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大学院受験勉強を始めたとき、まず感じる未経験の不安
大学院受験は、人生において非常に重要なイベントですが、その質は大学受験とは大きく異なります。たとえるなら、大学受験が「スピードスケート」であるなら、大学院受験は「フィギュアスケート」です。大学受験ではスピードと正確性が求められますが、大学院受験では、知識だけでなく、その人の生き方や考え方、志望動機、感情のコントロールまで問われます。受験生自身の「人間力」が問われる場面が多いのです。
わからないことがわからないという壁
受験勉強において、最初にぶつかる壁でありながら、最も困難なのは「わからないことがわからない」という状態です。これは子どもから大人まで、誰にとっても難しい状況ですし、私たち塾業界にとっても最大のテーマです。
例えば、「わからないことを質問できます」という謳い文句がありますが、そもそも「何がわからないのか」を言語化して他人に伝えること自体が難しいのです。受験においても、最初に相談に来られる方の多くが「何から始めればよいかわからない」と口にします。特に心理学未経験の方が臨床心理士指定大学院の受験を決意したとき、多くの人が「自分の今の位置」がわからず、何をどう勉強すべきかすら掴めないまま、不安だけが膨らみます。
これは当然のことです。だからこそ、ここで諦めるのは、ちょっともったいないと思います。
「自分を知る」ことが第一歩
このような状況から脱出するためには、まず「自分を知る」ことが必要です。大学院受験では、受験者一人ひとりの背景が大きく異なります。高校を卒業したばかりの大学受験とは異なり、大学院受験は全員が違うスタートラインに立っています。
そのため、まず必要なのは「適切な自己分析」です。これは、漠然と「自分はできない」と思い込むのではなく、「できること」を丁寧にリストアップすることから始まります。単語一つ、知識一つでもよいのです。今持っている力に気づくことが、次に進むための土台となります。
AI時代だからこそ入門書より辞書を使う
「何から始めればよいかわからない」という人がつい手に取りがちなのが入門書です。最近はAIかもしれません。しかし、入門書に頼ることでかえって情報に振り回され、自分のペースを見失うことも少なくありません。
そこでおすすめなのが、今更ながらと感じるかもしれませんが、紙の辞書を複数用意し、専門用語を引いていく方法です。例えば、心理学関連の言葉を100個リストアップし、それらを辞書や基本書を使って調べ、メモする。このプロセスを繰り返すことで、「わからない」が「わかりたい」に変わり、知的好奇心が刺激されていきます。もちろん、AIを使ってはいけないのではなく、辞書を引ける人の方が効果的にAIを使えるのです。
不安に立ち向かうための視点
大学院受験において、「不安」は避けて通れない感情です。特に勉強を始めた初期の2~3ヶ月は、「何から始めればよいかわからない」「自分だけができていない」といった不安に悩まされやすくなります。しかし、これは誰にでも起こる自然なことです。
問題なのは、不安そのものよりも、不安によって「孤独」を感じてしまうことです。「自分だけが…」という思考が、心の距離を周囲から遠ざけ、孤立感を生んでしまいます。だからこそ、早い段階で誰かに相談することが大切です。特に不安を言語化し、誰かに話すことで、その不安は整理され、現実的な対処が可能になります。
不安処理能力(EQ)の重要性
こうした不安と上手に向き合うためには、感情のマネジメント、すなわちEQ(情動知能)を高めることが求められます。EQとは、自分や他人の感情を的確に理解し、うまくコントロールする力のことです。
受験生にありがちな「これは無駄」「この科目は不必要」といった思考は、不安に駆られた結果として生まれます。こうしたネガティブな感情は、放置しておくと負のスパイラルに陥ります。「どうしよう」という不安を、「どうする?」という具体的な行動に転換できるかどうかが、乗り越えの鍵です。
「どうする?」思考が未来を切り拓く
受験まで時間が限られてくると、「もう3日しかない」と不安が増してきます。しかし、「まだ3日ある」と考えることができれば、そこに余地と可能性が生まれます。このような思考の切り替えは、「何をあきらめ、何を全うするか」を判断する力につながります。
思考ができていない人は「正解」を求め、思考ができている人は「自分にとって必要なこと」を見つけ、実行に移します。この違いが、本番での成果にも大きく影響します。
「大学院に行こう」と思って問題集を開いた瞬間、「無理かもしれない」と感じた経験は、多くの人が共有しています。しかし、そこで心が折れないように、まずは「わからないことをわかる」ためのステップを踏みましょう。
辞書をひき、興味のある言葉に触れ、少しずつ「わからない」を「知りたい」に変えていく。知識を蓄える以上に、自分の不安と向き合い、それを乗り越える思考力を育てることが、大学院受験では何よりも大切なのです。
わからないことと向き合う姿勢を育てる
わからないことに出会ったとき、私たちはまず「わからない」という感情に飲み込まれがちです。しかし、その「わからない」を放置するのではなく、どのように向き合うかで、その後の学習の質は大きく変わります。
「わからない」は実は一つではありません。「聞いたことはあるけど理解していない」「まったく初耳」「知っていたけれど忘れてしまった」「人に説明されればわかる気がする」など、さまざまな層があります。自分の「わからない」がどの分類にあるのかを整理していくことで、「次に何をすればよいか」が見えやすくなるのです。
また、学びにおいてもっとも大切なのは、どこまで理解すれば「わかった」と言えるのか、自分なりの基準を持つことです。深く理解していなくても、次に進むための足場として「理解し始めた」状態を大切にする。その積み重ねが、最終的な「わかった」に近づけてくれます。
好奇心と共に歩む学習
学びを続けるうえで欠かせないのが、「好奇心」です。辞書をひいたり、分からないことを調べたりする行為は、根気のいる作業です。しかし、その作業に好奇心が伴えば、苦ではなくなります。「なんだろう?」「もう少し知りたい」という気持ちがあるだけで、学びは自発的になり、頭にも定着しやすくなるのです。
私たちが塾で行っているのは、まさにこの好奇心を引き出す作業です。一緒にわからないことを探り、その中から「おもしろい」と思える瞬間を育てます。最初は小さな興味でも構いません。それを教師と共有し、発展させることで、「学びたい」という気持ちが生まれます。
わからないときは専門家に頼る
「わからないことがわからない」状態のとき、自分でどうにもできないなら、専門家に頼るという選択も重要です。ときには、「誰にもわからないこと」に出会うこともあります。そうした場面で一人で判断し、思い込みや決めつけに走るのは非常に危険です。
私たちは「自分が今、何もわかっていない」と認めることで、謙虚な姿勢が生まれます。その謙虚さが、学びを深め、信頼できる他者との関係を育む第一歩になるのです。だからこそ、私たち指導者は「わからないことを認める」姿勢こそが、知的な態度の根幹だと考えています。
孤独を感じたときこそ、つながる
実は大学院受験の不安の最大の敵は「孤独」なのです。不安は誰にでも生じますが、それを自分だけの問題と感じ始めたときに、孤独へと変わります。「みんなすごいのに、自分だけが劣っているのではないか」「こんなこと始めるべきじゃなかったのではないか」あるいは「周りはみんな就職しているのに自分だけ取り残された」──こうした思考が繰り返されると、負のスパイラルが生まれ、やがて心が折れてしまいます。
だからこそ、私たちは「誰でも不安を感じる」ことをあらかじめ共有し、「一緒に進む」姿勢を大切にしています。不安そのものを消すことはできなくても、その不安を誰かと共有することで、孤独だけは防ぐことができるのです。
最後に:「どうしよう」を「どうする」に変える
受験勉強を続けていると、必ずどこかで「もうだめかもしれない」という瞬間が訪れます。ですが、その時こそ「どうする?」という問いを自分に投げかけてください。「どうしよう」は思考停止ですが、「どうする?」は、解決を前提とした前向きな問いです。
その問いが、自分にとって何が必要かを考え、必要なことを一つずつ実行していくための土台になります。「全部を完璧に」ではなく、「今できることに集中する」。それが、災害のような困難な状況でも生き抜く知恵であり、受験にも通じる考え方です。
大学院受験は、知識や点数だけの勝負ではありません。自分の内面と向き合い、不安と折り合いをつけながら、自分なりの「学びのプロセス」を組み立てていく長い旅です。だからこそ、最初の一歩を踏み出したあなたは、すでに大きな一歩を踏み出しているのです。



