家族に危害を加えると言った|脅迫罪の「親族」の範囲
交際相手から暴力を受け、被害届を出すかどうか迷っている方の多くが気にされるのは、「出したら相手はどうなるのか」「その後、自分の身は守れるのか」という点です。被害届は相手を処罰させるための書類というより、警察が捜査を始めるきっかけになる書類です。この記事では、被害届を出した後に相手の側で起きる手続の流れと、被害を受けた方が並行して考えておきたい安全と請求の問題を整理します。
この記事は2026年10月時点の法令に基づいています。2025年6月の刑法改正により、懲役と禁錮は「拘禁刑」に一本化されています。また、配偶者暴力防止法の保護命令制度は2024年4月施行の改正内容を前提としています。
被害届を出すと何が始まるのか
被害届は、犯罪の被害に遭った事実を警察に申告する書類です。受理されると、警察は事実関係の確認に動き出します。被害を受けた方からの事情聴取、けがの写真や診断書の確認、現場の状況の確認などを経て、相手からも話を聴く流れになるのが一般的です。
被害届とよく比べられる手続に「告訴」があります。告訴は相手の処罰を求める意思を示すもので、被害届とは法律上の位置づけが異なります。どちらを選ぶかの考え方は被害届と告訴の違い|ストーカー・脅迫でどちらを選ぶで解説しています。
なお、暴行罪や傷害罪は、被害者の告訴がなければ起訴できない「親告罪」ではありません。そのため、警察が現場に駆けつけた場合などは、被害届の提出を待たずに捜査が進むこともあります。
相手に問われる可能性のある罪
交際相手からの暴力といっても、行為の内容によって問われる罪は変わります。主なものを整理すると次のとおりです。
| 行為の例 | 罪名 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 叩く・突き飛ばす・腕を強くつかむ | 暴行罪(刑法208条) | 2年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料 |
| 殴ってけがをさせる・打撲や骨折を負わせる | 傷害罪(刑法204条) | 15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 |
| 「殺す」などと告げて怖がらせる | 脅迫罪(刑法222条) | 2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金 |
| スマホや家具を壊す | 器物損壊罪(刑法261条) | 3年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金若しくは科料 |
けがをしたかどうかで、暴行罪と傷害罪のどちらになるかが分かれます。けがの程度は診断書の記載が一つの手がかりになるため、受診したときは暴力によるけがであることを医師に伝えておくとよいでしょう。診断書の評価については「全治○週間」と言われた|診断書と傷害の重さの評価、交際相手からの暴力と罪名の関係は恋人から暴力を受けた|暴行罪・傷害罪と慰謝料請求もあわせてご覧ください。
相手は逮捕されるのか
被害届を出しても、相手が必ず逮捕されるわけではありません。逮捕は、逃亡や証拠隠滅のおそれがあるなど、身柄を確保する必要があると判断された場合に行われるものです。
逮捕されるかどうかを左右する事情
交際相手の事件では、次のような事情が考慮されることが多いと考えられます。
- けがの程度や、凶器が使われたかどうか。
- 暴力が一度きりか、繰り返されてきたか。
- 同居しているなど、相手が被害者に接触しやすい状況にあるか。
- 被害者に被害届の取り下げを迫るなど、働きかけをするおそれがあるか。
- 相手が事実を認めているか、話を聴く呼び出しに応じているか。
交際相手どうしの事件では、相手が被害者の連絡先や住まいを知っていることが多いため、接触のおそれが身柄の判断に影響しやすい傾向があります。
逮捕された場合の流れ
逮捕されると、警察は48時間以内に事件を検察官に送り、検察官は24時間以内に勾留を請求するかどうかを決めます。勾留が認められると原則10日間、延長されるとさらに最大10日間、身柄の拘束が続きます。逮捕から起訴・不起訴の判断までは最大で23日間程度です。全体の流れは逮捕から解決までの流れ【フローチャート】|今どの段階かがわかるで図解しています。
逮捕されずに捜査が進む場合
逮捕されない場合でも、事件が終わるわけではありません。相手は自宅で生活しながら警察に呼び出され、取調べを受けます。これを「在宅事件」と呼びます。在宅事件は捜査の期間が長くなりやすく、処分が決まるまでに数か月かかることもあります。
最終的な処分の見通し
捜査を終えた事件は検察官に送られ、検察官が処分を決めます。主な処分は次の3つです。
- 不起訴処分は、裁判にかけないという判断です。示談の成立や初犯であることなどを考慮した「起訴猶予」も含まれます。
- 略式起訴は、書面だけの手続で罰金を科すものです。罰金でも前科として残ります。
- 公判請求は、正式な裁判を開くものです。けがが重い場合や、同種の前科がある場合に選ばれやすい傾向があります。
どの処分になるかは、けがの程度、暴力の経緯、相手の前科の有無、被害者との示談の有無などを総合して判断されます。被害を受けた方の処罰を求める気持ちも、検察官が考慮する事情の一つです。
相手側から示談を申し入れられたら
被害届を出した後、相手やその弁護人から示談の申し入れが来ることがあります。示談に応じるかどうかは被害を受けた方が決めることで、応じる義務はありません。
示談の話し合いは、相手本人とではなく弁護人を通じて行うのが一般的です。被害を受けた方が連絡先を相手に知られたくない場合は、弁護人限りで連絡先を扱うよう求めることもできます。
示談を検討する場合は、金額だけでなく次のような条件を確認しておくことが大切です。
- 今後一切連絡や接近をしないという接触禁止の約束。
- 約束を破った場合の違約金の定め。
- 治療費や慰謝料をどこまで含めた金額なのか。
- 処罰を求めないという「宥恕」の文言を入れるかどうか。
宥恕の文言を入れると、相手が不起訴になる可能性は高まるとされています。どこまで許す意思があるのかを自分の中で整理してから判断するとよいでしょう。また、相手の家族などから取り下げを強く迫られている場合は、【ストーカートラブル】相手の家族から被害届を取り下げるよう迫られている|応じる前に考えることと、働きかけを止める順序も参考になります。
被害届を出した後の身の安全をどう守るか
被害届を出したことで相手が感情的になり、再び接触してくるおそれもあります。刑事手続と並行して、身を守る手段を用意しておくことが大切です。
同居している場合
生活の本拠を共にする交際相手からの暴力は、配偶者暴力防止法の保護命令の対象になります。接近禁止命令などを裁判所に申し立てることができ、命令に違反すると相手は処罰の対象になります。同棲の有無による違いは交際相手からのDV(デートDV)|保護命令は使える?同棲の有無で変わる対応、避難の進め方は交際相手から避難したい|安全な別居・避難と保護の手続きで解説しています。
同居していない場合
同居していない交際相手には保護命令が使えないため、別れた後のつきまといにはストーカー規制法による警告や禁止命令を検討することになります。二つの法律の使い分けはストーカー規制法とDV防止法の違い|自分のケースはどっちで守られる?をご覧ください。
相手の処分や釈放の時期を知る
検察庁には、事件の処分結果や裁判の日程などを被害者に知らせる「被害者等通知制度」があります。相手がいつ釈放されるのか、どのような処分になったのかを把握しておくことは、生活の備えにもつながります。詳しくは【ストーカートラブル】被害者等通知制度を使う|相手の処分や出所の時期を知るで解説しています。
刑事手続とは別に請求できるもの
相手に刑罰が科されても、それで被害を受けた方の損害が埋め合わされるわけではありません。治療費、通院のための交通費、仕事を休んだ分の収入、慰謝料などは、民事上の損害賠償として相手に請求することになります。示談で金銭を受け取る場合は、この民事の賠償をまとめて解決する形になることが多いでしょう。
相手が不起訴になった場合でも、民事で請求する道は残ります。この点は不起訴になった後に民事で請求できるのかで整理しています。
被害届を出すか迷っているとき
被害届を出すかどうかは、その場ですぐに決めなければならないものではありません。まずは警察に相談だけしておき、相談の記録を残しておく方法もあります。警察は交際相手からの暴力について、被害届の提出や相手への警告などの選択肢を説明したうえで、被害を受けた方の意思決定を支える運用をとっています。
迷っている間も、次のような記録は残しておくことをおすすめします。
- けがの写真と、受診した際の診断書。
- 暴力を受けた日時・場所・状況を書いたメモ。
- 暴力を示唆するメッセージや通話の記録。
なお、犯罪には公訴時効があり、暴行罪は3年、傷害罪は10年で起訴できなくなります。時間が経つほど証拠も集めにくくなるため、迷っている段階でも早めに記録を整えておくとよいでしょう。
よくあるご質問
被害届を出したことは、相手に知られますか
捜査の過程で相手から話を聴くため、被害届が出されたこと自体は相手に伝わるのが通常です。ただし、被害を受けた方の現在の住所や連絡先を警察が相手に伝えることは基本的にありません。転居している場合などは、その旨を警察に伝えておくと安心です。
一度出した被害届を取り下げることはできますか
取り下げること自体はできます。ただし、暴行罪や傷害罪は親告罪ではないため、取り下げても捜査や処分が続くことがあります。取り下げは処罰を求める気持ちがなくなったことを示す事情として考慮されるにとどまります。
相手の勤務先に事件が知られることはありますか
警察が勤務先に事件を知らせることは通常ありません。ただし、逮捕・勾留で出勤できない期間が続いたり、報道されたりした場合には、結果として勤務先に知られることがあります。
交際相手からの暴力は、関係が近いぶん、被害届を出した後の接触や生活の変化にも気を配る必要があります。相手がどうなるかだけでなく、ご自身の安全と、受けた損害の回復までを見通して手続を選ぶことが大切です。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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