社会人が看護職を目指すにあたっての社会人経験の活かし方
具体的とは何かを考える
前回の続きです。私は小論文採点や添削に長く関わった経験をもっていますので、この分野については思うところはたくさんあるのですが、私が小論文添削をしていて、最も気になる(目につく・残念に思う)ことが、具体性のなさです。一般に「何が言いたいのかわからない」というやつです。「言いたいことを言う」というのは「言いたい放題言う」こととは違います。好き勝手に言うことを指すのではなく、「集めた証拠たちから最低限何が言えるか」を検討して、その中から「言いたいこと」を切り出して、形にするという作業が必要になります。この具体性を習得するには練習しかないと思います。私もかなり練習をしたように記憶します。他人の論文を読むといろいろわかりますが、意外と自分のことは見えないものです。何回も練習すると言っても、無軌道に書いてもなかなかうまくいくことはありません。やはりポイントを定めて、自分の考え方と、事例を出して、その分析と見方を提示した上で、具体的な情報を提供するという考え方を獲得していくと、確実に進歩します。
具体的にする方法は、昔から言われる通りです。いつ、どこで、誰が、何をしたか、このような部分を明確にしていけば具体的になります。
ひたすら情報収集
もう一つ大切なことがあります。それは論文を読んでみて、自分なりに批評ができることです。情報摂取には読んで理解する以外方法がありません。その意味で読めばわかるという状態を作ることが重要です。例えば仮に論文で「死ぬ気で調査した・・・」などと書いてあると、おかしいと言えることが必要です。良いものを読んで、良いと思えることも重要です。これも訓練を積むべきものです。
自分なりのフォーマットを作る
小論文の書き方は一様ではありません。言葉は生き物と同じですので、一回の執筆で一つしか生み出せず、また二度と同じものは生み出せません。だからといって、無軌道に書きすぎても、良いものは書けません。ある程度の構成は先に組み立てておくと、書きやすくなります。構成を細かく10ほど作るように言う人もいますが、私の考えとしてはできるだけシンプルな構成の方が良いと考えています。京都コムニタスで提示する構成フォーマットは「問いの設定」「回答(仮説)」「根拠」「方向性」の四項目です。このくらいシンプルな方が良いと思います。いきなり書き始めるのではなく、先に構造をイメージしてから書くのが良いでしょう。
要は疑問と回答と証拠
まずは疑問を出します。これが定まらないと、論点が定まらないということですので、読み手からすると何が書かれているのかがわかりにくくなります。主語と疑問詞を明確にすれば、より具体性が増します。疑問ができれば回答を出します。基本的には問いに対して答えが合っている必要があります。わからないような問題なら、無理せず、暫定の答えを出すのも方法の一つです。回答が定まれば、これを裏付ける根拠が必要です。根拠は、事実でなければなりません。できれば数字のデータを記憶しておいて出せれば、尚良いでしょう。例えば出生率、自殺者数、など様々な数字がありますので情報集めの時に数字を意識して集めておきます。最後は結論というよりは方向性を示します。
方向性
小論でも一定の主張をするのですが、それではどうするか、という方向を示しておくことが重要です。例えば、原発反対というのは簡単です。放射能の危険性も数字的根拠をもって主張ができます。しかし、反対だけしても何も生み出しません。「じゃあどうするか」を示して締めとしましょう。
出題者の要求を知る
小論文に限ったことではありませんが、入試問題は出題する側の要求を知るのが基本です。論文で要求されるのは基本的には情報提供力です。文章のうまさでは決してありません。(ヘタでもいいと言っているわけではありません)
この観点からすると、情報量を豊富に持っていることが大前提になります。相手方は、回答者がどんな情報を持っているかが知りたいのです。小論文で求められることは「何でも知っていること」です。ですから、まず自分の専門領域の情報はインターネットレベルでも構わないので、常に関心を持って見ておく必要があります。また専門分野以外の近接領域にも関心を持って見ておくことも重要です。そうやって情報を集めておくだけでも小論文対策になります。つい、小論文対策というと、書き方だけを問題視する人が多いのですが、書き方よりも、集めた情報をいかにして、主張の根拠にするか、情報を集めて、使うということはここにあります。まずこの考え方を定着させないとなかなか小論文はうまくなりません。
基本的な情報は外してはいけない
例えば看護系ではナイチンゲールを知らないことは罪になりそうです。ナイチンゲールが看護師として名が知られるようになったのは1850年代のクリミア戦争に従軍して看護のあり方を大きく変えたことに始まります。非常に博学な人物で、イギリスでは統計学で有名な学者でもあります。また戦地の負傷兵を手当する場所の衛生状態の悪さを改善し、死亡率を大幅に下げたことも評価されています。彼女の広博な知識から生み出される理論に基づいた看護は、後の看護学の礎を築いたことは誰しもが知る通りです。
また戦争というものは、すぐに英雄を祭り上げ、プロパガンダを行いますが、彼女はそういうものに巻き込まれることも希望せず、ただ、人のために尽くすことを考え、生涯を過ごしたということです。多くの国の看護学でナイチンゲールの理論が用いられていることを考えれば、彼女が150年以上たった今でも世界的に尊敬される理由を字数に合わせて書けるようにはしておきたいところです。
小論文で書いてはならないこと
危険度の高い「書いてはならない」についていくつか述べます。
①抽象的
よく○○的という言葉を使う人がいるのですが、あまり適切ではありません。
例えば
「AとBは画一的である」
このような文は書くべきではありません。画一なのか、そうでないかがわからないからです。似てるという意味なら、そう書けばいいだけです。このケースで多いのは、「画一」と言ってしまうことに違和感を感じて、「画一的」にしてしまうパターンです。しかし、画一が合わないなら、画一的にしても合わないものは合いません。その意味でも、安易に○○的という言葉を使うのは避ける方が適切です。
②自分の感情を根拠にする
プロを名乗る人間の書いた実例ですが、最後の締めのところで
「これは好ましくない」
「実に腹立たしい」
などと書く人がいます。文字通り論外です。学会発表でこんなことを言った人を見たことはありません。言えばひんしゅくをかうことは間違いないでしょう。ある論文がその作者の感情をきっかけに生まれることは否定されませんが、例えば「私が腹立たしいから、死刑廃止論者は間違っている」などと文言は主張とは呼べません。
「私が好きだから」
「かわいいから」
なども同様に論外です。
③根拠なし
主張を裏付ける根拠がないことは論外となってしまいます。根拠がなければ、やはり論文は成立しません。論文は情報提供でもあります。ですので、信用できる情報が根拠になっていなければなりません。かつてSTAP細胞が大問題になったのも、この根拠が揺らいだからです。今は特にevidence basedの時代ですので、これが崩れることは論文が崩れることを意味します。とりわけ慎重かつ重厚な書き方が望まれます。
④無責任な決めつけ
「新型コロナ」から3年がたっても、いまだにいろいろなことが言われます。要するに「わからない」のです。論文は「わからないことはわからない」ことが前提です。原子力も同じです。原子力の安全基準も放射能の危険性事故の収束仕方も、これからどんな異変が起こるかも、誰も知らないのです。知らないのにも関わらず、安易に、あるいは利権に目がくらんだり、あるいは政治的に安全だと決めつけるのは、人としてやってはならないことです。政治禍は異常者集団ですし、多分国民に仇をなすことを仕事と考えているのでしょうから(こういうことを小論で書いてはいけませんよ)、平気でコロナも原発も安全だと言い切る人は言い切ります。あるいは、どこかからお金をもらっている人(こういうことも書いてはいけませんよ)は、その人(企業)に不利なことを言わないでしょう。あるは有利に動くでしょう。イソジンがコロナに効くとか、大阪ワクチンなんか典型でしょう(これも書いてはダメですよ)。
⑤法律違反
私たちの世界では、大学差別がその類です。「A大学はB大学より上」などと漠然としたことを確たるデータもなく言い切るのは不適切です。誹謗中傷の類です。もちろん誹謗中傷もあってはなりません。論文などで、他人を根拠なく誹謗中傷したり、「独自調査」などと調査にもならない調査を根拠に誹謗中傷するなどもってのほかです。他者を自分の利益のために誹謗中傷するのは法律違反で、民法にも刑法にも引っかかります。
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