地方商店街 衰退の原因
今日の目次
・「逆もまた真なり」という仮説
・不可逆的であるという現実
・マーケティングとはまた違った修業が必要
・今も通じるのか?!?
「逆もまた真なり」という仮説
さて、「恋愛とマーケティング」の関連性について前回のように切り出した私でしたが、この講義の本題はそのあとになります。私はここまで語っておきながら、さらに彼らにとってはちょっとがっかりするかも知れない、或る意味深な現実について付け加えたのでした。
それは以下のようなものです。
― ところで、君たちに恋愛経験があるとしたら、それを思い出してもらいたい。そうすることで、今日の講義のメインテーマであるマーケティングについて、ある程度理解が進んだのではないかと思う。つまり恋愛という一つの行為がマーケティングを理解するうえで役に立ったということだ。したがって、これをさらに応用することができれば、将来、ビジネスシーンにおいてマーケティング的アプローチが必要になったとき、君の恋愛経験はそれが成就したにしろダメだったにしろ役に立つことになる。
さて、ということは、次のような仮説も成り立つんじゃないか、と考えられる。それは、「先にマーケティング的アプローチについて学んでいれば、現実恋愛の場面でもこれが活かせるはず」という、逆の公式も成り立つのでは?ということになるよね。つまり、マーケティングの手法をものにしていれば、恋愛もうまくこなせるんじゃないか、という期待が持てるわけだ。
不可逆的であるという現実
と、ここで残念なお知らせをしなければならない。それは、マーケティングにおいて、恋愛経験を活かすことができたから逆も成り立つ、という公式は成立しないということなのである。つまり、マーケティングを勉強してそれに長けた人間が、恋愛においてもそれを応用してうまくいくかといえば、「それはない!」という、実に残酷かつ残念な結論に達するのである。
恋愛経験→マーケティングに応用、という公式は成立するけれど、マーケティング的知識→恋愛に応用、とはならない。つまり、マーケティングと恋愛の関係は一方通行であって不可逆的である、という現実を受け入れなければならないのだ。
さて、それでは何故なのか?何故、逆は成立しないのか?という命題について考えなければならない。
マーケティングとはまた違った修業が必要
その解答について結論を先に述べよう。それは、マーケティングが極めてビジネスライクかつ論理的な世界なのに対して、恋愛にははるかに複雑な感情的要素が入ってくるからにほかならない。つまり、ターゲットに関する様々な情報を整理してデータとしてまとめ、攻略に活かそうとしても、いざ具体的なアプローチとなったら、その場でのちょっとした仕草であったり、語り口の微妙な癖であったりというのが向こうの感情にどう反応するかが、論理では読めないし、説明できないからである。
だから、マーケティングを極めたところで恋愛に成功するとは限らない、という、冒頭ちょっと期待を持たせたわりには、なんともがっかりの結論に達することをお許し願いたい。まあ、男子学生諸君、恋愛を成就させるにはマーケティングとはまた違った修業を積まなければならない、ということでこれからも頑張ってください。―
と、何とも希望の持てない結論の講義になったのでした。
今も通じるのか?!?
と、この講義を行なったのはもう20年以上も昔の話になります。
あのときは、恋愛とマーケティングの関係について、上記のような話をしたのですが、今では、こんな分析自体成り立つのだろうか、とも思います。なんといっても、まだ、スマートフォンどころか携帯電話もそんなに普及していない時代だったからです。
仮に、恋愛とマーケティングに関係性を持たせるにしても、現在は私が講義した頃とはずいぶん異なるアプローチになるのではないでしょうか。今の男の子たちを見ていると、そもそも「恋愛」に対してどれくらい前のめりなんだろう?と懐疑的にならざるを得ません。私が若かった頃みたいに、ガツガツしていたら今の女の子には相手にもされないのだろうか?と、思うこともあります。
しかし、であります。そもそも、マーケティングも恋愛も、心をワクワクさせる実に面白いものなのであります。しばらく前から、今の男の子たちは「草食系」とか言われていますが、大人しくしているだけなんてなんだかなあ・・と思ってしまうのは、旧来のマーケティング理論に基づく私だけなんでしょうか。
恋愛とマーケティング、永遠のテーマ