【不貞慰謝料・請求する側】相手に支払能力があるかをどう見極めるか
この記事は、2026年10月時点の民法(令和6年改正により2026年4月1日に施行された法定養育費の規定を含みます)と、健康保険の出産育児一時金の制度にもとづいて整理しています。2026年5月に成立した改正健康保険法による出産費用の新しい給付の仕組みは、施行日が政令で定められる予定で、この記事の時点ではまだ始まっていません。
「出産費用の半分は負担してほしい。でも相手は『結婚もしていないのに』と言うばかりで話が進まない」。「認知も養育費も考えているが、出産にかかった費用まですべて求められていて、どこまでが自分の負担なのか分からない」。未婚での出産をめぐるご相談では、産む側と相手側の双方から、このような声をお聞きします。
世間では「出産費用は折半が基本」と説明されることが多く、話し合いの目安としてそれ自体は誤りではありません。ただ、法律上の請求の根拠は一つではありません。また、「出産費用」とひとまとめにされる中には、母体の医療費、生まれてくる子のための費用、妊娠中の生活費といった性質の違う費用が混ざっています。費目によって、請求の根拠も、話し合いがまとまらないときに使える手続も変わります。
この記事では、未婚で出産する(した)場合の出産費用について、費目の分け方、請求の根拠と手続の選び方、出産育児一時金との関係、請求された側が確認したい点を整理します。認知の手続そのものや妊娠をめぐる全体像は交際・パパ活相手の妊娠|認知・養育費・中絶同意書の基礎知識で、中絶費用の分担は【男女トラブル】中絶費用は折半なのか|「おかしい」と感じたときの整理の仕方で扱っています。
未婚の出産では「当然に」請求できる仕組みがない
まず押さえておきたいのは、結婚している夫婦と、結婚していない男女とでは、出産費用を分け合う法律上の仕組みが異なるという点です。
夫婦であれば「婚姻費用」の中で分担する
結婚している夫婦は、収入などに応じて婚姻から生じる費用を分担する義務を負います(民法760条)。出産費用も、この婚姻費用の中で分担を話し合うのが通常の流れです。別居中の夫婦が家庭裁判所で婚姻費用の分担を決める際に、出産関連の費用が一緒に話し合われるのはこのためです。
これに対して、結婚していない男女の間には、この婚姻費用の分担という仕組みがありません。なお、婚姻届を出していなくても夫婦として生活している内縁(事実婚)の関係では、婚姻に準じた扱いとして婚姻費用の分担が認められる場合があります。内縁の扱いについては【男女トラブル】内縁・事実婚を解消するとき|法律上の夫婦と何が同じで、何が違うのかをご参照ください。
認知の前は、法律上の父子関係がない
親が子を扶養する義務(民法877条1項)は、法律上の親子関係があることが前提です。結婚していない男女の間に生まれた子と父親との法律上の親子関係は、認知によって生じます。認知の効力は子の出生の時にさかのぼります(民法784条)。
また、出生前でも、母親の承諾があれば胎児の段階で認知することができます(民法783条1項)。出産前から父子関係をはっきりさせておくことは、出産後の話し合いを進めやすくする一つの方法です。
それでも請求の道がある理由
婚姻費用の仕組みがなくても、出産費用の負担を求める方法がないわけではありません。実務では、大きく分けて、当事者の合意にもとづく方法、認知後に家庭裁判所で話し合う方法、相手の対応に問題がある場合の民事上の請求という三つの道があります。未婚の出産費用は、「請求できるかどうか」よりも先に、「どの根拠で、どの手続で求めるのか」を決めることが出発点になります。
「出産費用」を3つに分けて考える
相手と話し合う前に、求めたい費用を性質ごとに分けておくと、根拠と手続の選択がしやすくなります。
| 区分 | 主な中身 | 性質 |
|---|---|---|
| 母体の医療費 | 妊婦健診の自己負担分、分娩・入院費、出産前後の検査費 | 妊娠・出産そのものにかかる費用 |
| 子のための費用 | ベビー用品、出生後の子の医療費・生活費 | 子の養育に近い費用 |
| 母の生活費・収入減 | つわりや産前産後の休業による収入の減少、生活費 | 母自身の生活にかかる費用 |
母体の医療費は話し合いの中心になる
妊婦健診や分娩・入院にかかる費用は、妊娠・出産という双方に関わる出来事から直接生じる費用であり、分担の話し合いの中心になりやすい部分です。ただし、後で述べるとおり、健康保険から支給される出産育児一時金や自治体の助成を差し引いたうえで、実際に自己負担した額を基準にするのが一般的な整理です。
子のための費用は養育費との関係で考える
出生後の子の生活費や医療費は、認知によって父子関係が生じた後は、養育費の問題として扱われます。出生前に買い揃えたベビー用品などの準備費用を、出産費用として求めるのか、子の養育に要する費用として扱うのかは、考え方が分かれる部分です。養育費とは別に請求する場合は、同じ費用を二重に求めることにならないよう、範囲を明確にしておく必要があります。
母の生活費・収入減は合意で決めることが多い
つわりや産前産後の休業による収入の減少は、妊娠・出産に伴って現実に生じる負担です。もっとも、結婚していない以上、相手に生活費の分担を法的に求める根拠は限られ、裁判所の手続で認められる場面は多くありません。この部分は、当事者間の話し合いで合意できるかどうかが中心になります。費目ごとに根拠の強さが違うため、全額を一つの請求としてまとめるより、区分ごとに整理して示すほうが話し合いは進みやすくなります。
請求の根拠と手続の選び方
三つの道は、どれか一つを選ぶというより、状況に応じて組み合わせて考えることになります。
合意による分担|話し合いで決めて書面に残す
最も現実的で、費目の範囲を柔軟に決められるのが、当事者間の合意です。どの費用を、どの割合で、いつまでに支払うのかを決め、書面に残しておきます。合意は契約としての効力を持つため、約束どおり支払われない場合には、合意にもとづく支払いを求めて民事裁判を起こすことも考えられます。
分割払いにする場合や、確実に支払いを受けたい場合には、公正証書にしておくことも選択肢です。交際相手との間で作る書面の効力については【男女トラブル】交際相手との間で作った書面|『誓約書』『覚書』の効力で詳しく解説しています。
認知のあとに家庭裁判所で話し合う
認知によって父子関係が生じれば、家庭裁判所の養育費請求調停を利用できます。調停は話し合いの手続であるため、養育費と併せて出産費用の分担が話し合われ、合意に至ることもあります。一方で、話し合いがまとまらず審判で判断を求める場合に、出生前に生じた費用を子の監護に要する費用として扱うかどうかは、事案や考え方によって扱いが一律ではありません。
認知と養育費の関係では、認知の効力が出生時にさかのぼることを踏まえ、出生時にさかのぼって養育費の分担を定めた裁判例があります(大阪高等裁判所平成16年5月19日決定)。この事案では、認知の後すぐに調停が申し立てられていた点が考慮されたとみられ、出生から時間が経ってからの請求では同じ扱いになりにくいとされています。また、2026年4月1日以降に認知された場合には、養育費の取決めがなくても、子を主として監護している親が、認知の日から子1人あたり月額2万円の法定養育費を請求できるようになりました(民法788条・766条の3)。ただし、これは子の養育費であり、出産費用そのものを対象とするものではありません。
相手の対応が不誠実な場合の民事上の請求
妊娠を伝えた後に相手が一切の話し合いを拒んだり、連絡を絶ったりした場合には、不法行為にもとづく損害賠償として、費用の負担や慰謝料を求めることが考えられます。中絶をめぐる事案で、男女の性行為の結果として生じた妊娠による不利益は双方が分担すべきであり、相手の男性が話し合いに真摯に応じず、不利益を軽減する行動をとらなかったことを不法行為と評価した裁判例があります(東京高等裁判所平成21年10月15日判決)。出産の場面でも同じ考え方が主張されることがありますが、認められるかどうかは個別の事情によります。
相手が既婚であることを隠していた場合には貞操権の侵害として、婚約していた場合には婚約破棄として、別の角度から責任を問える可能性があります。それぞれ既婚を隠されて妊娠|貞操権侵害の慰謝料はいくら請求できる、婚約を一方的に破棄された|慰謝料を請求できるケース・できないケースをご参照ください。家庭裁判所の手続と民事裁判の手続は扱う範囲が異なるため、どちらで何を求めるのかを最初に整理しておくことが、遠回りを避けることにつながります。
負担の割合と、出産育児一時金・助成の差し引き
分担額を考えるときは、「いくらかかったか」ではなく「実際にいくら自己負担したか」から出発します。
差し引く順序
健康保険に加入している方が出産すると、出産育児一時金(原則50万円)が支給されます。多くの医療機関では、一時金が医療機関に直接支払われる仕組みが使われており、出産費用がこれを上回った分を窓口で支払うことになります。妊婦健診についても、自治体の助成(受診券など)で一部がまかなわれます。
- 出産・妊婦健診にかかった費用の総額を、領収書や明細で確認する。
- 出産育児一時金、自治体の助成、勤務先の健康保険組合などからの付加給付を差し引く。
- 残った自己負担額を、費目の区分ごとに整理する。
- その自己負担額について、分担の割合を話し合う。
折半か、収入に応じた按分か
分担の割合について、法律で決まった計算式はありません。話し合いでは折半が目安とされることが多い一方、双方の収入に大きな差がある場合には、収入に応じて按分する考え方もあります。出産する側は、産前産後の期間に収入が減ることも少なくないため、どの時点の収入を基準にするかも話し合いの対象になります。
出産費用の制度は今後変わる見通し
2026年5月に成立した改正健康保険法により、正常分娩の標準的な費用を公的保険でまかない、自己負担をなくす方向の仕組みが設けられました。施行は公布から2年以内で、具体的な日付は政令で定められる予定です。施行後は、分担の話し合いの対象は、個室の利用や無痛分娩など、選択によって生じる費用が中心になっていくと考えられます。現時点では一時金を差し引いた後の自己負担額が分担の基準であり、制度が変わるまでの出産については、従来どおりの整理で考えることになります。
出産の前後にしておきたいこと(請求する側)
出産費用の話し合いは、出産後に始めるより、出産前から準備しておくほうが進めやすくなります。
出産前の準備
出産前の段階で、次のような準備をしておくと、後の話し合いや手続の材料になります。
- 出産予定の医療機関で、費用の見込み額と一時金の扱いを確認しておく。
- 妊婦健診や検査の領収書・明細をすべて保管する。
- 相手に妊娠を伝えた日時、費用について話した内容を、メッセージや記録として残しておく。
- 必要に応じて、胎児認知について相手と話し合う。
出産後の動き方
出産後は、認知と養育費の話し合いを早めに進めることが大切です。前述のとおり、養育費をどこまでさかのぼって求められるかは、請求の時期によって評価が変わる可能性があります。出産費用の分担も、認知や養育費と切り離さずに、同じ時期にまとめて話し合うほうが整理しやすくなります。
妊娠を伝えた後に相手と連絡がとれなくなった場合は妊娠を告げたら逃げられた・音信不通|相手を特定して認知・養育費にたどり着くまでを、相手が話し合いに応じない場合の進め方は【男女トラブル】相手が話し合いに応じない|連絡が取れないまま清算する方法を参考にしてください。出産後は心身ともに余裕のない時期が続くため、費用の話し合いを先延ばしにせず、出産前から記録と見通しを整えておくことが負担を減らします。
出産費用を請求された側が確認すること
出産費用を求められた側にとっても、応じるかどうか、どこまで応じるかを判断するための確認事項があります。
父子関係と費用の中身を確認する
認知の前であれば、法律上の父子関係はまだ生じていません。父親であることに疑問がある場合には、支払いの前に、DNA鑑定を含めて確認の方法を話し合うことが考えられます。また、請求額が出産育児一時金などを差し引いた後の自己負担額になっているか、明細や領収書で確認することも大切です。妊娠そのものに疑わしい点がある場合の見極め方は「妊娠した」「病気になった」と請求されたら|妊娠詐欺・示談金詐欺の見極め方で解説しています。
支払う場合は名目と範囲を書面にする
支払いに応じる場合は、「どの費用に対する支払いか」「これで清算される範囲はどこまでか」を書面で明確にしておくことが大切です。出産費用と養育費を区別せずに支払うと、後で同じ費用を重ねて求められるなどの行き違いが生じやすくなります。
なお、子が扶養を受ける権利は処分することができないとされています(民法881条)。そのため、出産費用と一緒にまとまった金額を支払い、「今後の養育費は一切請求しない」と取り決めても、子の養育費をめぐる請求まで当然に封じられるわけではない点には注意が必要です。
対応を放置しない
求められた金額に納得できない場合でも、連絡を絶つなどして対応を放置すると、前述の裁判例のように、その対応自体が問題とされるおそれがあります。応じられる範囲と応じられない範囲を整理し、理由を添えて伝えることが、結果的にご自身を守ることにつながります。弁護士が窓口となって解決した例として、【解決事例】交際相手の妊娠をめぐり100万円超を請求された事例|直接の面談に応じず解決金30万円で合意書を締結もご参照ください。請求された側にとって大切なのは、支払うかどうかの二択ではなく、父子関係・費用の中身・清算の範囲を一つずつ確認していくことです。
よくあるご質問
出産前でも出産費用の分担を求めることはできますか。
当事者間の話し合いで、出産前に分担を取り決めることは可能です。出産前に合意しておけば、医療機関への支払いの段階で負担を分けることもできます。一方、家庭裁判所の養育費の手続を利用できるのは、原則として認知によって父子関係が生じた後です。出産前から手続上の準備をしておきたい場合は、母親の承諾による胎児認知(民法783条1項)を相手と話し合うことも考えられます。
認知してもらえない場合でも、出産費用だけ請求できますか。
相手が任意に支払いに応じるのであれば、認知の有無にかかわらず合意によって分担を決めることはできます。ただし、相手が応じない場合に家庭裁判所で養育費として求めるには、認知が前提になります。相手が認知に応じない場合は、家庭裁判所に認知を求める調停を申し立て、まとまらなければ認知の訴えに進むことになります。不法行為にもとづいて請求する場合も、相手の子であることの立証が必要になるのが通常です。
出産費用の請求に期限はありますか。
請求の根拠によって異なります。不法行為にもとづく損害賠償は、損害と加害者を知った時から3年で時効にかかります(民法724条1号)。合意にもとづく支払いは、原則として権利を行使できることを知った時から5年です(民法166条1項1号)。養育費については、どの時点からの分を求められるかが請求の時期によって左右されることがあるため、いずれにしても早めに動くことが望ましいといえます。
まとめ
- 結婚していない男女の間には婚姻費用の分担(民法760条)の仕組みがなく、出産費用を当然に請求できる根拠はない。
- 父子関係は認知によって生じ、その効力は出生時にさかのぼる(民法784条)。母親の承諾があれば胎児認知もできる(民法783条1項)。
- 「出産費用」は、母体の医療費、子のための費用、母の生活費・収入減に分けて考えると、根拠と手続を選びやすい。
- 請求の道は、合意による分担、認知後の家庭裁判所の手続、相手の対応が不誠実な場合の不法行為(民法709条)の三つが中心になる。
- 分担額は、出産育児一時金や自治体の助成を差し引いた自己負担額を基準にし、割合は折半や収入に応じた按分を話し合う。
- 2026年4月1日以降の認知では法定養育費(民法788条・766条の3)を請求できるが、出産費用そのものとは別の制度である。
- 請求された側は、父子関係・費用の中身・清算の範囲を確認し、子の扶養を受ける権利は処分できない(民法881条)ことにも注意する。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。未婚での出産にあたって、出産費用の分担をどのように求めればよいか、認知や養育費とあわせてどう進めればよいかについて、ご事情を伺ったうえで整理いたします。
出産費用の分担を相手に求めたい方も、出産費用を請求されてどこまで応じるべきか迷っている方も、話し合いの記録や領収書などをお手元にご用意のうえ、お気軽にご相談ください。


