薬物事件に「示談」はない|それでも弁護士に依頼する意味
取調べを受けた後になって、自分が何という書面に署名したのか思い出せない、という相談は珍しくありません。捜査の過程で作られる書面は供述調書だけではなく、名称も作り方も異なる複数の書面が並行して作られています。
書面ごとに、文章を書くのが誰か、誰の言葉として記録に残るのか、本人の署名押印を求められるのかが違います。この違いを知らないまま応じてしまうと、後から「そういう意味で話したのではない」と説明することが難しくなります。
この記事では、供述調書と供述書の違いを軸に、上申書や捜査報告書を含めた書面の種類を、条文と実務上の扱いから整理します。個別の事件でどう対応するかは事情によって変わりますので、判断に迷う場面では早い段階で弁護士に相談することをおすすめします。
この記事で整理する書面
取調べの前後で作られる書面のうち、相談の場で名前が挙がることが多いものを取り上げます。
- 逮捕された直後に作られる弁解録取書。
- 取調官が聴き取った内容をまとめる供述調書。
- 本人が自分の手で書く供述書。
- 自発的に提出する形をとる上申書。
- 取調べの経過を記録する取調べ状況報告書や余罪関係報告書。
- 捜査機関が捜査の経過や結果を記録する捜査報告書や実況見分調書。
示談書や謝罪文のように、事件処理の別の場面で作られる書面もありますが、ここでは取調べに関わる書面に絞って整理します。
書面を見分ける三つの物差し
書面の名称は事件や担当者によって揺れがあり、名称だけを覚えても区別がつきにくいところがあります。次の三点で見ると、どの書面も同じ枠組みで整理できます。
文章を書くのは誰か
捜査官が文章を作る書面と、本人が自分で書く書面があります。同じ内容を話していても、どちらの形で残るかによって、後から「その表現は自分の言葉ではない」と主張できる余地が変わります。
誰の言葉として記録に残るのか
供述調書や供述書は、話した本人の言葉として残ります。これに対して捜査報告書は、捜査官が見聞きしたことを捜査官の言葉として残す書面です。同じ出来事を書いていても、後で証拠として扱われるときの筋道が異なります。
署名押印を求められるか
署名押印を求められる書面は、その場で内容を確認する機会があります。逆に、署名を求められない書面は、本人が中身を見ないまま記録に残ることになります。署名を求められない書面ほど、後から中身を確かめにくいという関係にある点に注意が必要です。
取調べの前後で作られる主な書面
| 書面の名称 | 文章を書く人 | 主な内容 | 本人の署名押印 |
|---|---|---|---|
| 弁解録取書 | 捜査機関 | 逮捕の理由となった事実に対する言い分 | 求められる |
| 供述調書 | 捜査機関 | 聴き取った内容を一人称の文章にまとめたもの | 求められる |
| 供述書 | 本人 | 本人が自分で書いた文章 | 求められることが多い |
| 上申書 | 本人・家族・弁護人など | 自発的に提出する事実の説明や意見 | 作成者が署名する |
| 取調べ状況報告書 | 捜査機関 | 取調べの日時・場所・調書作成の有無 | 求められることがある |
| 捜査報告書 | 捜査機関 | 捜査の経過や結果の報告 | 求められない |
| 実況見分調書 | 捜査機関 | 現場や物の状況の記録 | 求められない |
同じ「調書」という言葉が使われていても、供述を記録する書面と、現場の状況を記録する書面とでは性質が異なります。
供述調書はどのように作られるか
刑事訴訟法198条3項は、被疑者の供述は調書に録取することが「できる」と定めています。作成するかどうかは捜査機関の判断によるため、取調べのたびに調書が作られるとは限りませんし、本人が作ってほしいと求めて作られるものでもありません。
取調官がまとめた一人称の文章になる
供述調書は、質問と回答をそのまま並べた形ではなく、取調官が聴き取った内容のうち必要と判断した部分を、一人称の文章に組み直して作られるのが一般的です。書面の外形は本人が書いたように見えますが、文章を構成しているのは取調官です。言い分が対立している場面では、質問と回答をそのまま残す問答形式で作られることもあります。
事件に関する調書と身上に関する調書
被疑者の取調べでは、事件の内容に関する調書のほかに、生い立ちや職歴、家族関係などをまとめた調書が別に作られる扱いが一般的です。後者は身上調書などと呼ばれます。警察官が作成したものは員面調書、検察官が作成したものは検面調書と呼び分けられ、公判での扱いも条文上は区別されています。
被害者や目撃者にも同じ手続がとられる
被疑者以外の参考人の取調べについては、刑事訴訟法223条2項が198条3項から5項までを準用しています。調書を読み聞かせて誤りがないかを確認し、増減変更の申立てがあればその供述を調書に記載する、という流れは共通です。なお、198条2項の黙秘権の告知は準用の対象に含まれていません。読み聞かせと訂正の場面での対応は、別の記事で詳しく扱っています。
供述書は「自分で書く」点が違う
供述書は、本人が自分の手で書いた文章です。取調官が文章を作る供述調書とは、この点が最も大きく異なります。
条文上の位置づけ
刑事訴訟法322条1項は、被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものについて定めています。この「署名若しくは押印」の要件は、供述を録取した書面、つまり調書にかかるものであって、本人が自分で作成した供述書には求められないと解されています。本人が自分で書いたという点そのものに信用性の根拠が置かれているためです。
身近な場面にもある
交通違反の反則切符にも供述書の欄があります。警察の内部の通達では、この欄が刑事訴訟法322条1項の供述書に当たるものとして違反者が任意に作成する書類であること、署名とともに求められる押印や指印は本人が作成したことを確認する目的で任意に行われるものであること、押印を断ったことだけを理由に証拠能力が直ちに否定されるわけではないことが説明されています。
実務上どう受け止めるか
供述書は、書く分量も表現も本人に委ねられる書面です。もっとも、下書きや見本を示され、その通りに書き写す形で作成される場合もあります。そのようにして作られた文章でも、外形上は本人が自分の言葉で書いた書面として残ります。何を書くか迷う内容であれば、その場で書き上げてしまう前に、弁護人に相談する時間をとる余地があるかを確認しておくとよいでしょう。
上申書は書面の種類ではなく提出の形
上申書という言葉は、捜査機関や裁判所に対して自発的に書面を差し出すという提出の形を指す呼び方です。法律で内容や書式が決まった書面の種類ではないため、誰がどの場面で出すかによって意味が変わります。
誰が書くかで役割が変わる
取調べの場で本人が書くよう求められる上申書は、内容としては供述書に当たり得るものです。一方で、被害を受けた方が示談の後に処罰を望まない意思を記す書面、家族や勤務先が本人の生活状況や監督の意思を記す書面、弁護人が処分について意見を述べる書面も、いずれも上申書と呼ばれることがあります。同じ名称でも、方向がまったく逆になります。
提出は法律上の義務ではない
上申書の提出を義務づける規定はありません。書き始めた後で書くのをやめることもできます。一方で、いったん提出した書面の内容を後から取り消す手続も用意されていません。別の書面を出して説明を補うことは考えられますが、先に出した書面が記録から消えるわけではなく、内容が食い違えば、なぜ変わったのかを説明する負担が生じます。
捜査報告書は捜査官の言葉として残る
捜査報告書は、捜査の内容や結果を上司に報告するために捜査機関が作成する書面です。犯罪の発生状況、被疑者が判明した経緯、写真の撮影状況など、内容は多岐にわたります。
証拠としての扱われ方
捜査報告書は、通常、作成者である捜査官自身の供述書として、刑事訴訟法321条1項3号によって証拠能力が判断されます。内容が現場の状況を記録した実況見分調書の実質を持つ場合には、同条3項によって判断される場合もあります。いずれにしても、本人の署名押印は関係しません。
本人が中身を確認する機会がない
供述調書であれば、署名を求められる前に読み聞かせや閲覧の機会があります。捜査報告書にはその手続がありません。取調べの際に話した内容が、調書ではなく捜査報告書の形で残っている場合もあり、本人が内容を知るのは公判段階の証拠開示を待つことになるのが通常です。
実況見分調書に含まれる説明部分
実況見分調書には、立ち会った人の説明が書き添えられることがあります。この部分は現場の客観的な記録ではなく供述としての性質を持ちますが、立会人の署名押印は付されないのが通常です。そのため、公判で争う事件では、弁護人がその説明部分だけを証拠とすることに同意しない対応をとることがあります。
取調べの経過を記録する書面
供述の中身ではなく、取調べがいつどこで行われたかを記録する書面もあります。
取調べ状況報告書と余罪関係報告書
犯罪捜査規範182条の2は、逮捕や勾留により身柄を拘束されている被疑者を取調べ室などで取り調べたときは、取調べを行った日ごとに取調べ状況報告書を作成しなければならないと定めています。逮捕や勾留の理由となっている事実以外の犯罪について供述調書を作成したときは、余罪関係報告書もあわせて作成することとされています。身柄を拘束されていない被疑者についても作成する運用を通達で定めている都道府県警察があります。
不開示要望書
同条3項は、被疑者などが特定の供述調書の存在や内容を捜査機関以外の第三者に明らかにしてほしくないという意思を示したときは、不開示要望書を作成させ、署名指印させるものとしています。取調べの場では、供述の中身を書く書面以外にも署名を求められる場面があるということです。
書面は後にどう並ぶのか
起訴された場合、これらの書面は証拠として整理され、一覧の形で裁判所に示されます。実務では、犯罪事実に関する証拠と、被告人の供述調書や供述書、身上関係の証拠とが分けて扱われ、一覧表では検察官面前調書を「検」、司法警察員面前調書を「員」、捜査報告書を「報」、実況見分調書を「実」と略記する運用が知られています。
どの書面をどの範囲で証拠とすることに同意するかは、弁護人と協議して決める場面です。取調べの段階で作られた一枚の書面が、後にこの一覧のどこに並ぶのかを意識しておくと、その場での判断の重みが見えやすくなります。
その場で確認しておきたいこと
書面を示されたときに確認しておくと、後の説明がしやすくなる項目を挙げます。
- 書面の表題は何か。
- 文章を書くのは自分か、捜査官か。
- 署名押印を求められる書面かどうか。
- 控えや写しを受け取れるか。
- 作成した日付と担当された方の氏名。
控えを受け取れない場合でも、日付と表題、書いた内容の要点を自分のメモに残しておくと、後から弁護人に説明する際の手がかりになります。
誤解されやすい点
- 署名しなければ何も残らない、というわけではありません。署名を求められない書面が並行して作られています。
- 押印だけを断れば足りる、というものでもありません。条文は署名または押印のどちらかがあることを前提としています。
- 上申書は有利にはたらくとは限りません。取調べの場で書くよう求められる上申書は、内容としては供述書に当たり得るものです。
- 捜査報告書は自分の話が書かれていても、本人が訂正を申し立てる手続は用意されていません。
- 一度出した書面を取り消す手続はありません。後から別の書面を出す場合、食い違いの説明を求められます。
弁護士に相談するタイミング
書面の性質は、示された時点では判断しにくいことが多くあります。呼び出しの連絡を受けた段階や、初回の取調べの前に相談しておくと、どの書面にどう向き合うかを事前に整理できます。すでに署名した後であっても、何という書面にどの範囲で署名したのかを確認し、その後の対応を組み立てる余地は残ります。
当事務所では初回の相談を無料でお受けしており、お問い合わせは24時間受け付けています。身柄を拘束されている場合の接見にも対応しています。
まとめ
- 取調べで作られる書面は供述調書だけではなく、供述書、上申書、捜査報告書などが並行して作られます。
- 供述調書は取調官が一人称の文章にまとめる書面で、刑事訴訟法198条3項に根拠があります。
- 供述書は本人が自分で書く書面で、322条1項の文理上、署名押印は要件とされていないと解されています。
- 上申書は書面の種類ではなく提出の形を指す呼び方で、誰が書くかによって役割が変わります。
- 捜査報告書は捜査官の言葉として残る書面で、本人が内容を確認する手続はありません。
- 書面を示されたときは、表題、書く人、署名の要否、控えの有無を確認しておくと後の説明がしやすくなります。
どの書面についても、その場で判断を迫られる状況では冷静に見分けることが難しいものです。書面の名称に心当たりがない、あるいは署名した内容に不安が残るという場合は、早い段階で弁護士にご相談ください。


