マナーうんちく話2167《雛人形は飾るものではなく流すものだった。では蛤の吸い物は?》

平松幹夫

平松幹夫

テーマ:歳時記のマナー

超少子高齢化、核家族化、国際化、デジタル化などの進展に加え、コロナの影響を受け、日本の年中行事の在り方が大きく変わりました。

さらに恋愛観や結婚観の変化も目覚ましく「上巳(桃)の節句」や「端午(菖蒲)の節句」もこれから先、多様化してきそうな気がします。

そこで今回は「雛祭りの由来」について再度触れておきます。

●五節句と上巳の節句

雛祭りは江戸幕府が公式行事として定めた五節句の二番目の節句で「上巳の節句」です。

五節供とは1月7日の「人日の節句」、3月3日の「上巳の節句」、5月5日の「端午の節句」、7月7日の「七夕の節句」、9月9日の「重陽の節句」です。

上巳の節句は「じょうし」とも「じょうみ」とも読みますが、3月の一番初めの「巳」の日で、この日は天から邪気が降りてくる日とされていたようです。

だから邪気を草や紙で作った人形に乗り移して、それを川に流したわけですね。
つまり当初は、人形は飾るものではなく、流すものだったわけです。
いまでも「流し雛」の風習が残っている地域があるそうです。

ちなみに「雛」とは小さいという意味です。

雛鳥や雛型といわれますが、今のように「雛人形」を飾るようになったのは室町から江戸時代にかけてといわれています。

●桃の節句の由来

上巳の節句は、もとは3月の初めの巳の日ですから、3月3日とは決まってなかったのですが、新暦になって3月3日になったようです。
全ての数字が奇数になっているのは、奇数は「陽」の数字で、縁起がいいからです。

そして旧暦の3月3日はちょうど桃の花が咲く時期ですから「桃の節句」と呼ばれるようになりましたが、桃には多くの魅力があります。

たとえば桃は一つの枝にたくさんの花を咲かせます。
だから子宝に恵まれる縁起がいい花といえます。

さらに邪気を払う効果があります。
黄泉の国から逃げる伊邪那岐は、追いかけてくる鬼に向かって桃の木を投げて追い払ったという言い伝えがあります。

私が住んでいる「ハレの国」岡山は桃の全国的な産地ですが、優しい雰囲気を備えた桃が、このような神秘な力を有していたとは驚きです。

●雛祭りの「行事食」と「蛤の吸い物」と「貞操教育」

四季が豊かで長い歴史を有する日本は、年中行事が最も多い国といわれていますが、季節ごとの伝統行事やお祝いの日に食べるご馳走を「行事食」といいます。

正月のお節料理や、人日の節句の「七草粥」などはよく知られていますが、節分の雛祭りの行事食は「チラシ寿司」や「蛤の吸い物」が有名ですね。

寿司は寿ぎを司る食べ物として縁起がいいのですが、蛤は特に結婚に縁が深いのが特徴です。

行事食にはもともと家族の幸せや健康を祈る目的がありますが、雛祭りは女の子の健やかな成長や、幸せな結婚を祈る行事です。

おそらく雛祭りに蛤が供されるようになったのは、蛤がちょうど今頃が最もおいしく、栄養価も高くなる旬だからだと思いますが、母親が女の子に性的教育や作法の躾などを施した面も多々伺えます。

他の貝にはない蛤の特徴が大きな原因でしょう。

蛤は上の貝と下の貝の二枚が、固く結びあって、ほかの貝とは合いません。
だから和合の象徴になり、これが貞操教育につながっています。
つまりいったん結婚したら、仲良く暮らし、浮気はダメと教えたわけですね。

ちなみに婚礼や雛祭りに蛤が使用されるようになったのは、このような事情に精通した徳川吉宗の鶴の一声という説があります。

●蛤は吸うばかりだと母教え

結婚式や雛祭りに出される「蛤の吸い物(潮汁)」は、汁を吸うだけで、実は頂かないしきたりがあります。
ただし今の時代に、それが通じるかどうかはわかりません。

せっかく一つの貝に二つの実が仲良く収まっているのだから、食べずにそっとしておいてあげましょうという、先人の優しさだと私は思っています。

●女の子の良縁を祈願

雛人形は男雛(お殿様)と女雛(お姫様)の結婚式の様子を、小さな人形で表現したものですが、当時の価値観は女の子の幸せは良縁に恵まれること、そして身分の高い家では子宝に恵まれ家が繁栄することです。

従ってそれに伴う様々なしきたりが存在します。

たとえば二十四節気の一つ「雨水」は、気温が上がり、雪から雨に変わる縁起がいい時だから、この時期に雛飾りをすると女の子が良縁に恵まれるという言い伝えがあります。

さらに雛祭りが終わったら、すぐにかたづけないと女の子の婚期が遅れるともいわれます。

「ハレの日」と「ケの日」のけじめを教えたのでしょう。
加えて今の収納術のような教育の目的もあったようです。

●雛飾りの多様化

雛飾りが誕生して数百年の時が流れた今、恋愛観や結婚観が激変しました。
また婚姻率は低下していますが、未婚化や非婚化は上昇傾向です。

世界屈指の長い人生を、結婚しないで暮らす人が増えているということです。

さらに世界に目を向けてみると、同性カップルの法律婚や、パートナーシップ制度を認める国は増え続けています。

日本はどうなるのでしょうか?
同性婚が認められると、雛飾りにも大きな変化が出てくるかもしれませんね。

「男雛と女雛」のカップルのみならず、「男雛同士」や「女雛同士」、さらに「女雛」だけ、「男雛」だけの内裏雛が出現するかもしれません。

ということは「3人官女」の在り方も変わるでしょう。

5月5日の「端午の節句」の鯉のぼりも様子が変わってくるかもしれませんね。


明治維新後に日本は西洋の文化を取り入れ、マナーの世界でも日本独特の「左上位」が、西洋に合わせた「右上位」を採用して、雛飾りにも変化が現れましたが、雛人形自体が変われば、行事の本質そのものが変わりそうな気がします。

あらゆる面で、何もかも変わってきているということですね。
年中行事のみならず、祝儀や不祝儀のありかたまで・・・。

●蛤の吸い物の食べ方のマナー

今が旬の蛤は、実厚で実に美味ですが、そうでなくとも高価なものが、この物価高で手の届かないようになっていまいました。
寂しい限りですね。
豊かな精神文化も味わえなくなってきたということです。

ちなみに「蓋つきの吸い物」は特に食べ方に注意が必要です。

蓋がわざわざついている理由は、冷めないためやほこりをよける目的もありますが「香り」を味わうためです。

左手を器に添えて、右手で蓋を取って、蓋をおいたら、両手で器を持ち、器を顔に近づけ、香りを嗅いでください。
両手を使用して、丁寧に扱うことがポイントです。

次に右手で箸を持ち、中身をいただきますが、吸い物をいただくときには箸先は器の中に入れた状態です。

なぜなら箸先は鋭く凶器になるので、相手に向けてはいけません。
洋食でナイフの刃先を相手に向けないのと同じ理屈です。


和食がユネスコの無形文化遺産に登録された理由は季節感や豊富な食材などもありますが、年中行事と密接なかかわりがあるからです。

そして「ハレの日」の行事食には、豊かな精神文化が含まれているのが特徴です。それらを理解したうえで、行儀よく、楽しく食べれば、この上ない豊かさを実感できます。

その際、親が子に教えてあげることがいっぱいあります。

時代の流れといって、忘れ去ってしまうには、あまりにも勿体ない貴重な財産であり、文化だと思っています。

美味しければよい、儲かればよいではなく、年中行事の意味や意義を理解し、正しく後世に伝えたいものですね。

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平松幹夫
専門家

平松幹夫(マナー講師)

人づくり・まちづくり・未来づくりプロジェクト ハッピーライフ創造塾

「マルチマナー講師」と「生きがいづくりのプロ」という二本柱の講演で大活躍。「心の豊かさ」を理念に、実践に即応した講演・講座・コラムを通じ、感動・感激・喜びを提供。豊かでハッピーな人生に好転させます。

平松幹夫プロは山陽新聞社が厳正なる審査をした登録専門家です

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