中絶費用は相手に請求できる?男女の費用負担

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

 妊娠の中絶をめぐって、「かかった費用は相手に払ってもらえるのか」「半分だけ払えばいいのか」と迷う方は少なくありません。インターネット上では「折半が原則」という説明をよく見かけますが、実は、そう定めた法律の条文があるわけではありません。

 この記事では、慰謝料の可否ではなく、中絶にかかった費用そのものをどう分担し、どう請求するのかに絞って、請求する側・請求された側の双方の視点から整理します。

「中絶費用は折半」という法律上のルールはない

 まず前提を確認します。民法にも母体保護法にも、「人工妊娠中絶の費用は男女で折半する」と定めた規定はありません。

 それでも実務で半額が一つの目安として語られるのは、妊娠が二人の性行為の結果として生じたものである以上、そこから生じる負担も一方だけに負わせるのは公平とはいえない、という考え方が背景にあるためです。

 つまり「折半」は、条文に書かれた決まりではなく、話し合いや裁判で結論を出すときの出発点となる目安にすぎません。したがって、事情によっては負担の割合は動きますし、逆に「法律に書いていないのだから一切払わなくてよい」ということにもなりません。

 そして、割合の議論に入る前に必要なのが、「実際にいくら負担したのか」を確定させる作業です。

まず「何にいくらかかったか」を確定する

中絶にかかる費用の中身

 一口に中絶費用といっても、実際には次のような支出が含まれます。

  • 手術(または薬剤による処置)の費用
  • 初診料、妊娠の確認、血液検査などの検査費用
  • 処置の前後の診察費、投薬費
  • 通院にかかった交通費
  • 仕事を休んだことによる収入の減少

 人工妊娠中絶は、原則として公的医療保険の適用外(自費)です。金額は妊娠週数・方法・医療機関によって幅があり、一般には初期(妊娠12週未満)で10万〜20万円程度、中期(12週〜22週未満)で30万〜60万円程度が目安とされています。中期の場合は死産届の提出や火葬などの手続きも必要となり、その分の費用が別途かかります。

 なお2023年4月には経口中絶薬(メフィーゴパック)が承認され、妊娠9週0日までは薬による方法も選択肢になりました。ただし母体保護法指定医の管理下で行われ、費用も手術と大きく変わらないとする医療機関が多いようです。

 このように金額は一律ではありません。請求の出発点は「相場」ではなく、実際の領収書と明細です。

受け取れる公的な給付があると、実際の負担額は変わる

 見落とされやすいのが、公的な給付の存在です。

 出産育児一時金は、健康保険上「出産」に当たる場合に支給されます。この「出産」には、妊娠85日(妊娠4か月)以降の生産・死産(流産)だけでなく、人工妊娠中絶も含まれます。支給額は令和5年4月から原則50万円です(産科医療補償制度の対象とならない場合などは48万8千円)。中期の中絶では、実際の自己負担額がこれによって大きく変わることになります。

 また、2025年4月から始まった**妊婦のための支援給付(妊婦支援給付金)**は、胎児の心拍が確認された後であれば、流産・死産のほか人工妊娠中絶となった場合も対象とされています。金額は1回目が5万円、2回目が妊娠していた胎児の数に応じた額で、単胎であれば合計10万円です。

 裁判例のなかにも、かかった費用から出産育児一時金と相手がすでに支出した分を差し引いた額を損害としたものがあります。もっとも、こうした給付が損害額から当然に差し引かれるかどうかは事案によって判断が分かれ得る部分ですので、まずは**「差引後に自分がいくら負担したのか」を把握しておく**ことが実務的です。手続きは、加入している健康保険やお住まいの市区町村の窓口で確認できます。

請求の「入口」は3つある

 費用を相手に求める場合、どの法的な入口から進むかで、請求できる範囲・必要な証拠・時効の期間が変わります。

入り口主な根拠請求できる範囲必要になるもの時効の目安
①話し合いで決める当事者の合意・和解(民法695条)決めた内容のとおり合意した事実がわかる書面やメッセージ知った時から5年/権利行使できる時から10年(民法166条)
②不法行為として賠償を求める民法709条・710条相当因果関係のある損害(費用+慰謝料)違法と評価できる事情と、損害との因果関係知った時から3年/不法行為の時から20年(民法724条)
③公平の観点から清算する不当利得(民法703条)など相手が負担すべきだった分に相当する額支出した事実と金額知った時から5年/10年(民法166条)

 一般に「半額を請求できる」と説明されるのは③の発想によるものですが、この法的な構成については考え方が分かれる面もあり、実務では①か②で進めることが多くなります。どの入口を選ぶかは、事情と証拠の揃い方によって決まります。

 なお②については、合意のうえでの性交渉・中絶であれば原則として不法行為は成立しにくい、というのが基本的な考え方です。相手を積極的に欺いた、避妊に協力しなかったといった事情があれば別に評価される余地があるとされており、慰謝料が認められる場合の考え方については、当事務所のコラム「中絶で慰謝料が認められる4つのケースと相場・請求方法」もあわせてご確認ください。

「半額」から動く事情

 負担割合は、次のような事情によって上下します。

相手の負担が重くなる方向に働きやすい事情

  • 避妊をしていると偽っていた
  • 既婚であることを隠していた
  • 中絶を強く迫った、暴力や脅しがあった(相手の意思に反して堕胎させた場合は、不同意堕胎罪という刑事上の別問題にもなり得ます)
  • 妊娠を知らせても話し合いに応じず、対応を委ねたまま放置した

 最後の点に関しては、東京高等裁判所平成21年10月15日判決が知られています。この判決は、妊娠・中絶による身体的・精神的・経済的な不利益は二人が共同で行った性行為に由来するものであるから、男女が等しく分担すべきであり、相手にはその不利益を軽減し、あるいは分担する義務があるという考え方を示しました。そのうえで、話し合いに応じなかった男性に対し、合計で約114万円の支払を命じています。

 ただしこの判決も、費用等については2分の1の限度で負担を認めたものです。「対応が不誠実なら当然に全額」という単純な図式ではない点は押さえておく必要があります。

半額にとどまる、あるいは請求額が下がる方向に働きやすい事情

  • 双方の合意のもとでの性交渉であり、相手も話し合いに応じて費用を出す姿勢を示している
  • 相手がすでに一部を支払っている(既払分は当然に差し引かれます)
  • 領収書などの裏づけがない支出が含まれている

 なお、産むか産まないかの決定は本人に委ねられており(母体保護法14条)、相手に中絶を求める権利も、やめさせる権利もありません。決定権が誰にあるかという問題と、費用をどう分けるかという問題は別であり、「自分の意見を聞かずに決めたのだから払わない」という主張は通りにくいと考えられます。

費用と慰謝料は分けて考える

 実務で問題になりやすいのが、費用と慰謝料をひとまとめにして「解決金いくら」と決めてしまうケースです。

 費用は実費の清算であり、領収書で金額が決まります。争点は「いくらかかったか」「どこまでが相当な範囲か」です。これに対して慰謝料は精神的損害に対するもので、事情によって金額が動きます。性質がまったく違います。

 これを混ぜてしまうと、後になって「あの金額に何が含まれていたのか」がわからなくなり、追加の請求や蒸し返しの火種になります。書面を作るのであれば、**内訳・支払方法・清算条項(今後互いに請求しない旨)**を明記しておくのが望ましいでしょう。分割払いにする場合は、公正証書にしておくと支払が滞ったときの対応がしやすくなります。

請求する側が進めるときの順序

  1. 資料をそろえる:領収書と明細、妊娠週数のわかる書類、通院の記録、交通費、仕事を休んだことの裏づけ
  2. 請求内容を特定する:誰に、何の費用として、いくらを、いつまでに支払ってほしいのかを書面で明示する
  3. 段階を踏む:話し合い → 書面(内容証明郵便)→ 民事調停 → 訴訟

 注意したいのは、伝え方です。「払わなければ職場に言う」「家族に知らせる」といった働きかけは、たとえ請求そのものに理由があっても、恐喝罪(刑法249条)や脅迫罪(同222条)の問題になり得ます。請求の内容が正当であることと、請求の仕方が適法であることは別です。

請求された側が確認しておきたいこと

 請求を受け取ったからといって、その金額の支払義務がその時点で確定するわけではありません。まず次の点を確認してください。

  • 妊娠と中絶の事実、その時期(妊娠週数)
  • 請求されている金額の裏づけ(領収書・明細があるか)
  • 自分がすでに支払った分がどう扱われているか
  • 公的な給付を差し引いた後の実際の負担額はいくらか
  • 名目が費用の清算なのか、慰謝料が含まれているのか

 一方で、避けたい対応もあります。その場で全額の支払を約束すること、内容を確認しないまま一部だけ支払うことは、支払義務を認めたと評価される場合があります。やり取りの記録を消してしまうことも避けてください。

 また、連絡を絶って放置するのも得策ではありません。前述の裁判例のとおり、話し合いに応じない対応自体が不利に評価されることがあります。事実と異なる請求が行われている可能性がある場合でも、決めつけて突き放すのではなく、客観的な資料の提示を冷静に求めるのが現実的です。

いつまで請求できるのか

  • 合意や公平の観点からの清算として請求する場合:権利を行使できることを知った時から5年、権利を行使できる時から10年(民法166条)
  • 不法行為として賠償を求める場合:損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年(民法724条)

 なお、身体への侵害を伴う不法行為については、3年ではなく5年とされる規定(民法724条の2)があります。中絶に伴う損害のうちどの部分がこれに当たるかは事案によりますので、「3年が過ぎたからもう無理」と自己判断で諦めてしまわないほうがよいでしょう。

まとめ

  • 「中絶費用は折半」という法律上のルールはなく、半額は公平の考え方に基づく目安である
  • 出発点は相場ではなく、領収書で確定する実際の負担額。妊娠85日以降の中絶は出産育児一時金の、心拍確認後であれば妊婦支援給付金の対象となり得る
  • 請求の入口は「合意」「不法行為」「公平の清算」の3つがあり、範囲・証拠・時効が変わる
  • 費用と慰謝料は性質が異なるため、内訳を分けて書面にしておく
  • 請求する側は伝え方に、請求された側は安易な承認と放置に注意する

 費用の分担は、感情的な対立が最も起きやすい場面のひとつです。当事者同士では話が進まない、金額の妥当性が判断できないという場合には、早い段階で弁護士にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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