古宮昇先生講演会
大学院合格以上に大切なこと――入学後の生活を充実させるために
大学院進学を目指す皆さんにとって、合格通知を受け取ることは大きな目標であり、到達点であると感じられるかもしれません。もちろん、入試を突破するために相応の努力が必要であり、それ自体が意味ある挑戦であることは間違いありません。しかし、特に臨床心理士指定大学院や公認心理師養成大学院の場合、その「合格」がゴールではなく、新たなスタートにすぎません。入学してからの生活こそが本当の意味での勝負であり、そこで何をするかが、専門職としての未来を左右するのです。
入試で見られているのは「入ってからやっていける人かどうか」
臨床心理士や公認心理師の養成課程では、単なる学力だけではなく、対人関係能力、自己管理能力、そして倫理観や柔軟性など、専門職としてやっていく上で必要な資質が求められます。面接官が受験生を見る際、「この人は入学してからうまくやっていけるだろうか」「実習先でトラブルを起こさないだろうか」「卒業までにきちんと研究と実習をこなせるだろうか」といった視点を持っています。つまり、合格させるのは“受験に強い人”ではなく、“大学院生活を乗り越えられる人”なのです。
大学院は「行くだけ」では意味がない
私自身、大学院に進学した際、「行くだけでは意味がない」ということを感じていました。よく「大学院に入れば何とかなる」と考える方もいらっしゃいますが、そうでもありません。特に修士課程は2年間という短い期間の中で、研究をまとめ、実習をこなし、将来のキャリアへの布石を打つ必要があります。つまり、入学したその日から、自らの研究テーマに向き合い、専門性を深める作業が始まるのです。
また、大学院は講義を受けに行く場所ではありません。単位は取って当たり前、良い成績を取って当たり前、その先で何を深め、何を創り出していくかが求められます。そのため、大学院でどのようなテーマを掘り下げたいのか、どのような実践力をつけたいのかといったイメージを、入学前から持っておく必要があります。
「入学後の自分」を具体的にイメージする
たとえば、臨床心理士指定大学院に進学する場合、実習に必要な対人スキルや倫理的判断力、また研究に必要な論文読解力・情報収集力などが求められます。これらは入学してから身につけようとしても、時間的にも精神的にも大きな負担となり、結果的に充実した学びが得られなくなってしまいます。私たちは大学院入試対策の指導を行う立場として、単なる合格だけでなく、「大学院に入ってからうまくやっていける力」を重視した支援を行っています。
「大学院でやっていける人」とはどんな人かをイメージして、実際に大学院で充実した生活を送るために重要だと考える5つの姿勢をご紹介します。
その1:大学院がどういう場所かを知っている人
大学院は単位を取る場所ではなく、研究を進め、実践力を身につける場所です。学部のように「与えられた課題をこなす」という受け身の姿勢では通用しません。研究室に所属し、指導教員との関係性を築き、学会に参加し、自らのテーマを社会に発信していく姿勢が求められます。事前に大学院の生活や文化について情報収集をしておくことは、入学後の円滑な適応に大きく影響します。
その2:ただひたすらに勉強する姿勢
シンプルですが、最も大切なことです。特に専門文献の読解、語学、研究法、実習日誌など、大学院で求められる学習内容は多岐にわたります。「時間がない」「忙しい」と言っていては何も進みません。むしろ、やるべきことが明確だからこそ、集中して取り組むことができるのです。院生時代は、人生の中でも最も密度濃く学問に打ち込める貴重な時間です。
その3:毎日大学に行く習慣
何となくでも大学に足を運ぶことで、研究室の雰囲気や学内の情報に自然と触れることができます。図書館の利用、教職員との偶然の出会い、ちょっとした雑用などが、自分の研究や進路に大きな影響を与えることもあります。通うことで大学の文化が身体に染み込み、徐々に大学院生としての意識が形成されていきます。
その4:本に投資する姿勢
電子書籍やインターネット情報が普及した現代でも、やはり紙の書籍に向き合い、自分の手で知識を掴み取る経験は重要です。特に研究を行う上では、書籍から得られる体系的な知識が基盤となります。疑問を感じたらまずは本を探す――この基本姿勢が、大学院での研究活動を支えます。
その5:コミュニケーションを重視する人
大学院では、指導教員や他の院生、学外の実習先、学会など、多くの場での対人関係が生まれます。うまくコミュニケーションを取れないと、研究が孤立し、実習もうまくいかなくなります。学会などの場では、勇気をもって話しかけ、自分の研究について語る力が求められます。コミュニケーション力は、研究者としてだけでなく、臨床家としても極めて重要な資質です。
入学前から始まっている「大学院生活」
このように、大学院での生活は、入学前の心構えと準備によって大きく左右されます。入試対策は「通過点」であり、むしろその先を見据えて行動することが重要です。大学教員が受験生に求めているのも、「今、何ができるか」よりも「入ってから何ができそうか」という可能性なのです。
したがって、受験準備の段階から、「研究したいテーマ」「関心のある領域」「どんな実習に取り組みたいか」「将来どのような心理職を目指しているか」など、具体的なイメージを持ち、それに必要なスキルを少しずつ身につけていくことが重要です。
おわりに――合格以上に大切なこと
大学院への合格は確かに一つの成果です。しかし、その成果を本当の意味で活かすためには、入学後の生活をいかに充実させられるかが問われます。2年間という限られた時間の中で、どれだけの学びを得て、自らの可能性を広げられるか。それが専門職としての第一歩になります。
「合格すること」だけを目指すのではなく、「合格してからどう過ごすか」を見据えた学びを始めてください。それが、大学院受験を成功へと導くだけでなく、その先の人生を豊かにする鍵となるはずです。



