不倫相手との妊娠|認知・養育費・中絶をめぐるトラブル

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

 不倫関係の中で妊娠が判明したとき、当事者の頭の中では「産むのか、産まないのか」「相手は責任を取るのか」「配偶者に知られたらどうなるのか」といった問題が一度に押し寄せます。しかし法律の観点では、これらはそれぞれ別のルールで決まる、いくつかの独立した問題です。混ぜたまま話し合うと、感情的な対立だけが深まり、後から覆せない約束をしてしまうことにもなりかねません。

 この記事では、不倫関係での妊娠に伴って生じる法律問題を、認知・養育費・中絶・慰謝料の4つに分けて整理します。男性側・女性側のどちらの立場でも読めるように構成しています。

1.最初に切り分けたい「3種類のお金」

 妊娠をきっかけに金銭のやり取りが問題になる場面では、性質の異なる3つの請求が混在していることが少なくありません。

種類法的な根拠発生するための前提
養育費親の扶養義務(民法877条1項)法律上の父子関係が確定していること
出産費用・中絶費用合意または損害賠償など合意の有無、当事者の対応の内容
慰謝料不法行為(民法709条・710条)違法な行為と精神的損害があること

 「妊娠したのだから払うのが当然」という一括りの発想は、法律上は成り立ちません。逆に「不倫だったのだから何も払わなくてよい」というのも誤りです。どの請求について、どの前提が満たされているのかを一つずつ確認することが出発点になります。

2.どちらが既婚者かで、法律関係は大きく変わる

 不倫関係での妊娠がほかの場面と異なるのは、婚姻関係が親子関係のルールに直接影響する点です。大きく次の2つのパターンに分かれます。

  • パターンA:既婚の男性と、独身の女性との間の妊娠 → 生まれる子は法律上の婚外子となり、「認知」が出発点になります。
  • パターンB:既婚の女性が、夫以外の男性との間で妊娠 → 生まれる子は原則として夫の子と推定され、不倫相手の男性はそのままでは認知できません。

 同じ「不倫による妊娠」でも、この違いによって取るべき手続きがまったく変わります。以下、順に見ていきます。

3.パターンA:認知がすべての出発点になる

3-1.認知がなければ、法律上の父子関係は生じない

 婚姻関係にない男女の間に生まれた子については、父親が認知をして初めて法律上の父子関係が生じます(民法779条)。認知がない段階では、男性は法律上の父ではないため、扶養義務も、したがって養育費の支払義務も、原則として発生しません。

 もっとも、これは「認知しなければ責任を免れる」という意味ではありません。認知には次の3つのルートがあり、父親の意思だけで完結する問題ではないためです。

  1. 任意認知:父が市区町村に認知届を出す方法。出生前でも母の承諾を得て行う「胎児認知」が可能です(民法783条)。遺言による認知もできます。
  2. 強制認知:話し合いがまとまらない場合、家庭裁判所に認知調停を申し立て、成立しなければ認知の訴えを提起します(民法787条)。DNA鑑定の結果が重視される傾向にあります。
  3. 子からの請求:認知請求権は子自身の権利です。母が「認知は求めない」と約束していても、母が子を代理して認知を求めることは妨げられないと考えられています。

 つまり、当事者間で「認知しない」という取り決めをしても、それによって将来の請求を確実に封じることはできません。この点は、男性側が示談の設計を考えるうえで重要な前提になります。

3-2.認知の効果——戸籍への記載と、配偶者への波及

 認知が成立すると、次の効果が生じます。

  • 出生の時にさかのぼって父子関係が生じる(民法784条)
  • 父は扶養義務を負い、養育費の支払義務が生じる
  • 子は相続人となり、その相続分は嫡出子と同等
  • 父の戸籍にも、認知した子の存在が記載される

 既婚の男性にとって実務上もっとも大きいのが、最後の点です。戸籍の記載を通じて、配偶者が不貞の事実を知るきっかけとなり、そこから離婚や慰謝料の問題へと連鎖することがあります。認知は一度すると撤回が極めて困難ですので、その場の勢いで「認知する」と口にする前に、影響の全体像を確認しておくことが望まれます。

3-3.養育費の考え方と、過去分の扱い

 養育費の額は、実務上、裁判所が公表している算定表(2019年改定)を目安に、父母双方の年収・子の年齢・人数から算出されます。取り決めは協議で行い、合意ができれば公正証書にしておく、まとまらなければ家庭裁判所の調停・審判に進む、という流れが一般的です。

 争いになりやすいのが**出生から認知までの期間の養育費(過去分)**です。この点については裁判例の考え方が分かれており、請求した時点以降の分に限って認める例が多い一方で、認知の遡及効を重視し、認知の直後に請求がなされた事案で出生時にさかのぼらせた高等裁判所の判断もあります。請求する側としては、早い段階で請求の意思を書面で明確にしておくことが結果を左右し得ます。

4.パターンB:既婚女性の妊娠と「嫡出推定」

4-1.夫の子と推定されるため、相手はそのままでは認知できな

 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定されます(民法772条)。この推定が及ぶ間は、血縁上の父が不倫相手の男性であっても、その男性が認知届を出すことはできず、まず法律上の父子関係を否定する手続きが必要になります。

 具体的には、推定が及ぶ子については「嫡出否認」の手続きによることになります。家庭裁判所の調停を経て訴えを提起する流れで、親子関係不存在確認の手続きを代わりに用いることはできないとされています。なお、長期の別居など、夫婦の実態が失われ性的関係を持つ機会がなかったことが明らかな場合には「推定の及ばない子」として扱われ、親子関係不存在確認や認知の手続きが検討されることがあります。

4-2.令和6年4月1日施行の改正民法で変わった点

 嫡出推定の制度は、令和4年法律第102号によって見直され、令和6年4月1日から施行されています。法務省が示す改正のポイントは次のとおりです。

  • 婚姻の解消等の日から300日以内に生まれた子であっても、母が前夫以外の男性と再婚した後に生まれた子は、再婚後の夫の子と推定する
  • 女性の再婚禁止期間を廃止
  • これまで夫のみに認められていた嫡出否認権を、子および母にも拡大
  • 嫡出否認の訴えの出訴期間を1年から3年に伸長

 改正前は、否認の権利が夫にしかなく期間も1年と短かったため、母の側から法律上の父子関係を争う手立てが乏しいという問題がありました。改正により、母や子の側からも一定期間内であれば手続きを取れるようになっています。ただし出訴期間を過ぎると、後にDNA鑑定で血縁関係が否定されても、確定した法律上の父子関係を覆すのは難しくなります。時間的な制約が強い分野であるという点は、どちらの立場でも押さえておく必要があります。

5.中絶をめぐるトラブル——「同意書」の誤解が多い

5-1.産むかどうかを決めるのは、妊娠している本人

 まず前提として、出産するか中絶するかを決めるのは女性本人です。男性に中絶を求める法律上の権利はなく、逆に出産を強制する権利もありません。書面を差し入れさせて意思を拘束しようとしても、その効力は認められにくいと考えられます。

5-2.同意書の「配偶者」とは誰か

 人工妊娠中絶は、本人および配偶者の同意を得て行うものとされています(母体保護法14条1項)。ここでいう配偶者の意味が、不倫の文脈では特に誤解を招きます。

  • 女性が未婚(法律婚も事実婚もしていない)の場合 日本産婦人科医会は、この場合は本人の同意のみで足り、同意書の配偶者欄は空欄になるとしています。交際相手や不倫相手の男性は「配偶者」に当たらないため、その署名は法律上必要ではありません。 「相手が同意書にサインしてくれないから手術できない」という前提は、正確ではないことになります。
  • 女性が既婚の場合 妊娠した相手が夫以外の男性であっても、原則として夫(配偶者)の同意が必要とされています。ここが、不倫による妊娠に特有の難しさです。なお、配偶者が知れないとき、意思を表示することができないとき、妊娠後に配偶者が死亡したときは本人の同意だけで足りるとされ(同条2項)、DV被害などで夫婦関係が実質的に破綻し同意を得ることが困難な場合も同様に扱う旨の通知が出されています。個別の判断は医療機関が行いますので、事情がある場合は早い段階で医師に相談することになります。

 なお、他人の署名を無断で記入するなど同意書を偽造する行為は、有印私文書偽造罪(刑法159条)に当たり得ます。

5-3.中絶費用の負担と、対応が問われる場面

 中絶費用について「必ず折半」と定めた法律上のルールはありません。当事者の話し合いによる合意が基本です。

 もっとも、妊娠を告げられながら話し合いに真摯に応じず、一方的に女性側へ負担を押し付けたといえる事案について、男性の対応を不法行為と評価し、損害賠償を認めた裁判例があります(東京高等裁判所平成21年10月15日判決)。連絡を絶つ・放置するという対応は、法的リスクの面でも得策とは言いにくいということです。

 反対に、合意のうえでの性交渉によって妊娠したという事実だけでは、慰謝料が当然に発生するわけではないとされています。避妊についての虚偽の説明や中絶の強要など、対応の悪質さが加わって初めて問題になる、という整理になります。

 また、人工妊娠中絶が可能な期間は妊娠22週未満(21週6日まで)とされており、判断できる時間そのものが限られている点にも注意が必要です。

6.慰謝料は「三方向」に生じ得る

 不倫による妊娠の場面では、慰謝料の請求が複数の方向で問題になります。

  1. 配偶者から、不貞の相手方への慰謝料請求 不貞行為は不法行為に当たり、妊娠という事情は金額を左右する要素として考慮されることがあります。なお、不貞をした配偶者と相手方は不真正連帯債務の関係に立つため、両者から二重に受け取ることはできず、支払った側から他方への求償の問題も生じます。
  2. 既婚であることを隠されていた側からの請求 独身と偽られて関係を持った場合、貞操権の侵害として、欺いた相手本人に対して慰謝料を請求できる余地があります。
  3. 妊娠後の対応をめぐる請求 前項のとおり、中絶の強要や一方的な放置など、対応の内容が問われる場面です。

 いずれも成否と金額は事情によって大きく異なりますので、請求額がそのまま支払義務の額を意味するものではない、という点は双方が理解しておくべきところです。

7.立場別の初動——避けたい対応と、取っておきたい対応

請求を受けた側

  • 避けたい:その場で認知を約束する/一部でも支払って認めた形にする/連絡を絶つ・放置する/やり取りの記録を自分で削除する
  • 取りたい:妊娠の事実と週数を客観的に確認する/請求の中身(誰が、何を、いくら、いつまで、根拠は何か)を書面で整理してもらう/やり取りを保存する/回答期限がある場合でも即断せず、期限前に弁護士に相談する

請求する側

  • 医療機関の受診記録など、妊娠の時期を裏づける資料を保管する
  • 認知や費用負担についての請求の意思を、早い段階で書面に残す
  • 合意ができた場合は、口約束ではなく書面化し、養育費については公正証書の作成を検討する
  • 相手の身元が分からない、連絡が取れないといった場合でも、取り得る手続きがあります

 なお、支払いを求める過程で、勤務先や家族に事実を知らせると告げて金銭を要求するような対応は、恐喝罪(刑法249条)や脅迫罪(同222条)の問題となり得ます。正当な権利の行使との線引きは微妙ですので、感情的なやり取りに踏み込む前に専門家を挟むことをお勧めします。

8.まとめ

 不倫関係での妊娠は、認知・養育費・中絶・慰謝料という、性質の異なる問題が同時に動く場面です。

  • 養育費の出発点は認知であり、認知は撤回が困難で戸籍にも残る
  • 既婚女性の妊娠では嫡出推定が働き、令和6年4月施行の改正で否認できる人と期間が変わった
  • 中絶の同意書の「配偶者」が誰を指すかは、未婚か既婚かで結論が異なる
  • 中絶が可能な期間にも、否認の手続きにも、期限がある

 どの論点も、時間の経過とともに選択肢が狭まっていくという共通点があります。判断を迫られている段階でも、その場で結論を出す前に一度整理する時間を取ることが、結果的に双方の負担を小さくすることにつながります。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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