【刑事事件】同意書を作れば安心か|性行為の同意書が持つ意味と限界

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

本記事は、2026年10月時点の法令に基づいて作成しています。不同意性交等罪・不同意わいせつ罪は、2023年7月13日施行の改正刑法により新設された罪です。また、2025年6月1日からは、法定刑の「懲役」が「拘禁刑」に改められています。個別の事案での結論は事情によって異なりますので、具体的なご相談は弁護士にお問い合わせください。


「後で訴えられないように、相手に同意書を書いてもらっておきたい」。マッチングアプリで知り合った相手との関係や、職場の同僚との交際を前にして、このようなご相談をいただくことがあります。反対に、「交際相手から性行為の同意書へのサインを求められたが、署名したら後で断れなくなるのか」と不安を抱えてご相談に来られる方もいます。

 同意書を作れば「同意があった」という証拠が残る、という説明は、それ自体が誤りというわけではありません。書面は、作成した時点で当事者がどのような意思を示していたかを伝える資料の一つになりえます。ただ、刑法が問題にしているのは書面の有無ではなく、性的な行為が行われたその時点で、相手が自由に意思を決められる状態にあったかどうかです。この点を押さえずに同意書に頼ると、思わぬところで安心が崩れることがあります。

 この記事では、性行為の同意書が刑事・民事の両面でどのような意味を持ち、どこに限界があるのかを、書面を求める側・求められる側の双方の視点から整理します。不同意性交等罪の8つの事由の読み方や、飲酒が絡む場面での判断については、それぞれ別の記事で詳しく扱っていますので、あわせてご覧ください。

なぜ同意書が話題になるのか|改正刑法が「同意」を中心に置いた

暴行・脅迫がなくても成立する罪になった

 2023年の刑法改正で、それまでの強制性交等罪・準強制性交等罪は不同意性交等罪に、強制わいせつ罪・準強制わいせつ罪は不同意わいせつ罪に改められました(刑法177条、176条)。改正後の条文は、暴行・脅迫のほか、アルコールや薬物の影響、睡眠、立場上の影響力による不利益の憂慮など8つの行為・事由を例に挙げ、それらによって「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」にさせ、またはその状態に乗じて性的な行為をした場合に罪が成立すると定めています。

 法定刑は、不同意性交等罪が5年以上の有期拘禁刑、不同意わいせつ罪が6月以上10年以下の拘禁刑で、いずれも罰金刑はありません。婚姻関係の有無にかかわらず成立することも条文に明記されました。公訴時効も延長され、不同意性交等罪は15年とされています(刑事訴訟法250条3項)。

 こうした改正を受けて、「後から同意がなかったと言われたら防ぎようがないのではないか」という不安が広がり、その対策として、同意書やスマートフォンのアプリでの同意記録が話題にのぼるようになりました。8つの事由の具体的な読み方は、どの類型で立件されているのか|不同意性交等罪の8つの要因の読み方で解説しています。

同意の有無は「行為のその時」で判断される

 同意書について考えるうえで最も大切なのは、刑法が見ているのは性的な行為が行われた時点の状態だという点です。事前に「同意します」と書いた人でも、行為の時点で酔いつぶれていた、恐怖で体が動かなかった、途中で「やめてほしい」と伝えた、といった事情があれば、その時点では同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態にあったと評価される可能性があります。

 同意は一度与えれば終わるものではなく、行為の間を通じて存在している必要があると考えられています。一般に、同意はいつでも撤回でき、撤回の後に続けた行為は同意のない行為として扱われうるとされています。書面に署名したことが、その後の拒絶を打ち消す効果を持つわけではありません。拒絶の言葉がなかった場合の考え方は、拒絶の言葉がなかった|「同意しない意思の形成・表明・全うが困難」の意味をご覧ください。

同意書が持つ意味|判断材料の一つとして残る

作成した時点の意思を示す資料にはなりうる

 同意書がまったく無意味というわけではありません。相手が落ち着いた状態で、内容を理解したうえで自ら署名したのであれば、少なくともその時点で性的な関係を持つことについて前向きな意思を示していた、という事情を示す資料にはなりえます。捜査や裁判では、当事者の供述だけでなく、こうした客観的な資料も含めて事実が認定されます。

 また、行為をした側が「相手は同意している」と考えていたことの裏付けとして、同意書が意味を持つ場面も考えられます。不同意性交等罪は故意犯であり、相手が同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態にあることの認識が必要とされるためです。もっとも、行為の時点で相手の様子に明らかな変化があったのに、書面があることを理由に続けたという場合には、書面が認識を否定する材料になることは期待しにくいでしょう。「同意があったと思っていた」という主張が争点になる場面は、「同意があったと思っていた」|不同意性交等罪で争点になる事情で整理しています。

前後のやり取りと組み合わさって初めて重みが出る

 同意の有無を判断する材料として重視されやすいのは、書面単体よりも、行為の前後を通じた当事者の関係や行動の流れです。会う約束をしたときのメッセージ、当日の飲酒の量や移動の経緯、行為の後の連絡のやり取りといった事情が、同意書の内容と整合しているかどうかが見られます。

 同意書は、ほかの事情と矛盾しない限りで補強材料になるものであり、単独で結論を決める決め手にはならないと考えておくのが現実的です。反対に、書面の内容と前後の事情が食い違っていれば、「なぜこのタイミングで同意書を書いてもらったのか」という点に注目が集まることもあります。

同意書の限界|書面があっても判断が変わらない場面

 同意書の限界がはっきり表れるのは、次のような場面です。

場面同意書の位置づけ
署名の後に相手が泥酔した・眠ってしまった行為の時点の状態が優先され、署名は判断を左右しにくい
上司と部下など立場に差がある署名そのものが不利益を憂慮した結果と評価されるおそれがある
署名の後に「やめて」と言われた撤回の後の行為は同意のない行為と扱われうる
書面にない行為や撮影をした書面の範囲を超えた部分には及ばない
相手が16歳未満同意の有無を問わず罪が成立しうるため意味を持たない


署名した時点と行為の時点がずれる

 同意書は、どれほど丁寧に作っても「署名した時点」の意思しか記録できません。食事の前に署名してもらい、その後に飲酒が進んだ場合、行為の時点で相手がアルコールの影響で判断できない状態になっていれば、署名の存在は判断を大きく変えないと考えられます(刑法176条1項3号)。飲酒が絡む場面の判断は、双方が酔っていて記憶がない|アルコールと不同意の認定で詳しく扱っています。

立場に差がある関係で書かれた同意書

 上司と部下、取引先との関係、指導する側とされる側など、一方が相手の評価や生活に影響を与えうる関係では、同意書の意味をさらに慎重に見る必要があります。改正刑法は、経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮している状態を、事由の一つに挙げています(刑法176条1項8号)。

 立場が上の人から同意書を差し出された場合、署名したこと自体が「断ったら不利益があるかもしれない」と感じた結果だと受け止められるおそれがあります。この場合、同意書は同意の裏付けになるどころか、相手が断りにくい状況にあったことをうかがわせる事情として扱われかねません。交際中や継続的な関係の中での同意の考え方は、交際中・夫婦間でも成立するのか|継続的関係と同意の推認もご覧ください。

書面に書かれていない行為や撮影には及ばない

 ある行為への同意は、別の行為への同意を意味しません。同意書に包括的な文言があったとしても、相手が予想していなかった行為に及べば、その部分について同意がなかったと評価される可能性があります。予想と異なる事態に直面して恐怖したり驚いたりしている状態も、事由の一つとされています(刑法176条1項6号)。

 撮影についても同様です。性行為への同意と、その様子を撮影することへの同意は別のものです。同意のない撮影や、同意しない意思を表明しにくい状態に乗じた撮影は、性的姿態等撮影罪の対象になりえます(性的姿態撮影等処罰法2条1項)。「同意書があるから」と行為の様子を録画することは避けるべきでしょう。撮影した画像の扱いについては、同意を得て撮影した画像を持ち続けている|削除する義務はあるのかで解説しています。

16歳未満の相手には同意書の意味がない

 相手が13歳未満の場合、また13歳以上16歳未満で行為をした側が5歳以上年長の場合には、相手の同意の有無を問わず不同意性交等罪・不同意わいせつ罪が成立します(刑法177条3項、176条3項)。この場合、同意書は判断に何の影響も与えません。年齢を誤って認識していた場合の扱いも含め、16歳未満との性的行為|「5歳差要件」と年齢の錯誤で解説しています。

同意書をめぐって起きやすい別のトラブル

署名を求めること自体が相手の負担になる

 性的な関係を持つ前に書面への署名を求められると、「ここで断ったら関係が壊れるのではないか」「疑われているようで気まずい」と感じる人は少なくありません。署名を求めることが、かえって相手が本心を言いにくい空気をつくる場合があります。同意書を求める側は、書面が自分にとっての安心材料になる一方で、相手にとっては心理的な負担にもなりうることを意識しておく必要があります。

 風俗店で利用前に誓約書や同意書への署名を求められる場面とは性質が異なりますが、書面が後のトラブルでどう使われるかという点では共通する問題があります。店が集める書面の意味については、店が集める「同意の記録」とどう向き合うか|誓約書・チェック・録音の意味で整理しています。

書面を交渉の材料に使うと別の問題になる

 同意書を相手に見せて「被害を訴えたらこれを公開する」「家族に見せる」などと告げると、脅迫罪(刑法222条)や強要罪(同法223条)にあたる可能性があります。また、同意書には氏名や連絡先などの個人情報が記載されることが多く、保管の仕方によっては流出のリスクも生じます。

 同意書は、作った後の保管と使い方まで含めて考える必要がある書面です。相手の秘密を材料に要求をした場合の扱いは、画像をばらまくと言ってしまった|脅迫・強要と私事性的画像の規制も参考になります。

民事の契約として性行為を義務づける効力はない

 同意書に「〇月〇日に性行為に応じる」と書かれていても、署名した人がその内容に従う法的な義務を負うことはありません。性的な行為を約束させる合意は、公序良俗に反するものとして無効と考えられます(民法90条)。そのため、書面を理由に行為を求めることも、応じなかったことを理由に金銭を請求することもできません。署名した側から見れば、同意書に署名した後でも、気持ちが変われば断ってよいということです。

書面よりも大切にしたい日ごろの確認

 後から「同意がなかった」と言われる事態を避けるうえで、同意書よりも実際に役立つのは、行為の前後を通じた確認の積み重ねです。次のような点を意識しておくことが考えられます。

  • 相手が自分の判断で決められる状態か、飲酒の量や体調を気にかける。
  • 言葉で確認し、迷いや沈黙があれば先に進まない。
  • 途中で相手の様子が変わったら、いったん止めて確認する。
  • 立場に差がある相手とは、関係を持つこと自体を慎重に考える。
  • 行為の様子を撮影したり録音したりしない。
  • 会う約束や行為の後のメッセージなど、自然なやり取りは消さずに残しておく。


 これらは同意の有無を「証明」するための工夫というより、相手の意思を尊重するための基本的な姿勢です。確認を重ねていれば、その経過自体が、後に当事者の関係を説明する自然な材料として残っていきます。

後から「同意はなかった」と言われたとき

同意書を相手に突きつけて反論しない

 相手から「同意していなかった」と告げられたとき、手元の同意書を示して強く反論したくなるかもしれません。しかし、本人が相手に直接連絡を重ねると、口止めや圧力と受け取られ、事態が悪化するおそれがあります。同意書があるからといって、ひとりで相手と決着をつけようとしないことが大切です。まずは連絡を控え、弁護士に相談したうえで対応を決めましょう。相手方とのやり取りを弁護士に任せる意味は、性犯罪の示談交渉を弁護人に任せる意味|本人が連絡してはいけない理由で解説しています。

同意書も前後のやり取りも消さずに保管する

 不安から同意書を捨てたり、メッセージを削除したりすると、自分に有利な事情まで失うことになりかねません。記録を消したことが、後の説明の信用性に影響する可能性もあります。同意書の原本、作成した経緯がわかるやり取り、行為の前後のメッセージは、そのままの形で保管し、弁護士に見せられるよう整理しておきましょう。保存の仕方は、LINE・メール・録音データの保存と渡し方|消してはいけない理由を参考にしてください。

よくあるご質問

スマートフォンのアプリで同意を記録すれば、書面より有効ですか

 アプリでの記録も、紙の同意書と同じく、記録した時点の意思を示す資料の一つにとどまります。日時が自動で残るといった利点はありますが、行為の時点の状態が優先して判断されるという点は変わりません。記録があることを理由に、相手の様子への注意を緩めないことが大切です。

同意書に署名してしまいました。後から断ることはできますか

 断ることはできます。性的な行為への同意はいつでも撤回でき、同意書に署名したことで行為に応じる義務が生じるわけではありません。署名を理由に行為を迫られたり、「サインしたのだから」と金銭を求められたりした場合は、ひとりで抱え込まず、警察や弁護士、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(全国共通番号#8891)への相談を検討してください。

同意書があれば、警察は事件として取り上げないのですか

 同意書があることだけで、被害の申告が受け付けられなくなるわけではありません。不同意性交等罪・不同意わいせつ罪は親告罪ではなく、捜査機関は申告の内容や関係者の供述、客観的な資料を総合して判断します。同意書は、その判断材料の一つとして扱われると考えておくのが適切です。

まとめ


  1. 不同意性交等罪・不同意わいせつ罪は、同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態での性的な行為を処罰する(刑法177条、176条)。
  2. 同意の有無は行為の時点で判断され、事前の同意書があっても、その後の泥酔や拒絶があれば評価は変わりうる。
  3. 同意書は作成時点の意思を示す資料の一つになるが、前後のやり取りと整合して初めて重みを持つ。
  4. 立場に差がある関係では、署名そのものが不利益を憂慮した結果と見られるおそれがある(刑法176条1項8号)。
  5. 撮影への同意は性行為への同意とは別であり、同意のない撮影は撮影罪の対象になりうる(性的姿態撮影等処罰法2条1項)。
  6. 同意書で性行為を義務づけることはできず、署名した側はいつでも断ることができる(民法90条)。
  7. 書面を交渉の材料に使うと、脅迫罪・強要罪に問われるおそれがある(刑法222条、223条)。


弁護士法人若井綜合法律事務所では、刑事事件に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。「同意書があるのに、後から同意はなかったと言われた」「同意書へのサインを求められて困っている」など、性的な同意をめぐるお悩みについて、事情をうかがったうえで対応の見通しをご説明します。

同意書を手元に置いて不安を抱えている方も、署名を求められて戸惑っている方も、ひとりで判断する前にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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