他人(の目)を気にしないようにできない人
人文社会系学部 京大には重要という記事を見ました。
京大の山極総長は
「幅広い教養と専門知識を備えた人材を育てるためには人文社会系を失ってはならない。
(下村博文文科相が要請した)国旗掲揚と国歌斉唱なども含め、大学の自治と学問の
自由を守ることを前提に考える」と説明した。
とあります。京大の総長がこのようなことを仰ったのは、重要だと思います。
他の大学も是非、と願います。
人文社会系学問は、私たちが日常生活を送っていく中で非常に重要です。
よく知的武装と言いますが、幅広い教養を身につけることは、まずは自分を
守ってくれる鎧となります。日常生活には、リスクが一杯です。そして、
情報過多のこの時代、選択肢が多すぎて、リスクマネジメントをせずに
この選択肢を選んでしまうという現象が多々あります。
例えば、以前子どもを良い大学に入れたいのですが、どうしたら良いですか?
というコラムでも触れたのですが、子どもができて幼稚園に入れるとなった時、
何を根拠に入れるかという問題に行き着きます。もちろん、正解などありません。
だから、たいていの親は迷います。この時、自分を助けてくれるのは、
自分自身の考え方であり、大げさにいえば人生哲学です。
しっかりした人生哲学を持っているならば、幼稚園選びにも間違いなく
有効ですし、不安に負けて、「もし○○だったらどうしよう」というキリのない
ループにはまり込んで余計なダメージを負うことも少ないでしょう。
これは、文系、理系という区分けで語れることではありません。
しかし、偏った考え方しか育ってなかったり、「役に立つ」ことだけを意識していたり、
将来の大学受験だけを意識して幼稚園に入れるという行為は、語弊を恐れずに
言えば、子どもにとって不幸以外何ものでもありません。
何が正しいかどうかわからないこのシャバ世界にあって、確たる正解など
そもそもありません。そんな世界をしなやかに、軽やかに生きていける
あるいは共存していける知恵を与えてくれるのが教養なのです。
もちろん、人文社会系で「○○大学博士」を名乗っていても、ロクでもない者もいます。
人を誹謗中傷するしかできず、博士号を汚し続けている輩もいます。
しかし、それはむしろ超がつく例外であって、そういった愚か者の存在によって
文系学部が不要ということには決してなりません。そういった輩は残念ながら
教養が身につかなかったのでしょう。
日常365日、常に教養を意識して、生活している人と、そうでない人の差は
どんどん大きくなるのです。いわゆる人文社会系学問は、そういった生きていくための
知恵としての教養を与えてくれるのです。
いかなる大学であっても断じてその火を消してはならないのです。
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