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井上博文

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コラム

苦手な人がいたらどうしますか?

この質問は時々面接で聞かれます。この質問に固まってしまったという声を聞きましたので、一言。
よく言われますが、誰にでも苦手な人はいるものです。顔を見るのも嫌、声を聞くのも嫌、関わりを持ちたくない。私にも約1名います。しかし、嫌でも関わらねばならない時があります。逃げてばかりだと、かえって不利益になることもあります。私も、その人物と同じ空間にいるのも嫌でしたが、対峙することを選びました。
誰にでもあることですが、他者と出会うと、必ず「理解できない」ことがあります。この時に苦手意識が芽生えるかどうかある程度決まります。ネオフォビア(新奇忌避傾向)とはまた別の感覚で、このとき、受容できるかどうかを感覚で決めるか、合理的に決めるかが分かれ目です。ここで感覚的に、根拠だてをせずに決めてしまうと、私が言うところの大人になれません。私が言う大人の条件は、「世界で一番嫌いな人に助けてもらう」ために日常生活を送ることを考えられる人です。単に同調圧力に負けて、協調することではありません。

しかし、苦手意識が芽生えてしまうことを避けるのは極めて難しいことです。果ては憎悪になります。私も裁判中、何で犯人から逆にさらなる誹謗中傷をうけているんだろうと、思わざるを得ないくらい誹謗中傷を受けました。それも全部嘘。少なくとも相手は私に憎悪を持っていることは明らかですが、理由など明確なものはないのです。私は、特に憎む理由もないので、彼に憎悪を持つことはありませんでした。淡々と書類で、彼の嘘を暴いただけでした。確かに歴史を見ると、人種や宗教、文化や言語など、憎悪の歴史でもあります。パレスチナとイスラエルなどその典型でしょう。しかし、歴史は、書いた人の都合の良い作品ですので、必ず偏っています。鵜呑みにしてはいけないものです。ですから、歴史からは、苦手の人の克服方法を読み取るのは簡単ではありません。しかし、冷静に自分史を見てみると、私の裁判相手のような人物は、3人もいません。間違いなく、自分史的にも特異な人物です。こういった人との関わりは、構えを高くして、長期的に我慢しつつ、冷静に対処するという基本姿勢を貫くことが大切です。ただ、ほとんどの場合、これに適合しません。

苦手を感じる人の場合、これが異常者ではなく、自分と単に合わないだけの人の場合、まずこの判定が重要になります。ここで根拠だててこれを判定することができると、あとの対処はそれほど難しくありません。自分と合わないだけで、相手の能力とは基本的に関係はありません。自分と合わない人の意見をむしろ重視することに目を向けることが重要です。異物と勝手に決めつけるのではなく、「自分と合わないだけ」と考えることが重要ということです。しかし、危機に陥ったとき、意外に救われるのは、自分の発想になかった方法です。「押してダメなら引いてみな」とよく言いますが、この言葉はそれを如実に示しています。日常からこれができる人が強いのです。
もちろん、だからと言って苦手な人が得意な人になるわけではありません。特異ではないということがわかれば十分です。苦手なまま共存することが基本で、いざというときに助けてもらえるだけの環境を設定しながら日常生活を送れれば、非常に幅の広い生活ができます。適度な距離、仕事上の付き合いもこういった生活の中から生まれます。これができると、多様な人との付き合いができるようになってきます。そうすると、人間関係が苦手などと口にすることもなくなってくるでしょう。



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