【不貞慰謝料・請求する側】途中で請求をやめる・和解で終える判断
交際していた相手が実は既婚者だったと、妊娠が分かった後に知る。このような経緯でご相談に来られる方は少なくありません。結婚を前提にした交際だと信じていた場合ほど、妊娠をどうするかという判断と、だまされていたことへの受け止めが同時に押し寄せ、何から考えればよいか分からなくなりがちです。
法律上、このような場面で問題になる請求は大きく三つに分けて整理できます。一つは、独身だと偽られたことへの慰謝料。二つめは、妊娠に伴って生じた費用。三つめは、生まれてくる子に関する認知と養育費です。あわせて、相手の配偶者から請求を受ける可能性にも目を配っておく必要があります。本記事では、それぞれの内容と、いまのうちに整えておきたい点を順に説明します。
本記事は2026年10月時点の法令・裁判例の傾向をもとにした一般的な解説です。実際に取れる手段や金額は、交際の経緯や残っている記録によって大きく変わります。
請求の候補は三つに分けて考える
最初に全体像を表にまとめます。どれを選ぶかは、妊娠を継続するかどうかや、相手との今後の関わり方によって変わります。
| 請求の種類 | 主な内容 | 争点になりやすい点 |
|---|---|---|
| 貞操権侵害の慰謝料 | 独身と偽られて性的関係を持ったことへの精神的苦痛 | 既婚を隠していたこと、気づけなかったことの裏づけ |
| 妊娠に伴う費用 | 中絶費用、検査・通院費、休業による損失、出産に伴う費用など | 負担の割合、どこまでを費用に含めるか |
| 子に関する請求 | 認知、養育費 | 認知に応じるか、養育費の金額と始期 |
この三つは別々の根拠に基づくため、一つが認められないと他も認められない、という関係にはありません。たとえば慰謝料の要件を満たさない場合でも、子が生まれれば認知と養育費は別に求めることができます。
独身と偽られたことへの慰謝料|貞操権侵害
誰と性的関係を持つかを自分で決める利益は「貞操権」や「性的自己決定権」と呼ばれ、法的な保護の対象とされています。相手が既婚であることを意図的に隠し、こちらが独身だと信じて関係を持った場合には、この利益を侵害したものとして、不法行為に基づく慰謝料を請求できることがあります(民法709条、710条)。
近年も、独身限定のマッチングアプリで既婚を隠していた男性に対し、裁判所が貞操権侵害を認めて賠償を命じた例が報じられています。もっとも、既婚者との関係であれば必ず認められるわけではなく、裁判所は個別の事情を積み重ねて判断しています。
認められる方向に働く事情
- 相手が「独身」「離婚している」とはっきり伝えていたこと。
- 結婚を前提とした交際であることを相手が示していたこと。
- 独身者向けの婚活サービスなど、独身であることが前提の場で知り合ったこと。
- 交際期間が長く、その間に既婚を疑わせる事情が乏しかったこと。
- 妊娠・中絶・出産など、身体や生活に大きな影響が生じていること。
認められにくい事情
- 相手が既婚であることを交際の初期に明かしていたこと。
- 指輪や家族の存在など、既婚を疑わせる事情に気づける状況だったこと。
- 結婚の話が一度も出ておらず、交際の性格があいまいだったこと。
- 既婚と知った後も、自分の意思で関係を続けていたこと。
妊娠したこと、特に中絶を選ばざるを得なかったことや出産に至ったことは、慰謝料の金額を考えるうえで考慮される事情の一つです。ただし、金額は交際期間や相手の言動の悪質さなどによって幅があり、一律の相場で決まるものではありません。より詳しくは既婚を隠されて妊娠|貞操権侵害の慰謝料はいくら請求できるで解説しています。
産まない選択をした場合|中絶に伴う費用
妊娠の継続を断念した場合、中絶手術の費用は相手に負担を求めることができる代表的な費用です。妊娠は双方の行為によるものなので、少なくとも半分程度の負担を求めるのが一般的な出発点とされています。手術費用のほか、妊娠判定の検査費、術前術後の診察代、通院の交通費、仕事を休んだことによる減収なども、必要な範囲で請求の対象になりえます。
さらに、既婚を隠されていたために妊娠の判断を誤った、という経緯がある場合は、費用の負担割合を超えて、身体的・精神的な負担を慰謝料として求める余地もあります。費用の考え方については中絶費用は相手に請求できる?男女の費用負担もあわせてご覧ください。領収書や診療明細は、後で金額を示す根拠になりますので保管しておいてください。
産む選択をした場合|認知と養育費
出産を選んだ場合、子と相手との間に法律上の親子関係を生じさせるには、相手による認知が必要です。相手が任意に応じない場合は、家庭裁判所に認知を求める調停を申し立て、まとまらなければ訴訟に進みます。手続の中ではDNA鑑定が実施されることが多く、生物学上の父子関係が確認されれば、相手の意思にかかわらず認知が認められます。
出生前に認知してもらう「胎児認知」という方法もあります。母の承諾を得て届け出るもので、出産前に父子関係を確定させておきたい場合に検討されます。詳しくは【男女トラブル】胎児認知を求められた|生まれる前に認知する意味で説明しています。
認知されると、相手は子に対する扶養義務を負い、養育費を求めることができるようになります。相手に配偶者や子がいる場合、養育費の算定ではそれらの家族も相手が扶養している者として考慮されるため、金額がその分調整されることがあります。また、認知の事実は相手の戸籍に記載されるため、手続を進めることで相手の家族に関係が知られる可能性がある点も、あらかじめ理解しておく必要があります。
なお、認知された子の親権は母が持つのが原則です(2026年4月施行の改正民法により、父母の協議で双方を親権者とする選択肢も設けられています)。認知された子は相手の相続人にもなります。
相手の配偶者から請求を受ける可能性
既婚者と性的関係を持った場合、相手の配偶者から不貞行為を理由に慰謝料を請求されることがあります。ただし、不貞の慰謝料は、既婚であると知っていたか、注意すれば知ることができた場合に責任が生じるものです。独身だと信じ、そう信じたことに落ち度がなかったのであれば、支払う義務は否定される方向に働きます。考え方は【不貞慰謝料】既婚と知らなかった|故意・過失が否定される場合で整理しています。
一方で、既婚と分かった後も関係を続けていた期間については、責任を問われるおそれがあります。妊娠後に既婚と分かった場面では、関係をどうするかを早めに決めることが、自分の立場を守ることにもつながります。認知や養育費の請求をきっかけに相手の配偶者が事情を知り、請求が来ることも想定して、「独身だと信じていた」ことを示す記録を残しておくことが大切です。
いまのうちに残しておきたい記録
請求の場面でも、相手の配偶者から請求を受けた場面でも、手元の記録が判断の土台になります。気持ちの整理がつかない時期であっても、消える前に保存だけはしておくことをおすすめします。
- 独身である、離婚している、と相手が述べたメッセージや会話の記録。
- 結婚や将来の同居について相手が触れたやり取り。
- 知り合ったサービスのプロフィール画面や、独身限定であることが分かる規約。
- 妊娠を伝えた際のやり取りと、それに対する相手の反応。
- 診察の記録、母子健康手帳、検査や手術の領収書。
- 相手の本名、住所、勤務先など、相手を特定するための情報。
相手と連絡が取れなくなっている場合でも、手がかりから相手をたどれることがあります。【男女トラブル】妊娠を告げた後に相手と連絡が取れなくなった|相手をたどる方法も参考にしてください。
話し合いを進めるときの注意点
裏切られたという思いから、相手の配偶者や勤務先に事情を伝えたり、SNSに書き込んだりしたくなることもあるかもしれません。しかし、こうした行為は名誉毀損やプライバシー侵害として、逆に責任を問われるおそれがあります。「払わなければ家族に知らせる」と金銭を求める伝え方も、脅迫や恐喝と受け取られる危険があるため避けてください。
話し合いで合意できた場合は、口約束で終わらせず、内容を書面にしておくことが重要です。特に養育費は長期間にわたる支払いになるため、強制執行ができる公正証書や調停調書の形で残しておくと、支払いが滞ったときの備えになります。また、慰謝料の請求には期限があり、原則として損害と相手を知った時から3年で時効にかかります。時間が経つほど記録も散逸しやすくなるため、早めに方針を決めておくと安心です。
よくあるご質問
既婚と分かった後も関係を続けてしまいました。もう請求はできませんか
既婚と知る前の期間については、貞操権侵害の慰謝料を求められる余地が残ります。ただし、知った後に関係を続けたことは金額の判断で考慮されることがあり、相手の配偶者に対する責任の問題も生じえます。どの時点で既婚と知ったかを、記録とともに整理しておくことが大切です。
相手の配偶者に知られずに、認知や養育費を求めることはできますか
話し合いの段階では、代理人を通じて相手本人とだけやり取りすることは可能です。もっとも、認知は相手の戸籍に記載され、養育費の支払いも長期にわたるため、最終的に家族に知られない保証はありません。知られる可能性を前提に、どこまでを求めるかを考えておく必要があります。
相手から「離婚するから待ってほしい」と言われています
離婚の約束を信じて待つかどうかはご本人の判断ですが、約束が守られなかったとしても、それだけで慰謝料を請求できるとは限りません。待つ間に関係を続けると、相手の配偶者から請求を受けるおそれも高まります。待つ場合でも、妊娠に関する費用や認知の扱いは早めに話し合っておくことをおすすめします。
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妊娠後に相手が既婚者だと分かった場面では、妊娠をどうするかという判断と、相手への請求、相手の配偶者への備えを並行して考える必要があります。お一人で抱え込まず、まずは事実関係の整理から始めてみてください。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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