1回だけの利用でトラブル|『初めてなのに』が通用しない理由
「これで最後にします」と言われて支払ったのに、数日後にまた連絡が来た。今度は別の名目で、あるいは別の人から。風俗の場面で起きたトラブルについて、こうしたご相談は少なくありません。
インターネットで「示談金 追加請求」と調べると、多くのページに「示談書に清算条項があれば追加請求は認められません」と書かれています。これ自体は誤りではありません。ただ、実際に困っている方の状況を伺うと、そもそも示談書がない、誰と何について合意したのかが文字になっていない、という段階で支払いだけが先に済んでいることが多くあります。つまり、検索して出てくる答えが働くための前提が、まだ揃っていないのです。
この記事では、なぜ「これで最後」が繰り返されるのかを、相手の人柄や悪意ではなく、終わりが作られていない構造として説明します。
この記事で扱うこと・扱わないこと
扱うのは、成人同士のやり取りで、店やそこで働く方から金銭を求められている段階の、民事上の話です。次のテーマは踏み込むと長くなるため、別の記事に譲ります。
- すでに支払ったお金を取り戻せるかどうかの手続き
- 示談書にある清算条項がどこまで効くのかという射程の問題
- 書面に入れる条項の作り方や文言の選び方
- 請求額を下げるための交渉材料
- 請求の仕方が恐喝や脅迫にあたるかどうかの線引き
また、相手が18歳未満である可能性がある場合や、すでに警察から連絡が来ている場合は、この記事の一般論ではなく個別の相談に進んでください。店のルールに反する行為を勧める趣旨の記事ではありません。
「これで最後」という言葉に、請求を終わらせる力はない
終わりを作るのは、言葉ではなく「権利が消える理由」
「これで最後です」「もう請求しません」という発言は、相手の気持ちの表明ではありますが、それ自体で相手の請求権が消えるわけではありません。金銭を求める権利が消えるのは、支払いによって義務がなくなったとき、相手が権利を手放したとき、あるいは互いに譲り合って争いをやめる合意ができたときです。
言い換えると、「もう終わり」と言われたかどうかではなく、何がどこまで終わったのかが特定されているかどうかが問題になります。
示談は「互いに譲って争いをやめる契約」
民法695条は、和解を、当事者が互いに譲り合って争いをやめることを約束する契約と定めています。そして696条は、和解で定めた内容は、後から違う証拠が出てきても原則としてくつがえらないとしています。
ここで見落とされやすいのは、和解には「争いの中身が特定されていること」が前提として含まれている点です。誰と誰の間の、どの出来事についての、どの範囲の金銭のやり取りなのか。この特定がないまま現金だけが動いた場合、法律上は「争いをやめる合意ができた」と評価しにくく、後から続きが始まる余地が残ります。
追加請求は、性質の違う3つが混ざっている
「また請求された」と一口に言っても、法律上の意味はひとつではありません。大きく3つに分かれ、それぞれ向き合い方が変わります。
| 型 | 中身 | 見分ける手がかり | 向き合い方の方向 |
|---|---|---|---|
| 上乗せ型 | 同じ相手が、同じ出来事について金額を足してくる | 相手も出来事も前回と同じで、名目だけが変わることが多い | 前回の支払いが何に対するものだったかを確かめる |
| 別口型 | 前回とは別の人から、または別の損害項目として新たに立ち上がる | 請求してくる人が変わる。治療費や休業分など新しい項目が出てくる | 前回の相手と今回の相手の関係を確かめる |
| 履行型 | そもそも追加ではなく、決めた約束の残りを求めている | 分割の残額、支払いが遅れたことに伴う分など | 止める対象ではなく、約束の実行の問題として整理する |
実際のご相談では、この3つが混ざった形で届くことがよくあります。「治療費が追加でかかった」という別口型の説明の中に、前回と同じ内容の上乗せが紛れている、といった具合です。まずどの部分がどの型なのかを分けて考えることが、全体をまとめて「不当な請求だ」または「払うしかない」と決めつけてしまわないための出発点になります。
風俗の場面で「終わり」が作られにくい5つの事情
なぜこの分野で繰り返しが起きやすいのか。相手の性質だけでは説明がつきません。場面そのものに、終わりを特定しにくい事情が重なっています。
1 請求する側が二層に分かれている
風俗のトラブルでは、店側と、実際にサービスにあたっていた本人とで、法律上の立場が違います。店が受けたとされる損害と、本人が受けたとされる精神的な苦痛は、別の権利です。慰謝料を求めることができるのは、原則としてその苦痛を受けた本人です。
そのため、店の担当者に支払いを済ませても、それが本人との関係まで終わらせたことになるとは限りません。後から本人の側から連絡が来た場合、それは「約束を破られた」というより、はじめから別の相手との間では何も終わっていなかったという状態に近いことがあります。
2 損害の一部は、その場では確定しない
治療費、検査費、欠勤による収入の減少といった項目は、その日のうちに金額が出るものではありません。数日から数週間かけて金額が固まっていきます。
つまり、その場で「これで最後」と言えるだけの材料が、相手の側にもまだ揃っていない場面があるということです。この場合の追加は、意図的な釣り上げではなく、後から確定した分の請求である可能性があります。
3 その場で決めさせる圧力がかかりやすい
複数の人に囲まれている、時間が遅い、家族や職場の話を持ち出される。こうした状況では、内訳を確かめたり、書面を整えたりする余裕がありません。
結果として、「いくら払ったか」だけが残り、「何がどこまで終わったのか」が残らない支払いになります。終わりの範囲が文字になっていないため、後から別の話として持ち出す余地が残り続けます。
4 身元を伏せたい気持ちが、双方に働く
利用の際に別の名前を使っていた、本名や住所を書面に残したくない。こうした希望が生じるのは自然なことで、相手の側にも同じ希望があることがあります。
ただ、その結果として書面が作られないと、誰と誰の間で何が終わったのかを示すものが残りません。名前の出し方を工夫して整える方法もありますので、何も残さないことと、名前を出さずに残すことは別だと考えておいてください。
5 民事と刑事が、別の時計で動いている
金銭のやり取りは民事の話です。これに対して、警察や検察の手続きは、当事者どうしの合意とは別の流れで進みます。
そのため、お金を払っても刑事の手続きが自動的に止まるわけではなく、逆に刑事の手続きが動き始めたことをきっかけに、民事の話が改めて持ち出されることもあります。一方が終わっても、もう一方の時計は動いている。この二重構造も、「まだ続いている」と感じる原因になります。
相手の側では何が起きているのか
繰り返しを「相手が約束を守らないからだ」とだけ受け取ると、対応の方向を誤ることがあります。相手の内部で起きていることには、いくつかの型があります。
決められる立場の人が、後から出てくる
最初に話をした担当者に、金額を最終的に決める権限がないことがあります。その後、上位の責任者、さらに本人、場合によっては代理人へと話が上がっていき、そのたびに提示される金額や条件が変わります。
このとき、こちらから見える景色は「言うことが変わった」ですが、相手の側では「決められる人がまだ出ていなかった」ということが起きています。
本人が後から代理人を立てる
店を通じたやり取りでいったん収まった後に、本人が別に弁護士を立てて改めて請求してくることがあります。この場合、請求の根拠も連絡の窓口も変わります。前回と同じ話の蒸し返しに見えても、法律上は別の相手からの請求として扱われることがあります。
資料が後から出てくる
診断書や欠勤の記録などが後日そろい、それに合わせて請求の内容が組み直されることがあります。金額が動いた理由が、交渉の駆け引きではなく資料の追加である場合です。
見た目が同じでも、中身は「根拠の乏しい上乗せ」の場合と「決められる人や資料が後から出てきた」場合とがあり、外からは区別がつきにくいものです。だからこそ、金額の話に入る前にいま自分は誰と話しているのかを確かめることが先になります。
支払いそのものが、次の請求を呼びやすくする面
支払ったという事実は、こちらの意図とは別に、いくつかの意味を持って残ります。
- 支払いに応じたという事実そのものが記録として残り、次のやり取りの出発点として扱われることがあります。
- 一部だけを支払うと、残りの支払い義務があることを認めたものと評価される余地があり、民法152条1項により時効の進み方に影響することがあります。
- 現金の手渡しは、支払った事実自体を後から示しにくく、「受け取っていない」という反論を招くことがあります。
支払った後にどう取り戻すかについては、それだけで一つのテーマになるため、別の記事に譲ります。ここでお伝えしたいのは、取り戻す話に進む前に、まず止まる形を作るほうが手前の課題であるということです。
止まる形にするために、埋まっている必要がある4つの空欄
- 誰と誰の間の話なのか。店なのか、本人なのか、その両方なのか。
- どの出来事についての話なのか。日時と場面で特定できているか。
- いくらで、その金額は何に対するものなのか。内訳が示されているか。
- この先どうするのか。今後は連絡しない、この件について改めて求めない、といった取り決めがあるか。
このうち一つでも空欄のまま支払いが行われると、その空欄が後から埋められる形で連絡が来ます。逆に言えば、繰り返しを止める作業は、金額を下げる交渉よりも先に、この4つを埋める作業だということになります。具体的な条項の書き方や文言の選び方については、別の記事で扱っています。
追加の連絡が来たときに、まず切り分ける3つの問い
- 相手は前回と同じか。店なのか、本人なのか、代理人なのか。
- 出来事は前回と同じか。それとも新しい損害項目として説明されているか。
- 前回支払ったお金は、何に対するものだと説明されていたか。振込の記録や当時のやり取りは残っているか。
この3点を整理するだけで、目の前の連絡が先ほどの3つの型のどれに近いのかが見えてきます。判断がついてから返事をしても遅くはありません。その場で結論を出すことと、早く動くことは同じではないためです。
追加の請求が、すべて不当とは限らない
「一度払ったのだから、もう応じない」という姿勢だけで進めると、かえって立場が悪くなることがあります。次のようなものは、性質としては追加であっても、不当とは言い切れません。
- 治療費や検査費など、後から金額が確定した実際の出費についての請求。
- 分割で支払う約束をしていた場合の、残りの回についての請求。
- 支払いが遅れたことに伴う分の請求。
- 店とは別に、本人が自分の立場で行う請求。
大切なのは、全部を認めることでも、全部を突き返すことでもなく、どの部分に説明がつくのかを分けることです。
請求の仕方が線を越える場合
金額を求めること自体は、権利として認められる場面があります。ただ、求め方が度を越えれば、話は変わってきます。長時間にわたって帰らせない、家族や職場に知らせると告げて支払いを迫るといった態様は、請求の当否とは別の問題として評価されることがあります。
一方で、「被害届を出すことを考えている」「弁護士に依頼する」と伝えられただけでは、直ちに違法とは言えません。この線引きは繊細で、記録の残り方によって見え方も変わるため、詳しくは別の記事で扱っています。まずは、やり取りの日時と内容を残しておくことが役に立ちます。
弁護士に相談する意味
この分野で弁護士が果たす役割は、金額を値切ることだけではありません。
- 連絡の窓口を一つにまとめ、直接のやり取りが続く状態を止めること。
- 店と本人のどちらと、どの範囲で話をまとめるべきかを確定させること。
- 支払いと引き換えに何が終わるのかを、後から動かしにくい形で残すこと。
なお、弁護士でない人が報酬を得る目的で他人の代理として示談交渉を行うことは、法律上認められていません。「代わりに交渉する」「まとめて受け取る」と名乗る相手が出てきた場合は、その立場を確かめておく必要があります。
まとめ
- 「これで最後」という言葉自体に、請求を終わらせる力はありません。
- 終わりを決めるのは、誰と、どの出来事について、いくらで、この先どうするのかという特定です。
- 追加請求は、上乗せ型・別口型・履行型の3つに分かれ、それぞれ向き合い方が違います。
- 風俗の場面では請求する側が店と本人の二層に分かれるため、一方と終わっても他方が残ることがあります。
- 治療費などの実際の出費は後から確定するため、その場では終わりを決めきれない場面があります。
- その場で決めさせる圧力や、身元を伏せたい気持ちが、書面のない支払いを生みやすくします。
- 民事の支払いと刑事の手続きは、別の流れで動いています。
- 金額の話に入る前に、いま誰と話しているのかを確かめることが先になります。
- 追加の請求がすべて不当とは限らず、説明がつく部分とつかない部分を分けることが実務的です。
同じ出来事について何度も連絡が来ている状況は、精神的な負担が大きく、早く終わらせたい気持ちから条件を確かめないまま応じてしまいがちです。金額を決める前に、何がどこまで終わるのかを一度整理してみてください。整理の途中からでも、相談することはできます。


