援デリ・派遣型の個人売春トラブル|店を介さない危険
示談書に清算条項を入れて署名し、示談金も支払った。それで終わったはずなのに、しばらくしてまた請求の連絡が来た——風俗店とのトラブルでは、こうした「終わったはずが終わっていない」という場面のご相談が寄せられます。
このとき多くの方が「清算条項は効かないのか」と考えます。ただ、実際に起きていることは、少し違う場合があります。清算条項は、誰と、いつまでの、何についての、どの分野の話を終わらせる条項なのかがあらかじめ決まっています。効かなかったというより、はじめからその請求のところまで届いていなかった、という説明のほうが実情に合う場面が少なくありません。
この記事では、清算条項の射程――どこまで届き、どこから先には届かないのか――を整理します。
この記事で扱うこと・扱わないこと
扱うのは、清算条項という条項そのものの効き方です。成人同士のトラブルで、すでに示談書や合意書に署名した方、あるいはこれから署名するかどうかを考えている方を想定しています。
次の4点は、それぞれ別の記事で扱っており、ここでは踏み込みません。
- 再請求の連絡が届いた後に、どの順番で何をするかという具体的な手順。
- 清算条項の文言をどう書き分けるかという、書面を作る側の設計。
- 示談書に入れるその他の条項(支払い・秘密保持・接触の取り決めなど)の内容。
- 請求額そのものが妥当かどうかという金額の当否。
また、この記事は支払いを免れるための説明ではありません。清算条項の射程は、こちらに有利にも不利にも働きます。後半で触れるとおり、射程が狭いということは、自分の側から言い出せる余地も残っているという意味を同時に持ちます。
清算条項は何を終わらせている条項なのか
清算条項とは、示談書や合意書の末尾に置かれる、「この書面に定めたもののほかに、お互いの間に債権も債務も存在しないことを確認する」という趣旨の条項です。名称は示談書・合意書・和解書などさまざまですが、役割は変わりません。
民法上は「和解」という契約の一部
民法695条は、当事者がお互いに譲り合って争いをやめることを約束する契約を「和解」と呼んでいます。そして民法696条は、和解によって当事者の一方が権利を持つと定めた場合、あとから異なる証拠が出てきても、その定めのとおりに扱うという趣旨を定めています。示談書の清算条項は、この「争いをやめた範囲」を文字にしたものだと考えると分かりやすくなります。
終わらせているのは「当事者どうしの民事の権利義務」
ここが出発点です。清算条項が確認しているのは、署名した人と人との間の、お金や損害賠償といった民事上の権利義務です。逆に言えば、そこに含まれないものは、条項の文言をどれだけ強くしても、その条項によっては終わりません。
「蒸し返された」と感じる場面の多くは、この出発点から機械的に説明がつきます。
「効かない」と感じる場面には3つの型がある
同じ「清算条項があるのにまた請求された」でも、法的には性質の異なる3つの型が混ざっています。どの型かによって、誰が何を説明しなければならないかが変わります。
| 型 | 何が起きているか | 主張・立証の重さがかかる側 |
|---|---|---|
| 型A 射程の外からの請求 | 清算条項が届いていない相手・時期・事項からの請求。蒸し返しというより、別の請求として扱われる | 請求されている側。「その請求も清算済みだ」と言うためには、射程に含まれることを説明する必要がある |
| 型B 射程の中だが例外の主張 | 清算条項は届いているが、例外にあたるとして効力そのものを争われている | 請求している側。清算条項を乗り越える事情を説明する必要がある |
| 型C 履行を求められている | 示談書で決めた支払いの残額や期限の話。そもそも清算条項の対象外 | 双方。書面の記載と入金の記録で確認できることが多い |
実務でまず切り分けるのはここです。型Aなら「示談書の射程」の問題であり、型Bなら「清算条項を覆せるか」の問題になります。この二つを混ぜたまま「もう示談したのだから」と突っぱねると、話がかみ合わないまま長引くことがあります。
射程の限界を4つの切り口で見る
清算条項がどこまで届くかは、次の4つの切り口で整理できます。
| 切り口 | 清算条項が届く範囲 | 届かないために請求が残りやすい例 |
|---|---|---|
| 人(誰と誰の間か) | その書面に署名した当事者どうし | 店と結んだ書面と、キャスト本人からの請求 |
| 時(いつまでか) | 合意が成立した時点まで | 合意より後に起きた出来事を理由とする請求 |
| 事項(何についてか) | 「本件」として特定された争い | 同じ相手との、別の日・別の出来事 |
| 分野(どの手続か) | 当事者間の民事の権利義務 | 刑事手続の進行、第三者が自分の権利として行う請求 |
限界① 人——署名した当事者の間でしか働かない
風俗トラブルで最も多いのがこの型です。客の立場では、キャストの本名も連絡先も分からないことが通常で、話し合いの相手は事実上お店になります。その結果、示談書の当事者欄には「客とお店(運営会社)」だけが並び、キャスト本人は入っていない、という書面ができあがります。
この場合、お店との間の債権債務は清算されていても、キャスト本人が自分の権利として行う請求は、その書面では清算されていないと読まれるのが原則です。
この点は、風俗以外の分野の裁判例でも示されています。会社と元従業員が調停で和解し、解決金も支払われた事案で、清算条項は会社と本人との間の債権債務を確認するものにとどまり、会社の役員や従業員まで含めて清算する合意があったとは認められない、と判断されたものがあります。第三者まで清算したいのであれば、その第三者にも当事者として関与してもらう必要がある、という趣旨の指摘もされています。
お店の側も、一枚岩とは限りません。運営会社、店舗の責任者個人、送迎などを担当する別会社が関与していることもあります。誰の名前で書面が作られているかは、あとから効いてきます。
限界② 時——合意が成立した時点までしか清算されない
清算条項は、その時点で存在している権利義務を確認するものです。合意より後に新しい出来事があれば、それは新しい話として扱われます。
風俗トラブルで問題になりやすいのは、合意後に本人や店へ連絡を取った、同じ店に来店した、合意内容や相手のことを他人に話した、といった場面です。書面に「今後連絡しない」「口外しない」といった約束が入っていれば、それに反した行為は清算条項では守られません。むしろ、その約束に違反したこと自体が新たな請求の理由になります。
限界③ 事項——「本件」として書かれた範囲まで
多くの示談書は、冒頭で「いつ、どこで、何があったか」を特定し、それを「本件」と呼んだうえで、末尾の清算条項で「本件に関し、本書面に定めるほか債権債務はない」と締めくくります。
この書き方をすると、「本件」として書かれた出来事の外側は清算されていないと読まれます。同じ相手との別の日の利用、別の店舗での出来事、書面に書かなかった事情などは、射程の外に残ることになります。
どの範囲を「本件」とするか、また「本件に関し」という限定を付けるかどうかで結果が変わるため、書面を作る段階では文言の選択が重要になります。この点は別の記事で詳しく扱っています。
限界④ 分野——刑事手続や第三者には及ばない
清算条項は民事の合意です。捜査機関を拘束する効力はありません。
不同意性交等罪や不同意わいせつ罪は、告訴がなくても起訴できる犯罪とされています。被害届には法律上の取下げという手続きが用意されておらず、「告訴しない」という条項を入れても、捜査機関の判断を縛るものではありません。
もっとも、示談書が刑事手続で意味を持たないという話ではありません。検察官は、犯罪の軽重や状況、犯行後の事情を考慮して起訴・不起訴を判断します。被害の回復がされていることや、相手が処罰を望まない意思(宥恕)を示していることは、その判断の材料になり得ます。清算条項の射程と、示談書の意味は、分けて考える必要があります。
もう一つが第三者です。ある人が自分の権利として持っている請求権は、その人が加わっていない合意では処分できません。たとえば不貞行為をめぐる慰謝料の分野では、当事者間で示談し清算条項を入れても、それぞれの配偶者が持つ請求権はなお残る、という整理がされています。
射程の中にあっても覆ることがある3つの場合
次は型Bの話です。清算条項が届いている範囲であっても、例外的に効力が争われることがあります。
①合意の時点で予測できなかった損害
交通事故の分野では、全体の損害をつかみにくい状況で早い段階に少額で示談した場合、放棄したのは示談当時に予想していた損害の賠償請求権に限られる、とした判例があります。示談の後に判明した後遺症などが、これにあたります。
風俗トラブルに引き直すと、合意の後に治療が必要な状態が判明した、撮影データが第三者に渡っていたことが後から分かった、といった場面が想定されます。ただし、「合意の時点で予測できたかどうか」は事案ごとの評価であり、後から出てきた事情がすべてこれにあたるわけではありません。
②錯誤・詐欺・強迫があった場合
重要な点について勘違いをしたまま合意した場合(錯誤)、だまされた場合(詐欺)、脅されて合意した場合(強迫)には、合意そのものを取り消せることがあります。
実際に、離婚の分野では、不貞の事実を隠したまま清算条項を含む書面に署名させた事案で、その清算条項の効力が否定され、慰謝料請求が認められた裁判例があります。この例は、清算条項を覆す主張は、こちら側からも相手側からも出得ることを示しています。事情を伏せたまま署名させた側が、後でその合意を頼れなくなることもあるということです。
③内容が公序良俗に反する場合
合意の内容が社会的にみて許容できないものである場合、その合意は無効となり得ます。金額や条件が、事案の実態とかけ離れて重い場合などに問題になります。もっとも、金額が高いというだけで直ちに無効になるわけではなく、経緯を含めた全体で判断されます。
「包括的に書けば安全」とは限らない
ここまでを読むと、「本件に関し」といった限定を外して、当事者間に一切の債権債務がないと包括的に書けば安心だ、と思われるかもしれません。実務でもその考え方は一般的です。
ただ、限定を付けない包括的な清算条項であっても、合意の合理的な解釈として、対象になるのはその時点で通常予測できる範囲の争いに限られる余地があると判断した裁判例があります。文言を広くすること自体は意味がありますが、文言だけで将来のすべてを閉じられるわけではない、ということです。
公証実務でも、将来請求するかどうかを決めかねている段階では清算条項を記載できない、という説明がされています。清算条項は、何を清算するのかを当事者が分かっていて初めて機能する条項だと理解しておくと、過大な期待も過小評価も避けられます。
清算条項は自分の側の請求権も同時に消している
見落とされがちな点です。清算条項は通常、「相互に確認する」という形で書かれます。つまり、相手からの請求を止めると同時に、自分から相手に対して言えることも、その射程の中では終わっているということです。
風俗トラブルの場面では、次のようなものが含まれ得ます。
- あとから見て払い過ぎだったと思う金額の、返還を求める余地。
- サービスが提供されなかった分の返金を求める余地。
- やり取りの過程で受けた不利益について、こちらから主張する余地。
署名を求められている場面では、金額にばかり目が行きがちです。しかし、その書面は同時に、自分の側のカードを閉じる書面でもあります。逆に、清算条項の射程が狭かった場合には、こちらから言える余地も残っていることになります。射程の問題が有利にも不利にも働くというのは、この意味です。
自分の示談書の射程を測る5つの問い
手元に書面がある方は、次の5点を順に確認してみてください。専門的な判断は必要ですが、状況を整理するだけでも、相談の精度が変わります。
- 署名しているのは誰か。今回請求してきている相手は、その中に入っているか。
- その書面はいつ成立したものか。請求の理由になっている出来事は、それより前か後か。
- 「本件」としてどの出来事が特定されているか。今回の請求はその中の話か。
- 求められているのは民事の金銭か、それとも刑事手続に関することか。
- 清算条項は「相互に」と書かれているか。自分の側から言える余地はどこまで残っているか。
この5点は、そのまま前半の4つの切り口と、相互性の確認に対応しています。
再請求のすべてが不当とは限らない
最後に、公平のために付け加えます。「清算条項があるのに請求が来た」と感じる場面でも、相手の言い分に理由があることはあります。
- 分割払いの残額が未払いになっているだけの場合。
- 合意の後に、こちらの行為で新たな問題が生じている場合。
- 合意の時点では誰にも分からなかった損害が明らかになった場合。
「もう示談したのだから」と一切取り合わない対応も、逆に、内容を確かめないまま重ねて支払ってしまう対応も、どちらも後で不利になり得ます。まず射程を測り、どの型の話なのかを見極めることが先になります。
よくある質問
Q. 清算条項を入れなければよかったということですか
そうではありません。清算条項がなければ、終わった範囲が文字になっていない状態になり、後日の争いはむしろ広くなります。問題は、清算条項を入れたかどうかではなく、どこまでを清算したのかが書面から読み取れるかです。
Q. 店の担当者が「本人の分も含めて示談した」と言っていました
口頭でそう説明されていても、書面の当事者にキャスト本人が入っていなければ、本人との清算が成立したと読まれない可能性があります。誰が誰を代理して合意したのかは、書面上の記載と権限の裏づけで判断されます。
Q. 示談したのに警察から連絡が来ました
清算条項は捜査機関を拘束しません。ただし、示談の成立や被害回復の事情は、処分の判断で考慮され得ます。連絡が来た段階で、示談書の内容も含めて早めに相談されることをおすすめします。
Q. 同じ相手から、別の日の出来事について請求されました
書面で「本件」として特定された出来事の外であれば、清算条項の射程外と読まれる可能性があります。もっとも、特定の書き方によっては同じ紛争の中と評価されることもあり、書面の文言を実際に確認する必要があります。
弁護士に相談する意味
清算条項の射程は、条文の知識だけで決まるものではなく、書面の文言、合意に至った経緯、当事者の把握状況を合わせて判断されます。同じ「本件に関し」という五文字でも、前文でどこまで特定されているかによって結論が動きます。
また、風俗トラブルでは、相手方がお店なのか本人なのか、どちらの意思で動いているのかが外から見えにくいという事情があります。窓口を弁護士に一本化することで、誰との間で何が終わり、何が残っているのかを整理したうえでやり取りを進められます。
弁護士には守秘義務があります。ご家族や勤務先に知られたくないという事情も含めて、事実関係をそのままお話しいただいて差し支えありません。
まとめ
- 清算条項は「当事者どうしの民事の権利義務」を確認する条項であり、そこに含まれないものは条項の文言では終わらない。
- 「効かない」と感じる場面には、射程の外からの請求(型A)、射程内だが例外を主張されている場合(型B)、支払いの履行を求められている場合(型C)がある。
- 射程は、人・時・事項・分野の4つの切り口で整理できる。
- お店と結んだ書面では、キャスト本人との間の清算までは成立していないと読まれるのが原則になる。
- 合意の後に起きた出来事は、清算条項では守られない。
- 清算条項は捜査機関を拘束しないが、示談の成立や被害回復は処分の判断で考慮され得る。
- 射程の中でも、予測できなかった損害、錯誤・詐欺・強迫、公序良俗違反にあたる場合には効力が争われることがある。
- 包括的な文言でも、合意時点で通常予測できる範囲に限られる余地があるとした裁判例がある。
- 清算条項は相互条項であり、自分の側から言える余地も同じ射程の中で閉じている。
- 再請求のすべてが不当とは限らないため、まずどの型の話かを見極めることが先になる。


