求めて殴る、物を投げつける暴行罪(刑法208条)、けがをさせれば傷害罪(刑法204条)暴行罪は2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金など、傷害罪は15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金
親の遺言書を持ち出して破る、隠す私用文書等毀棄罪(刑法259条)5年以下の拘禁刑


 遺言書を破ったり隠したりする行為は、刑事の問題になり得るだけでなく、民法上も相続欠格の事由とされています(民法891条5号)。

 親族間の窃盗などには刑を免除する特例(刑法244条)がありますが、脅迫・強要・暴行・傷害にはこの特例は及びません。「家族のことだから警察には相談できない」と考える必要はありません。どのような言葉が脅迫罪として扱われるかについては、【親子問題】「殺す」と言われた|脅迫罪として扱われる線引きでも解説しています。

書き換えを迫られているときに親が取れる対応


その場で書かない、署名しない

 自筆証書遺言は、全文・日付・氏名を本人が自分で書く必要があります(民法968条)。そのため、子が文面を用意し、親に書き写させようとする場面がみられます。求められても、その場で書いたり署名したりせず、「専門家に相談してから決める」と伝えるだけにとどめてください。言い争いになって身の危険を感じるときは、その場を離れることを優先してください。

やり取りを記録に残す

 後に遺言の効力や相続欠格が問題になったとき、また警察や弁護士に相談するときに、次のような記録が役に立ちます。

  • 日時と場所。
  • 子が言った言葉(できるだけそのままの表現)。
  • 暴力や物の破損があった場合の内容と写真。
  • 録音やメッセージの画面の保存。
  • 警察や相談窓口に相談した日と相談先の部署。


 警察への相談は、その場で事件として扱われなくても、相談したという記録が残ることに意味があります。詳しくは【親子問題】警察に相談した記録を残す意味|相談票と後の手続をご覧ください。

遺言を子の手の届かないところに置く

 自宅で保管している遺言書は、持ち出されたり破られたりするおそれがあります。自筆証書遺言であれば、法務局が原本を預かる自筆証書遺言書保管制度を利用できます。この制度では、遺言者が存命の間は、遺言者本人以外は遺言書を閲覧できません。

 公正証書遺言にすると、原本は公証役場に保管されます。公証人が遺言者本人と直接やり取りをして意思を確認するため、子の意向に沿って書かされたのではないかという疑いを後から受けにくくなります。作成の場に子を同席させたくない場合は、その旨を事前に伝えて相談するとよいでしょう。実印や登記識別情報(権利証)などを子が持ち出している場合は、【親子問題】子が親の実印や権利証を持ち出した|悪用を止める手続の順序と、使われていた場合の対応もあわせてご確認ください。

なぜその内容にしたのかを書き残す

 遺言には、財産の分け方とは別に、家族へのメッセージや、その内容にした理由を書き添えることができます(付言事項)。付言事項に法的な拘束力はありませんが、前の遺言から内容を変えた理由が書かれていれば、後になって本当に本人の意思だったのかが争われたときに、判断の手がかりになります。

身の安全が脅かされているとき

 暴力をふるわれた、刃物を見せられたなど、身の危険がある場合は、遺言の問題よりも安全の確保を先にしてください。ためらわずに110番通報をし、必要であれば一時的に家を離れることも検討します。最初に何を確保すべきかは、【親子問題】子から暴力を受けている|まず確保すべき安全と記録で整理しています。

子が持つ権利と、親が知っておきたい制度

 子には、遺留分という最低限の取り分が認められています。遺言でほかの相続人に多く財産を渡した場合でも、親が亡くなった後に、子が遺留分に相当する金銭を請求できることがあります(民法1042条、1046条)。ただし、これは相続が始まった後の権利であり、親の存命中に遺言の内容を変えさせる権利ではありません。

 子から虐待や重大な侮辱を受けている場合、または子に著しい非行がある場合には、家庭裁判所に請求して、その子を相続人から外す「相続廃除」という制度もあります(民法892条)。遺言で廃除の意思を示すこともできます(民法893条)。要件や認められる場面については【親子問題】暴力を続ける子に財産を渡したくない|相続廃除の要件で解説しています。

 遺言の書き換えとあわせて、存命中にお金や不動産を渡すよう求められている場合は、【親子問題】生前贈与を迫られている|断り方と記録の残し方も参考になります。

弁護士に相談するとできること

 親が一人で子と向き合い続けると、要求を断るたびに関係がこじれ、負担が大きくなりがちです。弁護士が親の代理人になれば、子との連絡の窓口を弁護士に移し、遺言についての要求を親に直接向けないよう求めることができます。

 あわせて、親の意思に沿った遺言の作成を支え、遺言の内容を実現する役割を担う遺言執行者を指定しておくことで(民法1006条)、相続の場面で特定の子が手続を思いどおりに進めてしまうことを防ぎやすくなります。窓口を代えることでどのような変化があるかは、【親子問題】弁護士に頼むと何が変わるのか|窓口を代えるという選択で詳しく説明しています。

 当事務所では、家庭内暴力や金銭の要求に悩む親御さんの代理人として子と向き合い、自立支援カウンセラーとチームを組んで子の生活の立て直しも支援しています。取り組みの内容は【親子問題】弁護士が「親の代理人」として親子問題に介入するサービス|家庭内暴力・ひきこもりに悩むご家庭へ、自立支援カウンセラーとチームで対応でご紹介しています。

まとめ


  • 遺言を書き換えるかどうかは親だけが決められ、子に内容を知らせる義務もありません。
  • 迫られて書き換えてしまっても、親が存命であれば新しい遺言で改めることができます。
  • 強迫によって遺言を書き換えさせた子は、相続人の資格を失うことがあります。
  • 脅したり暴力をふるったりして書かせる行為は、脅迫罪や強要罪などに当たることがあります。
  • その場で書かないこと、やり取りを記録に残すこと、遺言を法務局や公証役場に預けることが、親を守る手立てになります。


 遺言は、親が自分の財産について最後に示す意思です。子との関係を考えて迷うのは自然なことですが、迫られた内容のまま書き換えてしまうと、親の死後にかえって家族の争いが深まることもあります。一人で抱え込まず、早めに第三者を交えて考えることをおすすめします。

同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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