【風俗トラブル】示談書に「今後一切請求しない」と書かれていれば、本当に安心?

若井亮

若井亮

テーマ:風俗トラブル

本記事は、2026年10月時点の法令(2023年の刑法改正で設けられた不同意性交等罪を含みます)をもとに、示談書の文言の一般的な読み方を説明するものです。実際の効力は、書面全体の内容や示談に至った経緯によって変わります。


風俗店でのトラブルについて店と話し合い、示談書に署名したとき、文中に「今後一切請求しない」という一文があると、ひとまず肩の荷が下りたように感じる方は多いと思います。たしかにこの一文は、追加の請求を断るための大切な根拠になります。ただ、この一文があるだけで、その後に何も起きないとまでは言い切れません。

 弁護士ドットコムの法律相談にも、「債権債務なしの示談書を受け取ったが、追加で請求されることはないか」「店からは今後の請求も被害届もないと言われたが、本当にこれで終われるのか」といった不安の声が寄せられています。本記事では、「今後一切請求しない」という一文がどこまで効くのか、どこに限界があるのかを、確認の手順に沿って整理します。

「今後一切請求しない」は何を約束している一文なのか

 示談書の末尾には、「本件に関し、本示談書に定めるもののほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する」「今後一切の請求をしない」といった条項が置かれることがよくあります。前者は清算条項、後者は請求放棄の条項と呼ばれ、どちらも「この件のお金の話は、ここに書いた内容で終わりにする」という合意を形にしたものです。

 この条項があれば、示談書に署名した相手が同じ件で追加の金銭を求めてきたときに、すでに合意で清算済みであると反論する材料になります。その意味で、この一文が入っていること自体は望ましいことです。

 一方で、この条項が効くのは、「誰と誰の間で」「何について」「どの種類の請求を」終わらせたのかが書面から読み取れる範囲に限られます。このどこかがあいまいだと、「その件は示談書の対象に入っていない」「示談書に名前のない人の請求だ」という形で、話が蒸し返されることがあります。以下、順に確かめていきます。

誰が「請求しない」と約束しているのか


「請求しない」の主語が自分になっていないか

 最初に確かめたいのは、この条項の主語です。店が用意した示談書では、当事者を「甲」「乙」と置いたうえで「乙は甲に対し、今後一切請求しない」と書かれていることがあります。乙が客を指している場合、この条項は店が客に請求しないという約束ではなく、客が店に対して返金などを求めないという約束になります。受ける印象とは逆の意味になっていることがあるため、甲と乙がそれぞれ誰を指すのか、条項が「相互に」となっているのかを確認しておくことが大切です。

女性本人が当事者に入っているか

 風俗トラブルの示談書では、店(運営会社)と客だけが当事者になり、相手の女性が名前を連ねていないことがあります。示談書は署名した当事者を拘束するものなので、女性本人が当事者に入っていなければ、店との間で「今後一切請求しない」と合意していても、女性本人による慰謝料などの請求まで当然に止められるとは限りません。店が女性から交渉や示談金の受け取りを正式に任されていたのかどうかも、後で問題になることがあります。

 また、店が女性に代わって報酬目的で示談交渉や示談金の受け取りをすることは、弁護士法72条が禁じる非弁行為にあたる可能性が指摘されています。2026年2月には、宮崎市内の風俗店の店長らが、客との示談交渉などをめぐって弁護士法違反の疑いで逮捕されたと報じられました。店だけを相手にした示談書は、こうした点からも不安定さを抱えていることがあります。この点は店がキャストに代わって示談交渉をしてよいのか|非弁行為という視点でも解説しています。

何について「請求しない」のかが特定されているか

 清算条項の多くは「本件に関し」という言葉で範囲を区切っています。そのため、「本件」が何を指すのかが示談書の中で具体的に書かれているかが重要になります。

 利用した日時、店名、相手の女性、問題とされた行為の内容などが特定されていれば、同じ出来事について名目を変えて請求されたときにも、示談の対象に含まれていると説明しやすくなります。反対に、「トラブルの件」といった漠然とした書き方だと、後から「あのときの示談は罰金の分だけで、慰謝料は別だ」「休業補償は含まれていない」といった主張を受ける余地が残ります。

 また、示談の時点で当事者が予想できなかった損害については、清算条項の効力が及ばないと主張されることがあります。たとえば示談の後に、妊娠や感染症、心身の不調を理由にした請求が出てくる場面です。こうした主張が認められるかどうかは事情によりますが、示談書の段階で対象とする損害の範囲をできるだけ明確にしておくことが、蒸し返しへの備えになります。詳しくは清算条項を入れても蒸し返される場面|条項の射程の限界で解説しています。

「請求しない」は刑事手続まで止めるものではない

 「今後一切請求しない」は、お金の請求、つまり民事上の約束です。被害届を出すことや、警察が捜査を進めることまで、この一文だけで止まるわけではありません。

 刑事手続との関係では、女性本人が処罰を求めないという意思を示す宥恕(ゆうじょ)の条項や、被害届を出さない・取り下げるといった条項が別に置かれているかを確認します。ただし、不同意性交等罪や不同意わいせつ罪は、被害者の告訴がなくても起訴できる罪(非親告罪)です。示談の成立や宥恕は、検察官が処分を決める際に重視される事情の一つですが、示談が成立したことだけで捜査が終わると約束されるものではありません。

 示談後に警察から連絡が来る場面については、【風俗トラブル】示談金を払ったのに被害届を出された|合意の効果と刑事手続もあわせてご覧ください。

お金以外の心配は「請求しない」には含まれない

 風俗トラブルのご相談では、金銭そのものよりも「家族や職場に知られないか」「渡した免許証のコピーはどうなるのか」を気にされる方が少なくありません。しかし、「今後一切請求しない」という一文は、こうした心配には直接触れていません。

 お金以外の不安に備えるには、次のような条項が別に入っているかを確かめる必要があります。

  • 家族・勤務先・知人に連絡しないこと、自宅や職場に来ないことを定める接触禁止の条項。
  • 本件の内容を第三者に話さないこと、SNSなどに書き込まないことを定める口外禁止の条項。
  • 身分証のコピーや写真、録音・録画、連絡先などを返却または削除し、その旨を確認できるようにする条項。
  • 被害届を出さないこと、すでに出している場合は取り下げることを定める条項。


 これらの条項の書き方と効き方の限界は、接触禁止条項・口外禁止条項の書き方と限界で詳しく説明しています。

書面として機能する形になっているか

 条項の中身が整っていても、書面の形が不十分だと、いざというときに示談書を根拠として示しにくくなります。確認したいのは、当事者全員の署名と押印がそろっているか、示談書が人数分作られ自分の手元にも原本があるか、記載された金額と実際に支払った金額が一致しているか、支払ったことを示す領収書や振込記録が残っているか、といった点です。

 店が示談書を2部とも持ち帰り、客の手元には何も残っていないというご相談もあります。手元に書面がなければ、何が約束されたのかを後から示すことが難しくなります。【風俗トラブル】示談書の原本を店しか持っていない|控えを求めるべき理由もご参照ください。

合意そのものが争われる場面もある

 示談書にきちんと署名していても、その合意が後から争われることがあります。民法は、だまされたり脅されたりしてした意思表示を取り消すことを認めています(民法96条)。また、重要な点についての勘違いがあった場合の取消し(民法95条)や、社会通念から大きく外れた内容の合意を無効とする定め(民法90条)もあります。

 これはどちらの側にも起こり得ることです。客の側から見れば、その場で強く迫られて署名した示談書について、取消しを主張できる余地があります。反対に、相手の側から「示談のときに事実と違う説明を受けた」などとして、合意の効力を争われることもあり得ます。示談書は、内容が事実に沿っていて、落ち着いて判断できる状況で結ばれていることで、はじめて安定したものになります。脅されて署名した場合の考え方は脅されて署名した念書・示談書は有効か|「無効」と「取消し」の違いで解説しています。

手元の示談書を確かめるときの目安


確認する点見るところ足りない場合に起こりうること
誰が請求しないのか甲・乙が指す相手、「相互に」の有無自分だけが請求を放棄した形になっている
誰が当事者か女性本人の署名、店が代わりに合意した根拠女性本人から別に請求を受ける余地が残る
何について終わらせたか日時・店名・行為の内容の特定名目を変えた請求で蒸し返される
刑事手続との関係宥恕、被害届の取下げの条項示談後も被害届や捜査の可能性が残る
お金以外の約束接触禁止・口外禁止・情報の削除家族や職場への連絡を止める根拠がない
書面の形全員の署名、手元の原本、金額、領収書合意の内容を後から示しにくい


示談後に追加の請求が来たときは

 「今後一切請求しない」と書かれた示談書があるのに、店や女性側から再び連絡が来た場合は、その場で支払いや新たな書面への署名に応じないことが大切です。いったん追加の支払いに応じると、それが次の請求のきっかけになることがあります。

 まずは示談書、領収書、振込記録、やり取りのメッセージを手元にそろえ、今回の請求が示談書の対象に入っているかを確かめます。そのうえで、相手と直接やり取りを続けるよりも、弁護士を窓口にして「すでに示談で清算済みである」と書面で伝える方が、話が整理されやすいことがあります。再請求への対応は示談したのに再度請求された|清算条項と蒸し返しへの対応で詳しく説明しています。

関連する解説記事



「一切請求しない」を本当の安心につなげるために

 「今後一切請求しない」という一文は、示談書に欠かせない条項の一つですが、それだけで全てが終わるわけではありません。誰と誰の約束なのか、何を対象にしているのか、刑事手続やお金以外の不安にどう備えているのかを合わせて確かめることで、示談書ははじめて安心の根拠になります。署名の前でも後でも、内容に不安があれば、お手元の書面をお持ちのうえでご相談ください。

同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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