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刑事事件の報道では「検察側は懲役○年を求刑した」という言葉をよく目にします。法廷で当事者としてこの数字を聞いた方や、ご家族から伝え聞いた方が、その年数がそのまま刑として決まったものと受け取ってしまうことは少なくありません。
しかし、求刑と判決は、述べる人も、法的な意味も、争う手段も異なります。求刑は当事者の一方である検察官が述べる意見であり、刑を決めるのは裁判所です。
この記事では、求刑が法廷のどの場面で述べられるのか、求刑と判決がどのような関係にあるのか、「求刑の8割」と言われてきた経験則が何を指しているのか、そして求刑を超える判決がどのように扱われてきたのかを、条文と公表資料に沿って整理します。
この記事で扱うこと
- 求刑が述べられる場面と、その根拠となる規定。
- 求刑と判決の法的な位置づけの違い。
- 「求刑の8割」と言われてきた経験則が何を指しているのか。
- 求刑を超える判決がどのように扱われてきたのか。
一方で、刑の重さがどのような順序で決まるのか、執行猶予が付く条件、第1回公判で何が行われるのか、判決文をどう読むのか、判決に納得できない場合の控訴の判断材料については、それぞれ別の記事で扱っています。ここでは求刑と判決の関係に絞って整理します。
求刑は法廷のどの場面で述べられるのか
証拠調べがすべて終わると、検察官が事実および法律の適用について意見を述べます。刑事訴訟法293条1項は、この意見の陳述を検察官が行うものとして定めています。実務ではこの意見全体を論告と呼び、その末尾で述べられる「被告人を拘禁刑○年に処するのが相当である」という部分を求刑と呼んでいます。
注意したいのは、条文に「求刑」という言葉自体は置かれていない、という点です。求刑は、法律の適用についての意見の一部として実務上定着してきた運用であり、独立した申立てや請求として法律に設けられた制度ではありません。この位置づけが、後で述べる「裁判所を拘束しない」という性質につながっています。
弁護人の側も刑についての意見を述べる
同じ293条の2項は、被告人および弁護人が意見を述べることができると定めています。これが弁論と最終陳述にあたります。かつては「寛大な処分を求める」といった述べ方も多かったとされますが、裁判員裁判の導入以降は、弁護人の側も具体的な刑を挙げて意見を述べる運用が広がったと言われています。
最高裁判所が令和元年に公表した「裁判員制度10年の総括報告書」でも、量刑検索システムなどを用いて導いた量刑の大枠を示したうえで、事案の相対的な位置づけを検討し、最後に具体的な刑量を求刑あるいは量刑意見として述べる、という流れを意識した訴訟活動が増えたことが指摘されています。求刑も弁護人の意見も、同じ組み立て方で示されるようになってきたということです。
求刑と判決は何が違うのか
| 比べる点 | 検察官の求刑 | 裁判所の判決 |
|---|---|---|
| 述べる人 | 当事者の一方である検察官 | 中立の立場にある裁判所 |
| 行われる場面 | 証拠調べが終わった後の論告の末尾 | 弁論が終わった後の判決宣告 |
| 主な根拠となる規定 | 刑事訴訟法293条1項(意見の陳述) | 刑事訴訟法333条・335条ほか |
| 性質 | どの刑が相当かについての意見 | 事件についての裁判所の判断 |
| 法的な効力 | 裁判所を拘束しない | 確定すれば刑の執行の対象となる |
| 不服の申立て | 求刑そのものを争う手続はない | 控訴・上告の対象となる |
| 超えられない枠 | 法定刑(調整後の枠)の範囲 | 法定刑(調整後の枠)の範囲 |
両者の違いは、数字が大きいか小さいかではなく、一方が当事者の意見であり、他方が裁判所の判断であるという点にあります。求刑が重いと感じたとしても、求刑そのものを不服として争う手続は用意されていません。争う対象になるのは、あくまで裁判所が言い渡した判決です。
裁判所は求刑に拘束されない
裁判所は、検察官の求刑に法的に拘束されません。法定刑の範囲内であれば、求刑を下回る刑を言い渡すことも、求刑と同じ刑を言い渡すことも、求刑を上回る刑を言い渡すこともできます。そもそも有罪か無罪かの判断自体が裁判所に委ねられていますから、求刑が述べられた事件で無罪の判決が言い渡されることもあります。
求刑にも判決にもかかる共通の枠がある
もっとも、求刑と判決には共通する外枠があります。それぞれの罪について法律が定めた刑の幅、つまり法定刑(未遂や自首などによる減軽が働く場合はその調整後の枠)です。求刑がこの枠を超えることは想定されておらず、判決がこれを超えれば違法になります。
2021年には、上限が懲役2年と定められていた罪について、検察官が懲役2年6か月を求刑し、裁判所も同じ年数の刑を言い渡してしまった事例が公表されています。誤りは判決の言渡し後に判明し、検察官と弁護人の双方が控訴して是正されました。例外的な出来事ですが、法定刑という枠が求刑と判決の双方にかかることと、求刑の数字が裁判所の判断に事実上の影響を与えうることの両方を示す例といえます。
「求刑の8割」と言われてきた理由
実刑になる事件では、判決の刑期が検察官の求刑の7割から8割程度に落ち着くことが多い、という言い方は、法律事務所の解説でもよく用いられます。地域によって割合の感覚が違うと語られることもあります。ただしこれは、法律や規則に根拠のある比率ではなく、実務家の経験則として語られてきたものです。
なぜ近い数字になりやすいのか
求刑と判決が近い値になりやすいのは、双方が同じ土台の上で組み立てられているためだと考えられます。日本の刑法は、一つの条文が幅の広い法定刑を定め、その幅の中での位置づけを裁判所に委ねる構造をとっています。そのため、同じ種類の事案について裁判例が積み重なり、犯罪類型ごとの量刑の傾向が形づくられてきました。
検察官も裁判所も、この傾向を出発点として、その事件が同種の事案の中でどこに位置するのかを検討します。出発点が共通していれば、結論として出てくる数字も近くなりやすいわけです。つまり、判決が求刑に引き寄せられているというより、求刑と判決が同じものさしを参照しているという理解のほうが実情に近いといえます。
比率から刑期を逆算することはできない
この経験則は、求刑に一定の割合を掛ければ判決が算出できる、という意味ではありません。同じ罪名でも事案の内容によって幅は大きく異なりますし、争いのある事件かどうか、前科の有無、被害の回復状況によっても結論は変わります。求刑の半分程度になる事件もあれば、求刑と同じ刑になる事件もあります。数字の割合は、結果を振り返ったときに見えてくる傾向であって、見通しを立てるための計算式ではありません。
「求刑どおり」の判決が意味すること
求刑と同じ年数の判決が言い渡されることもあります。ここで気をつけたいのは、刑期が求刑と同じであっても、執行猶予が付いていれば、そのまま刑事施設に収容されるわけではないという点です。実務では、執行猶予が相当と考えられる事件では刑期が求刑と同じ年数になることが少なくない、とも言われています。
また、検察官が論告の中で「執行猶予が相当である」という意見まで述べることは、通常はありません。そのため、求刑の数字だけを見ても、実刑になるのか執行猶予が付くのかまでは読み取れないことになります。刑の全部の執行を猶予できる範囲は法律で定められており、その条件については別の記事で扱っています。
求刑を超える判決はどう扱われてきたか
求刑を上回る刑を言い渡すこと自体は、違法ではありません。ただし、実際に多く見られる出来事ではなく、とくに裁判員制度の導入前の裁判官のみによる裁判では例が少なかったとされています。
最高裁判所事務総局が平成24年12月に公表した「裁判員裁判実施状況の検証報告書」では、裁判員裁判の対象となる事件について、求刑どおりまたは求刑を超える判決の割合が、制度施行前の裁判官のみによる裁判では2.1%であったのに対し、施行後3年間の裁判員裁判では5.9%に増えたことが示されていました。市民が量刑の判断に加わるようになったことで、それまでの傾向とは異なる判断が出る場面が増えたと見られています。
量刑の傾向から踏み出すには理由の説明が求められる
この点について考え方を示したのが、平成26年7月24日の最高裁判所の判決です。幼い子どもに対する傷害致死の事案で、次のような経過をたどりました。
| 手続の段階 | 言い渡された刑 |
|---|---|
| 検察官の求刑 | 夫婦それぞれに懲役10年 |
| 第1審(裁判員裁判) | それぞれ懲役15年 |
| 控訴審 | 第1審の量刑を維持し、控訴を棄却 |
| 上告審(最高裁判所) | 第1審判決と控訴審判決を破棄し、懲役10年と懲役8年 |
最高裁判所は、これまでの量刑の傾向から踏み出して求刑を大きく超える刑を言い渡すのであれば、具体的で説得的な根拠を示す必要があるという考え方を示し、その説明がされているとはいい難いとして、第1審判決と控訴審判決を破棄しました。
この判断は、求刑を超えること自体を禁じたものではありません。裁判員裁判では、これまでの量刑に変化が生じうることも当初から想定されていたとしたうえで、他の裁判との公平が保たれている必要があるという観点から、傾向を離れた判断をする場合には理由の説明が求められる、と整理したものと理解されています。求刑は、この「これまでの量刑の傾向」を反映した数字として、判断の目安の一つになっているといえます。
上訴審には別の制限がある
なお、第一審では求刑を上回る判決もありうる一方で、被告人の側だけが控訴した事件について、控訴審が第一審の刑より重い刑を言い渡すことはできません(刑事訴訟法402条)。判決に納得できない場合の控訴の判断材料は、別の記事で扱っています。
求刑を聞いたときに確かめておきたいこと
- 刑の種類を確認します。拘禁刑なのか罰金なのか、両方が求められているのか、没収や追徴、訴訟費用の負担についての意見が含まれているかで、判決の内容も変わってきます。
- 求刑の年数が、その罪の法定刑の幅のどのあたりに位置しているかを確認します。同じ「懲役3年」でも、上限に近い求刑なのか、幅の下のほうなのかで意味が違います。
- 論告の中で、検察官がどの事実を重く評価しているのかを読み取ります。数字よりも、その理由づけのほうが弁論の組み立てに関わります。
- 弁護人がどのような意見を述べる予定かを確認します。具体的な刑を挙げるのか、どの事情を対置するのかは、事案によって選択が分かれます。
- 論告と弁論が行われる期日までに間に合う事情が残っていないかを確認します。示談や被害の弁償、生活環境の調整などは、審理が終わる前に示せるかどうかで扱いが変わります。
誤解されやすい点
- 求刑は決まった刑ではなく、刑を決めるのは裁判所である。
- 「8割」は目安として語られてきた経験則であって、計算式ではない。
- 求刑と同じ年数の判決でも、執行猶予が付けばそのまま収容されるわけではない。
- 求刑そのものに対する不服申立ての手続はなく、争う対象は判決である。
- 求刑が述べられたことは、有罪であることが確定したという意味ではない。
まとめ
- 求刑は、証拠調べの後に検察官が述べる意見の一部であり、条文上は事実および法律の適用についての意見として位置づけられている。
- 刑を決めるのは裁判所であり、裁判所は求刑に法的に拘束されない。
- 求刑にも判決にも、法定刑という共通の枠がかかる。
- 「求刑の7割から8割」は実務家の経験則であり、法令に根拠のある比率ではない。
- 求刑と判決が近い値になりやすいのは、双方が同種事案の量刑の傾向という共通の土台を出発点にしているためと考えられる。
- 求刑と同じ年数の判決でも、執行猶予が付くかどうかで意味は大きく変わる。
- 求刑を上回る判決は違法ではないが、量刑の傾向から踏み出す場合には具体的で説得的な根拠を示す必要があるとされている。
- 求刑の数字そのものよりも、論告で何が重く評価されたのかを読み取り、弁論に向けて材料を整えることのほうが実際的な意味を持つ。
求刑を聞いた直後は、その数字だけが頭に残りやすい時期です。もっとも、判決までに示せる事情が残っている場面もありますし、論告の内容から、裁判所がどの点を検討することになるのかを読み取れる場合もあります。
当事務所では、刑事事件について、捜査段階だけでなく起訴後の公判段階からのご相談もお受けしています。求刑の内容をどう受け止めればよいか、判決までに何を準備できるかについて、記録と事案に即してご説明します。ご本人からのご相談のほか、ご家族からのご相談にも対応しています。


