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平松幹夫

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平松幹夫(ひらまつみきお)

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コラム

マナーうんちく話1046《江戸時代の武士たちのビジネスマナー》

マナーの心得

2015年9月16日

読み、書き、算盤が満足にできない成り上がりの武士にとっては、礼儀作法を身に付けることが、本物の武士になる登竜門だったようですが、さらに、短歌や俳句を詠み、茶の湯をたしなみ、囲碁や将棋に精通出来れば鬼に金棒です。

現在のサラリーマンにとってビジネスマナーは必須要件ですが、恐らく当時の武士にとって、礼儀作法を身に付けることは、上位になればなるほど必要とされたと思われます。

いくら武力や財力に長けても、最後にモノを言うのは礼儀作法で、これを身に付けることにより始めて、名実共にインテリの仲間に加われたのでしょう。

現在は私のような「マナー講師」と言う職業がありますが、当時は「高家」と言われるとてもユニークな身分が存在し、専門的なマナーを伝授していました。

ちなみに、高家とは幕府の儀礼を始め、公家の接待や公式行事全般を司る礼儀作法の専門家で、非常に格式の高い家柄です。

だから身分の高い武士は礼儀作法を勉強するために、その道のプロである「高家」に高い授業料を払い勉強したわけです。

今から約300年前の「忠臣蔵」に登場する吉良家はその代表的な存在です。
「マナーうんちく話27《赤穂浪士討ち入りとマナー》」を参考にして下さい。

そして、江戸時代になると、戦争がなくなり平和な世の中が実現し、物質的にも豊かになってくると多彩な文化が発達して来ます。

こうなると、武士本来の武道を習うより、礼儀作法に重きを置いた方が格好良くなったのでしょうね。しかも、幕府や藩の公式行事にはかなり高度な礼儀作法が要求されるので、その重要性が高まるということになります。

また、当時の武士はお城勤めになるので、城内における具体的な礼儀作法が必須科目になったようで、「武士礼法」が存在していました。

つまり、武士礼法は「武士のビジネスマナー」そのものだったわけですね。

具体的なマナーとしては座敷での「上座」と「下座」があります。
武家屋敷に「床の間」が出来て以来、上座の概念が根付きましたが、一家の主人、もしくはお客様でもそこの主人より上位の人であれば、床を背にして上座に座ります。

和室における礼儀作法は昔のことを非常に大切にするので、今でもこの考え方は健在です。

加えて当時は「左上位」です。
従って今でも和室の場合は左上位を優先しますが、明治になり欧米のマナーが輸入されてからは、この原則はあやふやになっています。

と言うのも、欧米では「右上位」の原則を採用しているからです。
プロトコール(国際儀礼)もそうです。

従って国際化に対応するには右上位、和式、特に畳の部屋などでは左上位をお勧めします。

加えて、「歩き方」も今と当時の武士とでは雲泥の差があります。
武士は道路の真ん中を歩き、曲がる時にも直角に曲がったと言われています。
今で言う危機管理的要素が加味されていたわけですね。

さらに、テレビドラマでもよくあるシーンですが「切腹」にも色々なマナーが存在しており、特に、身分の高い武士と低い武士では切腹の作法にも相当違いがあったようです。

ファッションも今の公務員のように、クールビズやウオームビズといった自由気ままな服装ではなく、一年に4回衣替えがあったようです。

それこそ、職場の和服装を統一することにより保ったわけで、今の様におしゃれ感覚ではなく、あくまで襟を正す身だしなみであったと思われます。
素晴らしいと思います。

いずれにせよ、当時の武士は教養人ですから、教養が醸し出す「礼儀作法」の価値はとても高かったのではないでしょうか。

この記事を書いたプロ

平松幹夫

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