暴行・傷害の公訴時効|時間が経ってから捜査が来る理由
「夫婦なのに罪になるのか」「交際している相手なのに、どうして事件になるのか」という疑問は、この分野のご相談でよく出てきます。ニュースなどでも「夫婦間でも成立する」という説明を見かけますが、その言い方だけでは、条文が実際に何を見ているのかまでは伝わりません。
ここでは、令和5年の改正で新しくなった不同意性交等罪・不同意わいせつ罪の条文が、交際関係や婚姻関係をどのように扱っているのかを整理します。あわせて、「関係が続いていたのだから同意があったはずだ」という説明が、条文のどの部分に関係し、どの部分には関係しないのかを分けて見ていきます。
想定しているのは、警察や相手方からこの分野の指摘を受けた方、あるいは過去のできごとについて不安を抱えている方です。すでに逮捕されている場合や出頭を求められている場合は、状況によって取るべき対応が変わりますので、個別にご相談ください。なお、この記事は事実と違う説明を組み立てるためのものではありません。関係が続いていることは、相手の気持ちを確かめなくてよい理由にはならないという前提のうえで、条文の読み方を整理するものです。
条文は「夫婦だから成立する」とは書いていない
刑法176条1項と177条1項には、いずれも「婚姻関係の有無にかかわらず」という言葉が置かれています。この一文があるために、「夫婦間でも成立する」という説明がされています。
ただ、条文の書きぶりをそのまま読むと、少し違うことが書かれていることに気づきます。条文は「配偶者間でも成立する」と定めているのではなく、婚姻関係があるかどうかを成立の判断材料から外す、という中立の書き方をしています。
この違いは、実際の事件の読み方に影響します。夫婦であることが成立を近づける事情として条文に書き込まれているわけではありませんし、逆に、夫婦であることが成立を遠ざける事情として扱われるわけでもありません。関係の有無は、この条文では判断の入り口に置かれていない、という整理になります。
なぜ中立の書き方になったのか
法務省が公表している改正の説明では、改正前においても、行為者と相手方の間に婚姻関係があるかどうかは性犯罪の成立に影響しないと考える見解が一般的だったとされています。しかし、その理解が条文の上では明らかにされておらず、学説の一部には配偶者間での成立を限定的に解する見解もあったことから、確認的な意味で条文上明確にすることとされた、と説明されています。
もう一つ、書き方そのものについての経緯があります。平成29年の刑法改正が国会で議論された際、配偶者間についての規定を置くかどうかが取り上げられ、そこでは、配偶者間に限って明文の規定を設けた場合、配偶者以外の親密な関係では成立しないかのような誤解を招きかねない、という指摘が出されていました。
「配偶者間でも成立する」と書く代わりに「婚姻関係の有無にかかわらず」と書かれたのは、婚姻していない関係を条文の外に置かないためでもあります。交際中の相手や内縁の関係が、この条文の枠組みから外れるわけではない、ということです。
| 観点 | 旧法のもとで語られていたこと | 現行の条文の書き方 |
|---|---|---|
| 婚姻関係 | 成立を限定的に解する見解が学説の一部にあった | 婚姻関係の有無にかかわらず、と明記されている |
| 関係の状態 | 関係が破綻していたかどうかが議論の前提になった裁判例があった | 破綻していたかどうかは条文の要件になっていない |
| 婚姻していない関係 | 条文の上での手当てがなかった | 関係の有無を問わない書き方のため、同じ枠組みで読まれる |
「円満だった」という説明は、何を否定しているのか
旧法のもとでの裁判例には、婚姻関係が実質的に破綻している状況を前提としたものがありました。改正の議論では、そうした裁判例について、破綻がなければ成立しないという誤解を招きかねない、という指摘がされていました。
ここが、実際のご相談で行き違いが起きやすいところです。「夫婦仲は悪くなかった」「関係は破綻していなかった」という説明は、旧法のもとでの枠組みでは意味を持ちえた言い方ですが、現行の条文では、それ自体が成立を否定する筋にはなりません。
もっとも、関係の状態を説明することが無意味だという話ではありません。当時の生活の実態やお互いのやりとりは、その日に何があったのかを説明するための背景として意味を持ちます。ただし、それは「関係が良好だったから成立しない」という結論に直結する事情としてではなく、経過を組み立てるための材料として位置づけられます。
交際中・内縁・別居中でも、条文の読み方は変わらない
条文は、関係の種類によって扱いを分けていません。交際中、婚約中、内縁、同居しているが婚姻届は出していない関係、別居中、離婚の話が進んでいる状態、すでに別れた相手。いずれの場合も、「婚姻関係の有無にかかわらず」という書き方の中に収まります。
言い換えると、関係があることを理由に成立の要件が加わる規定も、要件が減る規定も、この条文には置かれていません。関係の種類を確かめても、そこから直ちに結論が出てくる構造にはなっていない、ということです。
「関係が続いていたから同意があった」は条文のどこに乗るのか
この条文が成立の中心に置いているのは、同意という言葉のやりとりがあったかどうかではありません。条文に挙げられた行為や事由などによって、同意しない意思を形成し、表明し、または全うすることが困難な状態にあったかどうかが問われます。この要件の中身については、別の記事で詳しく扱っています。
そうすると、「継続的な関係があった、だから同意があったはずだ」という推し方は、要件にそのまま乗るものではないことがわかります。乗るとすれば、道は二つに分かれます。一つは、その時点でそうした状態ではなかったことを説明する経過の一部として。もう一つは、行為をした側がどう認識していたかという、故意に関わる別の問いとしてです。
関係が続いていたという事情は、それだけで同意を証明するものではなく、その日に何があったのかを説明する材料の一つとして扱われます。この二つを重ねて話すと、説明が要件のどこに向けられたものなのかがぼやけてしまいます。
過去のやりとりと、その日の行為は別に扱われる
捜査や裁判で取り上げられるのは、特定の日時・場所での一つの行為です。何年続いた関係であっても、問われているのはその一つの場面での状態です。
前に同じような場面があり、そのときは問題にならなかったとしても、それは前の場面についての事実です。「いつもと同じだった」という説明は、関係の全体像を伝える言葉ではありますが、その日の状況を説明したことにはなりません。ご自身の説明が、どの日のどの場面についてのものなのかを、はじめに切り分けておくことが役に立ちます。
関係の継続は、逆の方向にも読まれることがある
条文に挙げられている行為・事由の中には、継続的な関係を前提としたものが含まれています。虐待に起因する心理的反応に関する類型がその一つです。また、経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力による類型について、法務省の説明では、社会的関係には家庭・会社・学校といった社会生活における関係が広く含まれるとされています。家庭内の関係が、はじめから条文の外に置かれているわけではありません。
さらに、過去の言動の積み重ねが、暴行や脅迫に関する類型の中で読まれることもあります。
継続的な関係は、同意を推認させる方向に働くこともあれば、困難な状態を支える方向に読まれることもあり、関係の長さそれ自体で向きが決まっているわけではありません。ここを一方向だけで理解していると、自分の説明がどう受け止められるかを見誤りやすくなります。
| 継続的関係の見られ方 | どちらの向きに働きうるか | 注意点 |
|---|---|---|
| 日々のやりとりや生活の実態 | その日の状態を説明する材料 | 同意そのものの証明にはならない |
| 関係の中で生じた力の差や過去の言動 | 困難な状態の原因として読まれる | 家庭内の関係も条文の説明の中に含まれている |
「これまでも同じようにしていた」という説明の扱い
ご相談の場でよく出てくる説明ですが、この言い方には気をつけたい点がいくつかあります。
・その日の状況を説明したことにはならず、要件のどこを否定しているのかが伝わりにくい
・過去の複数の場面に話が広がり、別の日のできごとが新たに問題にされることがある
・記憶があいまいな部分を「たぶんそうだったはず」で埋めると、後から食い違いが生じやすい
・相手の受け止め方が自分と違っていた可能性を、最初から考えに入れない説明になりやすい
「同意があると思っていた」は別の問い
自分としては同意があると思っていた、という説明は、これまで見てきた要件の話とは別の層に属します。相手がどのような状態にあったかという問題と、行為をした側がそれをどう認識していたかという問題は、条文の上で位置づけが違うからです。この点は、故意をめぐる論点として別の記事で扱っています。
どちらの話をしているのかを自分の中で分けておかないと、状態についての説明と認識についての説明が混ざり、一貫しない話になってしまうことがあります。
家庭内という場面では、別の手続が同時に動くことがある
交際中や夫婦間の事案では、刑事の手続だけで話が完結しないことがあります。
・配偶者からの暴力に関する法律に基づく手続が並行して進むことがある
・離婚、婚姻費用、子どもに関する家事事件の手続と時期が重なることがある
・同居を続けられるかどうか、住まいをどうするかという生活上の問題が生じる
・この分野の罪は親告罪ではないため、相手が事件にしたくないと述べたことだけで手続が直ちに終わるとは限らない
・勤務先や子どもの生活への影響を、どの範囲まで考えておくかという問題が出てくる
それぞれの手続は目的も判断のしかたも違います。一方での説明が他方に影響することもありますので、全体を見たうえで順序を考えることになります。
事情を聞かれる前に整理しておきたいこと
・問題にされている日の時系列を、時刻・場所・同席者の順に書き出しておく
・自分が実際に見聞きした相手の言動と、自分がそう思ったという推測とを分けておく
・覚えていないことは覚えていないと言えるようにしておく
・関係の経過は、同意の証明としてではなく、経過そのものとして整理しておく
・話す内容を先に固めすぎず、聞かれたことに対応できる形で持っておく
相談の前に手元でできる整理
・いつ、どこで、何があったとされているのか。相手方や警察から示されている範囲で
・関係がいつから続いていて、当時どのような状況だったか
・その日の前後のやりとりが残っているかどうか。まずは残っているかの確認まで
・同居しているか別居しているか、生活費や住まいがどうなっているか
・自分がすでに誰に何を話したか。署名した書面があるかどうか
・相手方から連絡や書面が届いているかどうか
弁護士に確認できること
・どのような事実の枠組みで問題にされているのか、示された書面から読み取れる範囲
・自分の説明が、要件のどの部分を否定するものになっているのか
・取調べで聞かれやすい事項と、答え方の整理のしかた
・家事事件や保護に関する手続が並行する場合の進み方
・相手方への連絡をどの範囲で控えるべきか
立場が逆の場合
交際相手や配偶者から意に反する行為を受けたという立場の方も、同じ条文の枠組みの中にいます。関係が続いていることや、これまで応じてきたことは、その日の行為について同意があったことを意味しません。
性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターは、全国共通の短縮番号#8891につながります。相談先や、医療・法的支援の案内を受けることができます。
まとめ
・条文の言葉は「夫婦間でも成立する」ではなく「婚姻関係の有無にかかわらず」
・関係の有無を成立の判断から外す、中立の書き方になっている
・婚姻していない関係を条文の外に置かないという趣旨も含まれている
・「円満だった」「破綻していなかった」は、現行の条文では成立を否定する筋にならない
・交際中・内縁・別居中・別れた後でも、条文の読み方は変わらない
・関係が続いていたことは同意の証明ではなく、経過を説明する材料の一つ
・関係の継続は、困難な状態を支える方向に読まれることもある
交際関係や婚姻関係があるという事実は、この分野では出発点にも終着点にもなりません。問われているのは、その日のその場面で何があったのかという一点です。ご自身の記憶や手元の資料をどう整理すればよいか迷われている段階でも、早い時期に一度ご相談いただければ、順序を立てて考えることができます。


