被害届が出される前に返金した|刑事事件化を避けられるのか

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

取引の相手や貸した側から「詐欺ではないか」と言われ、その場で全額を返した。相手が警察に行くと口にしたため、急いで工面して振り込んだ。返してしまえば、警察が動くことはないのではないか。そうした不安を抱えたまま日々を過ごしている方は少なくありません。

 返金は、その後の展開に影響しうる事情です。ただし、返したという一事によって刑事手続が閉じるという性質のものではありません。返金が届く範囲と、届かない範囲があります。

 この記事では、「刑事事件化を避けられるのか」という問いを、事件が動き出す入口ごとに分けて整理します。返金がどこまで働き、どこから先には働かないのかが分かれば、いま何を整えておくべきかも見えてきます。

このような場面を想定しています


 本記事は、次のような状況にある方を念頭に置いています。

・商品や役務を提供できないまま代金を受け取っており、相手から指摘されて全額を返した
・借りた金を返せずにいたところ、被害届を出すと言われて返済した
・受け取った金の一部を先に返し、残りは分割で返すと約束した
・相手の代理人弁護士から通知が届き、指定された口座に振り込んだ
・返金は済んだものの、相手の態度がはっきりせず、その後の連絡が途絶えている

「刑事事件になる」は一つの出来事ではない


 多くの方は「事件になるかどうか」を一つの分かれ道として思い描きます。実際には、いくつかの判断が別々の主体によって重ねられ、その結果として手続が進みます。返金という事実は、そのすべてに同じように届くわけではありません。

段階そこで決まること返金が働きうるか
申告するかどうか被害を届け出るか、処罰を求めるか相手の判断材料になりうる
捜査を始めるかどうか届出以外の情報も含め、捜査に着手するか直接には働かない
犯罪が成立するかどうか受け取った時点の事情から判断される成否そのものは動かない
起訴するかどうか検察官が処分を決める犯罪後の事情として考慮されうる


 返金がもっとも届きやすいのは一段目であり、二段目と三段目には直接には届きません。「返したのに捜査が始まった」という事態は、この構造から生じます。

返金は成立をなかったことにするものではない


 詐欺罪は、人を欺いて財物を交付させた場合に成立し、法定刑は10年以下の拘禁刑と定められています(刑法246条1項)。ここで問われるのは、金銭や物を受け取った時点で、相手を欺く行為があったのか、支払いや履行の意思と態勢があったのかという点です。

 したがって、受け取った後に返したという事情は、成立するかどうかを決める場面には直接には現れません。返金が働くのは、その先の、処分を決める場面です。検察官は、犯罪後の情況などを踏まえて起訴しないという判断をすることができるとされています(刑事訴訟法248条)。被害の回復は、この判断材料の一つとして位置づけられます。

 もっとも、返金の経緯が成立の判断に無関係というわけでもありません。いつ、どのような資金で、どこまで返したのかは、受け取った当時にどれだけの意思と態勢があったのかを推し量る材料として読まれることがあります。返した事実だけでなく、その中身が見られると考えておいた方が実際に近いといえます。

それでも返金に意味がある理由


 一段目、つまり警察に申告するかどうかを決めるのは相手方です。損害が回復し、説明にも納得できたという場合に、届け出ないという選択がなされることはあります。事実として、申告に至らないまま収まる場面は存在します。

 ただし、その判断はこちら側で動かせるものではありません。返金を受けたうえで、なお申告するという選択も同じようにありえます。返金は相手の判断に働きかける事情ではあっても、結論を決める力を持つものではない、という距離感で捉えておくのが安全です。

被害届は入口の一つにすぎない


届出がなくても捜査は始まりうる


 司法警察職員は、犯罪があると思料するときは犯人及び証拠を捜査するものとされています(刑事訴訟法189条2項)。被害者の届出は捜査のきっかけの一つであって、条件ではありません。また、何人でも犯罪があると思料するときは告発をすることができ、公務員は職務上その事実を知ったときに告発をしなければならないと定められています(同法239条)。被害を受けた本人以外の人物が端緒となる場面があるということです。

振込を伴う場面


 金銭が口座を通じて動いている場合には、別の仕組みも関係します。金融機関は、犯罪に利用された疑いがあると認める口座について取引の停止等の措置を講ずるものとされており、その過程で捜査機関との間に情報のやり取りが生じることがあります。加えて、金融機関などの事業者には、収受した財産について疑いがあると認められる場合に行政庁へ届け出る義務が法律上定められています。相手が届け出るかどうかとは別の経路が存在するということです。

別の事件から結び付くこと


 同じ相手方との取引が複数あった場合や、関係者が別の件で事情を聴かれた場合に、その供述や押収された記録から結び付くことがあります。返金した相手が一人であっても、同種のやり取りが他にもあれば、そちらから動く可能性は残ります。

 被害届が出ていないことと、刑事事件化しないことは同じではありません

「被害届を出さない」という約束の限界


 示談の際に、被害届を提出しない旨を書面に入れることがあります。これは当事者間の約束であり、意味のない条項ではありません。ただし、捜査機関を拘束するものではないという性質を理解しておく必要があります。

 被害の届出があったときは、管轄区域の事件であるかどうかを問わずこれを受理しなければならないとされています(犯罪捜査規範61条1項)。約束があっても、届出そのものを妨げる仕組みにはなっていません。

 また、詐欺罪は告訴がなくても起訴することのできる罪です。告訴は公訴の提起があるまで取り消すことができますが(刑事訴訟法237条1項)、取消しや取下げがあれば手続が当然に終わるという構造にはなっていません。処罰を求める気持ちが和らいだという事情として考慮されるにとどまります。

返金と示談は同じではない


 金銭を渡しただけでは、何のための支払いであったのかが残りません。後になって、こちらは被害の弁償として返したつもりであったのに、相手は貸金の一部返済にすぎないと述べる、といった食い違いが生じます。捜査機関から尋ねられたときに、双方の説明が食い違えば、返金の事実そのものが争点になりかねません。

 少なくとも、いつ、いくらを、どの範囲の清算として支払ったのかを書面に残し、受領した旨の記載を得ておくことが望まれます。相手が許すという趣旨の記載に応じてくれるかどうかは相手方次第ですが、金額と範囲の記録は、応じてもらえる場面が比較的多いといえます。

「返せば届け出ない」と言われたとき


 相手から、期限までに返金すれば警察には行かないと告げられる場面があります。急かされている状況では、条件の中身を確かめないまま送金してしまいがちです。

 確認しておきたいのは、支払う金額の内訳と、それによってどの範囲が清算されるのかという二点です。ここが曖昧なままだと、支払いを終えた後に、迷惑をかけられた分は別だとして追加の請求を受けることがあります。金額の大小よりも、範囲が定まっているかどうかの方が後に響きます。

 条件が口頭でのみ示されている場合には、支払いの前に書面の形にしておきたいところです。相手が書面を嫌がる、金額の根拠を示さない、期限だけを繰り返し強調するといった状況では、その場で応じる前に弁護士に相談する価値があります。

返し方が新しい問題を生むことがある


 急いで返そうとした結果、別の問題が重なってしまう例もあります。次のような点には注意が必要です。

・本人から繰り返し連絡を取ることで、相手の不安が強まり、かえって申告の契機になることがある
・届け出ないよう求める言い方が度を越すと、その言動自体が別の問題として扱われることがある
・受け取りを断られたのに現金を置いてくるなど、一方的な渡し方は記録として残りにくい
・返す資金を新たな取引で作ろうとすると、そこで別の問題が生じることがある
・相手方に代理人が就いている場合に、本人が直接連絡を続けると交渉自体が止まる

 返す前に、誰を窓口として、どの範囲を清算するのかを決めておく方が、結果として整理が早く進みます

時間が経ってから動くこともある


 詐欺罪の公訴時効は7年とされています(刑事訴訟法250条2項4号)。返金から一年、二年と何もないまま過ぎたとしても、その後に別の端緒から連絡が来る可能性が残ります。

 年月が経つほど、当時の資料は失われ、記憶も曖昧になります。やり取りの履歴、振込の記録、当時の資金の状況を示す資料を、返金の時点で手元に残しておくことには意味があります。返した事実を裏付けられるかどうかが、後の説明の土台になります。

返金の前後に整理しておきたいこと


 次の点を書き出しておくと、弁護士に相談する際にも、捜査機関から尋ねられた際にも役立ちます。

・いつ、どのような約束で、いくらを受け取ったのか
・受け取った当時の収入や資金の状況はどうであったか
・履行できなくなったのはいつで、その原因は何か
・相手にどのように説明し、相手は何と述べていたのか
・返した金額とその根拠、返済に充てた資金の出どころ
・やり取りの履歴や振込の記録がどこに残っているか

避けたい対応


 反対に、次のような対応は状況を難しくしがちです。

・返したのだから終わったものとして、記録を残さないまま放置する
・相手の求めるまま、根拠のはっきりしない金額を追加で支払い続ける
・説明の内容を場面ごとに変えてしまう
・警察から連絡が来た段階で、都合の悪い記録を削除する
・相手の周囲の人に働きかけて、申告を思いとどまらせようとする

まとめ


 本記事の要点は次のとおりです。

・返金は、相手が申告するかどうかの判断には届きうるが、捜査の開始や犯罪の成否には直接には届かない
・詐欺罪の成否は、金銭を受け取った時点の事情によって判断される
・返した事実は、処分を決める場面で犯罪後の事情として考慮されうる
・被害届は捜査の入口の一つであり、届出がなくても手続が始まる経路がある
・被害届を出さないという約束は、捜査機関を拘束するものではない
・金額と清算の範囲を書面に残しておかなければ、後から評価が食い違う
・返金から年月が経ってから連絡が来ることもあり、資料の保存には意味がある

 返金を済ませた後に不安が残るのは、返したこと自体が正しかったかどうかではなく、それがどう受け取られるのかが分からないからだと思われます。手元の資料を整理し、経緯を時系列で説明できる形にしておくことは、事件化した場合にもしなかった場合にも役立ちます。判断に迷う段階でご相談いただければ、そのための準備からお手伝いできます。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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