他人(の目)を気にしないようにできない人
私はREBTを手がけてきて、いつも思うことは、思い込みのこわさです。そのため私自身も自分の思い込みには結構敏感な方です。このREBTは、不合理な思い込みを排除して、合理的な考え方に変えることで、不安などの不健康でネガティブな感情を健康でネガティブな感情に変容させることができるということは、何度も触れてきました。思い込みとは、正しくないことを繰り返し自分に言い聞かせるのです。それによって不安や怒りが、発生するのです。この思い込みはぜひとも排除し、正しいことを正しいと言える考え方を作って行く必要があります。
たとえ話をしましょう。
ある人は○○大学大学院出身で、そこは名門大学だとします。その人はその大学を出たことを誇りに思い、それが高じて、それ以外の大学出身は認められないようになります。こういった思い込みによって、この人は、「△△大学くらいで英語ができると言ってはいけない」なんてことを口走り始めます。こうなると、かなり危険度は高くなっていますが、そのうちに自分より優れていると思う人間が出てくると、まずは出身大学を気にするようになります。そして○○大学出身でないとわかると、暴発して、攻撃対象にするのです。
こういった思い込みの強い人は、まず他人の話を聞きません。The独善といった状況になり、何をしてもうまくいかなくなります。そしてそれを他人のせいにして、「謎の××応援から攻撃を受けた」などという被害妄想を叫び出し、意味不明な怒り感情にとらわれ、手がつけられなくなります。
REBTではこの不健康な感情の原因を他人のせいにはいっさいせず、すべては自分自身が織りなしたこの思い込みのせいと考えます。つまり、不安や怒りの原因はすべて自分の中にあると考えるのです。他人が作り出したのではないのです。この考え方に私は同意しています。私は思い込みは人間にとって害でしかないと考えます。もちろん良い思い込みもあるという反論もあろうかとは思いますが、私にはあまり良い思い込みのイメージがありません。この思い込みの不利益として、まず考えられることは、先の事例を見てもわかりますが、事実が見えないということです。正しいものが見えていないと言ってもよいでしょう。あるがままに正確に物を見ることは大変難しいことだと思います。仏教では「正見」といって、わざわざ名前が付けられているわけですから、いかに難しいのかがかえって際だちます。しかし、逆から言えば、誰もが正しく物が見えていないということでもあります。
論理的に思考するときにまず重要になるものは事実です。事実は根拠でもあり、それが証明を担保します。だから事実をそのまま事実と見ることができないと、論理的に思考することはできません。この時、思い込みが事実をねじ曲げるケースが多いのです。思い込みが事実をねじ曲げると、どんな現象がおこるでしょうか。
つまらない例かもしれませんが、スプーン曲げの応用編で空中でスプーンを曲げるというアトラクションがあるとします。事実は手品師が太ももあたりで曲げてから空中に投げるのですが、観客は空中で曲がったように見えます。それをしばらく時間がたったあとに他人にどうやって伝えるかというと、
「空中でスプーンが曲がった!」
となるでしょう。事実を知らなかったとしても
「空中で曲がったように見えた!」
なら許容範囲でしょう。中には
「空中で曲がる瞬間が私には見えた!」
と言い張る人もいるので要注意です。「謎の××応援団」なんて言えてしまう人はこの類です。これはスプーンが曲がるという期待感と、それに応えてくれた事象が事実をねじ曲げて伝える典型例ですが、こわいことに我々は結構こんなことを無意識でしてしまっています。ちょっと振り返ってみる必要があるでしょう。 思い込みと決めつけは近い概念と言ってよいと思います。例えば、ボランティアは「お金をもらってはいけない」と思い込んでいる人がいたとします。そうすると、ボランティアでお金をもらうことは悪だと決めつけます。しかし、事実は悪でもなんでもありません。定価は設定しませんが、別にもらっても悪であるとは言えません。ボランティア=無償奉仕活動であり、ボランティア=善であり、お金をもらう=悪である、といった決めつけがあると、非常に厄介です。先の「○○大学出身以外は認めない」と同じ理屈です。
やはり、我々は常に事実に従って考える必要があります。どの大学にも良い人も良くない人もいる。これが事実です。
思い込みを捨てて、事実に目を向けましょう。
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