示談が成立した後に被害者が処罰を求めた|宥恕の撤回はできるのか
警察からストーカー規制法に基づく警告を受けたものの、その前提になった相手の申告が事実と違う。そうした状況で「嘘をついた相手を訴えたい」と考える方は少なくありません。嘘の申告に対しては、虚偽告訴罪での告訴や損害賠償請求という手段がありますが、どちらも「申告が客観的な事実に反していたこと」を示す必要があり、条件は思っているより厳しめです。この記事では、相手を訴える2つの道と、その前に確かめておきたいこと、避けたい行動を順に整理します。
本記事は、2025年12月30日に施行された改正ストーカー規制法(警察による職権警告の創設など)を反映し、2026年10月時点の法令に基づいて記載しています。個別の事案での判断は、事情によって異なります。
「嘘の申告」と「受け止め方の違い」を分けて考える
まず整理しておきたいのは、相手の申告のどこが事実と違うのかという点です。ストーカーをめぐる申告では、次のような食い違いが起こりがちです。
- 会っていない日に「待ち伏せされた」とする申告(事実そのものが存在しない場面)。
- 送っていないメッセージを送ったとする申告や、加工した画面の提出(証拠が作られている場面)。
- 連絡の回数や時間帯を実際より多く・遅く述べる申告(事実が誇張されている場面)。
- 連絡の回数や内容は事実どおりで、相手が「しつこい」「怖い」と受け止めている申告(評価が分かれている場面)。
法的に「虚偽」と扱われやすいのは、1つ目と2つ目のように、存在しない事実を述べた場面です。4つ目のように事実そのものは合っていて受け止め方が違うだけの場面は、申告した側の感じ方として述べられたものであり、嘘の申告として責任を問うのは難しいことが多いでしょう。3つ目の誇張は、その程度によって評価が分かれます。
自分では「何もしていない」と感じていても、相手から連絡を断られた後に何度か連絡した事実があれば、その連絡は規制法上の「つきまとい等」として扱われることがあります。訴えることを考える前に、相手の申告と自分の記憶の食い違いが「事実」の違いなのか「評価」の違いなのかを、落ち着いて見分けておくことが出発点になります。
警告は刑罰ではない|申告と警告の関係
ストーカー規制法の警告は、つきまとい等を繰り返さないよう警察が求める行政上の措置であり、刑罰ではありません。警告を受けただけで前科がつくことはなく、警告の段階で刑事手続が始まっているとは限りません。警告の意味や、この先に起こりうることは警察から「警告」を受けた|前科はつくのか、次に何が起きるのかで詳しく解説しています。
また、2025年12月30日施行の改正により、被害を受けている側からの申出がなくても、警察が職権で警告を出せるようになりました。改正前は警告に申出が欠かせなかったため、「警告を受けた=相手が申出をした」と考えやすかったのですが、現在は警察自身の判断で警告に至る経路もあります。誰が何を申告したのかは、警告の際の説明や示された内容から確かめる必要があります。
一方で、警告そのものに直接の罰則はなくても、その後に同じような行為があれば禁止命令が検討され、禁止命令に違反すれば処罰の対象になります。嘘の申告に反論したい気持ちが強いときほど、この流れを踏まえて動くことが大切です。
相手を「訴える」ための2つの道
| 手段 | 内容 | 主に求められること |
|---|---|---|
| 刑事の道(虚偽告訴罪の告訴) | 相手の処罰を求めて捜査機関に申し立てる | 申告が客観的事実に反すること、相手がそれを認識していたこと、処分を受けさせる目的 |
| 民事の道(損害賠償請求) | 精神的苦痛などの賠償を相手に求める | 申告が事実に反し、相手がそれを知っていたか十分な根拠なく申告したこと、損害との結びつき |
どちらを選ぶ場合も、相手の申告が事実に反することをこちらが示す必要があります。2つの道は並行して進めることもできますが、狙いが異なるため、何を目指すのかを先に決めておくと進め方がぶれにくくなります。
刑事の道|虚偽告訴罪
刑法172条は、人に刑事または懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者を、3月以上10年以下の拘禁刑に処すると定めています。成立には、おおむね次の要素がそろう必要があります。
- 申告の内容が客観的な事実に反していること。
- 申告した人が、その内容が事実に反すると認識していたこと。
- 相手に刑事処分または懲戒処分を受けさせる目的があったこと。
- 警察などの捜査機関や、懲戒の権限を持つ機関に対する申告であること。
判例・通説は、「虚偽」を申告者の記憶と違うことではなく、客観的な真実に反することと理解しています。相手が本当にそう感じて申告した場合や、事実の受け止め方が違うだけの場合は、この要件を満たしにくくなります。
警告をめぐる申告では、目的の要件も問題になります。ストーカー規制法の警告は刑事処分ではないため、相手が警告だけを求めて申出をした場合、「刑事処分を受けさせる目的」があったといえるかが争点になりえます。相手が被害届や告訴まで出していた場合や、申告の際に処罰を求める意向を示していた場合は、この点の見通しが変わってきます。
虚偽告訴罪は、嘘の申告をされた本人が告訴することもできます。ただし、正当な被害申告まで萎縮させないよう、捜査機関は慎重に判断する傾向があり、相手が事実を知りながら嘘をついたことを裏づける客観的な資料がないと、立件までの見通しは立てにくいのが実情です。告訴状の書き方は告訴状はどう書くのか|受理されやすい書き方と添付資料、虚偽告訴罪そのものの重さはうその被害届・告訴を出した|虚偽告訴罪の重さで解説しています。
なお、軽犯罪法1条16号は、虚構の犯罪や災害の事実を公務員に申し出る行為を、拘留または科料の対象としています。処分を受けさせる目的までは問わない規定ですが、つきまとい等の申告がこれにあたるかは、申告の内容によって判断が分かれます。
民事の道|損害賠償請求
嘘の申告によって精神的苦痛を受けたり、警察での聴取のために仕事を休まざるをえなかったりした場合、不法行為(民法709条・710条)として損害賠償を求めることが考えられます。
ただし、被害の申告は本来、誰にでも認められた行為です。裁判例では、申告の内容が事実に反するというだけでなく、申告者がそれを知っていた場合や、嫌疑をかけるのに相当な根拠がないまま申告した場合に、違法と評価される傾向があります。相手が不安を感じて申告したこと自体は保護されるため、「結果として警告が不当だった」というだけでは足りないことが多いでしょう。
請求の対象になりうるのは、慰謝料のほか、警察署に出向いた交通費や休業による損失などです。金額は、申告の内容、周囲に知られた範囲、生活への影響などによって幅があります。
申告の外で言いふらされた場合|名誉毀損
相手が警察への申告とは別に、共通の知人や職場、SNSで「ストーカーをされた」と広めている場合は、名誉毀損として削除や損害賠償を求められる場面があります。警察への申告は限られた相手に向けたものですが、第三者に広める行為は別の問題として検討できます。考え方は【男女トラブル】別れた相手が共通の友人に悪口を広めている|名誉毀損になる線、SNSに書かれた場合の対応は【ストーカートラブル】相手が「ストーカーされた」とSNSに書いている|反論してよいかをご覧ください。
訴える前に確かめておきたいこと
訴えるかどうかを決める前に、手元の材料を整理しておくと判断がしやすくなります。
- 警告を受けた日時、担当した警察署と部署、警察から説明された申告の内容。
- 相手とのやり取りの全体(LINEやメール、通話履歴を、自分に不利に見えるものも含めて削除せずに保存したもの)。
- 申告された日時に自分がどこにいたかを示す資料(勤務記録、交通系ICカードの履歴、ドライブレコーダーの映像など)。
- 相手が申告した時期と、金銭の請求や別れ話など、直前に二人の間で起きていた出来事の時系列。
- 周囲に知られた範囲と、仕事や生活に出た具体的な影響。
特に、自分に不利に見えるやり取りを消してしまうと、かえって全体の信用を損ねるおそれがあります。相手が申告に至った経緯、たとえば貸したお金の返還を求めた直後だったといった事情も、申告の目的を考えるうえで手がかりになります。
してはいけないこと|相手への直接の抗議
嘘をつかれたと感じると、相手に「なぜ嘘をついたのか」「訴える」と直接伝えたくなるものです。しかし、警告を受けた後に相手へ連絡したり、自宅や職場に出向いたりすると、その行動自体が新たなつきまとい等とみなされ、禁止命令や検挙につながるおそれがあります。申告が嘘かどうかとは別に、警告後の行動はそれ自体として評価される点に注意が必要です。
共通の知人に伝言を頼む方法も、相手への接触と受け取られることがあります。お金の清算など正当な用件がある場合でも、連絡の仕方には工夫が要ります。詳しくは【刑事事件】元交際相手に荷物やお金の清算で連絡したい|正当な用件でもストーカーと言われる場面で解説しています。相手との連絡が必要なときは、弁護士を窓口にして書面で行う方法が考えられます。
警察に事実を伝え直す方法
相手を訴えるかどうかとは別に、警察に自分の言い分を記録として残しておくことも大切です。警告の際に十分に説明できなかった事情があれば、資料を添えて書面で提出する方法があります。取調べや事情聴取で作られる書面の種類は取調べで作られる書面は調書だけではない|供述書・上申書・捜査報告書の違いで整理しています。
警察が自分についてどのような記録を持っているかは、保有個人情報の開示請求で確かめられる場合があります。ただし、相手に関する情報などは黒塗りになることが多く、全てが開示されるわけではありません。手続の流れは【ストーカートラブル】警察への相談記録を手元に取り寄せる|開示請求の手順と黒塗りの読み方が参考になります。
その後、禁止命令の手続に進み、聴聞の機会が設けられた場合は、そこで反論や資料の提出ができます。聴聞での述べ方は【ストーカートラブル】禁止命令の前の聴聞に呼ばれた|聴聞で述べることで解説しています。
よくあるご質問
警告を受けたことは、勤務先や家族に知られますか
警告は警察から本人に対して行われるもので、通常、警察から勤務先や家族に知らせる性質のものではありません。ただし、相手が共通の知人や職場で話すなどして、周囲に伝わることはありえます。前科や前歴との関係は【刑事事件】ストーカーで前科はつくのか|警告・検挙・起訴の分かれ目と、不起訴になる場合をご覧ください。
相手が「嘘だった」と認めたら、警告はなくなりますか
相手が申告を撤回しても、すでに出された警告がそのまま取り消されるとは限りません。ただ、撤回の事実は、その後に禁止命令などが検討される場面で重要な事情になります。相手が撤回の意向を示した場合は、その内容を書面に残し、警察に伝えておくことが考えられます。なお、刑法173条は、虚偽告訴をした者が、その事件の裁判が確定する前や懲戒処分が行われる前に自白したときは、刑を減軽または免除できると定めています。
訴えると、相手がさらに申告を重ねてくることはありますか
その可能性は否定できません。相手との関係がこじれている場合、請求や告訴をきっかけに新たな申告がなされることもあります。そのため、相手に何かを求めるときは自分で直接動くのではなく、弁護士を通じて書面で行い、やり取りの記録を残しておくことが、自分の身を守ることにもつながります。
いつまでに動けばよいですか
損害賠償請求は、原則として損害と相手を知った時から3年で時効にかかります。虚偽告訴罪の公訴時効は7年ですが、時間がたつほど当時の位置情報や通信記録などの資料は集めにくくなります。訴えるかどうかを決めていない段階でも、記録の保存だけは早めに始めておくのがよいでしょう。
弁護士に相談する意味
嘘の申告で警告を受けたとき、弁護士に相談することで、次のような点を一緒に検討できます。
- 相手の申告が「虚偽」にあたるのか、受け止め方の違いにとどまるのかの見極め。
- 刑事と民事のどちらの道をとるか、あるいはとらないかの判断。
- 警察への説明書面や、開示請求の準備。
- 相手への連絡が必要な場合の、代理人を通じたやり取り。
訴えることは選択肢の一つですが、すぐに結論を出す必要はありません。まずは警告後の行動に注意しながら記録を整え、そのうえで訴える意味があるかどうかを見極めていくことが、現実的な順序といえます。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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