取調べに弁護人は立ち会えるのか
相手から拒む言葉はなかった。嫌がるそぶりも感じなかった。それなのに、後になって不同意性交等罪や不同意わいせつ罪の疑いを向けられている。こうしたご相談では、「嫌だと言われていないのに、どうして」という戸惑いが最初に語られることが少なくありません。
ただ、現在の刑法は、拒絶の言葉があったかどうかを直接の要件にしていません。条文が置いているのは「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」という、耳慣れない一文です。ここを読み違えたまま自分の言い分を組み立てると、話がかみ合わないまま手続だけが進んでしまうことがあります。
この記事は、疑いを向けられている方や、過去の出来事に不安を抱えている方に向けて、この要件が何を見ているのかを整理するものです。事実と違う説明を組み立てるためのものではなく、また個別の事件の見通しを示すものでもありません。すでに逮捕されている場合や、警察から呼び出しを受けている場合は、早い段階で弁護士に個別にご相談ください。
条文が問題にしているのは「拒絶されたかどうか」ではない
刑法176条1項は、条文に挙げられた行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ、又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした場合を処罰しています。177条1項も、この前半部分をそのまま用いたうえで、対象となる行為を性交等としています。
この文を分解すると、判断の対象になっているのは相手の言動そのものではありません。条文が見ているのは、相手が拒絶の言葉を口にしたかどうかではなく、同意しない意思を形成し、表明し、全うすることが困難な状態だったかどうかです。
そのため「拒まれなかった」という事実は、この要件の答えそのものではなく、状態を判断するための材料の一つという位置に置かれます。材料である以上、それだけで結論が決まるものでもありませんし、逆に無意味というわけでもありません。どの局面の材料になるのかを分けて考える必要があります。
「形成」「表明」「全う」は別々の局面を指している
三つの言葉は似ていますが、指している場面が違います。法務省が公表している性犯罪関係の法改正等に関するQ&Aでは、それぞれ次のように説明されています。
「形成が困難な状態」とは、性的行為をするかどうかを考えたり決めたりするきっかけや能力が不足していて、したくないという意思を持つこと自体が難しい状態です。「表明が困難な状態」とは、その意思を持つことはできたものの、外部に表すことが難しい状態です。「全うが困難な状態」とは、意思を外部に表すことはできたものの、その意思のとおりにならないことが難しさとして残っている状態です。
| 条文の言葉 | どこが難しい状態か | 拒む言葉との関係 |
|---|---|---|
| 形成が困難 | そもそも「したくない」という意思を持つこと自体が難しい | 意思が生まれていないため、言葉として外に出ないことが多い |
| 表明が困難 | 意思は持てたが、それを外に表すことが難しい | 内心では拒んでいても、言葉や態度にならない |
| 全うが困難 | 意思を表したが、そのとおりにならない | 拒む意思がいったん外に出ていることが前提になる |
「言葉がなかった」という事実は三つのどこに効くのか
この整理を踏まえると、「拒絶の言葉がなかった」という一つの事実が、三つの局面でまったく違う意味を持つことが分かります。
形成や表明が問題になっている場面では、拒む言葉がなかったこと自体は、その状態と矛盾しません。一方、全うが問題になっている場面は、拒む意思がいったん外に出ていたことが前提なので、そもそも言葉が一切なかった経過とは結びつきにくくなります。
先ほどのQ&Aでも、「嫌だ」と言ったのに行為をされた場合については、「全う」が困難だったといえるかが問題になる、と説明されています。つまり、拒む言葉があったかどうかは、どの局面を検討するのかを決める入口の情報であって、成立するかどうかの答えではないということです。
「何も言われていない」という説明は、自分では強い反論のつもりでも、捜査機関の側では「では形成や表明のほうが問題になる事案だ」と受け止められることがあります。ここが、ご相談の中で最も食い違いが生じやすい部分です。
「言葉がなかった」ことだけで成立するわけでもない
もっとも、これは逆方向にも当てはまります。相手が何も言わなかったからといって、それだけで困難な状態が認められるわけではありません。
条文は二段の作りになっています。まず、困難な状態の原因となり得る行為や事由があること。次に、それによって相手が実際に困難な状態になっていること。前述のQ&Aでも、条文に例示された行為・事由があったというだけでは足りず、それらにより困難な状態になっていることが必要だと明記されています。原因として何が挙げられているかは別のコラムで扱っていますので、ここでは触れません。
沈黙や不抵抗は、同意があったことの証明にはなりませんが、同時に、困難な状態があったことの証明にもなりません。どちらの向きにも、それ単体では結論を導かない事実です。
条文は「不可能」ではなく「困難」と書いている
読み違えが起きやすいもう一つの点が、程度の問題です。条文の言葉は「困難な状態」であり、「不可能な状態」でも「著しく困難な状態」でもありません。
改正前の規定では、暴行・脅迫や、心神喪失・抗拒不能といった要件によって判断が行われていました。暴行や脅迫については、相手方の抵抗を著しく困難にする程度のものが必要だと解されており、その結果、恐怖で体が動かなかった場面や、関係性から断れなかった場面が拾いにくいという指摘がありました。法務省の説明によれば、こうした要件を改めて、性犯罪の本質的な要素を「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」という統一的な言葉で表すこととされたものです。
このため、「その気になれば断れたはずだ」「逃げようと思えば逃げられたはずだ」という説明は、条文が置いている物差しに正面から答えたことになりにくい面があります。抵抗が不可能だったかどうかではなく、困難だったかどうかが問われているためです。
なお、この改正について法務省は、それまで処罰できなかった行為を新たに処罰の対象に加えるものではなく、判断のばらつきを減らして本来処罰されるべき行為をより的確に処罰できるようにしたものだと説明しています。範囲が広がったのか、明確になっただけなのかについては、法律家の間でも見方に幅があります。
「程度は問わない」がどこにかかるのかを取り違えない
解説記事でよく見かける「程度は問わない」という説明も、かかる先を取り違えると意味が変わってしまいます。
この表現は、困難な状態の原因として条文に挙げられている行為や事由について、その強さや大きさを一律に限定していない、という趣旨で用いられています。困難な状態そのものが要らないという意味ではありません。原因になり得る事情が一つ見つかったから直ちに成立する、という読み方は、条文の作りと合いません。
見られているのは、その行為の時点の状態
もう一つ整理しておきたいのが時点の問題です。困難な状態だったかどうかは、性的行為が行われたその場面について判断されます。
そのため、前後の事情は、状態を推し量る材料にはなり得ても、それ自体が要件の位置にあるわけではありません。誘いに応じて同行したこと、その日のやりとりが穏やかだったこと、翌日以降も連絡が続いていたことなどは、経過を裏づける事情ではありますが、その場面の状態を直接に決めるものではないという整理になります。
また、途中で相手の態度が変わった場合には、変わった後の場面が別に検討されます。始まった時点でのやりとりだけを取り出して説明しても、途中以降について答えたことにはなりません。
「させ」と「乗じて」という二つの入口
条文には、困難な状態に「させ」た場合と、その状態に「乗じて」行為をした場合の二つが並べて書かれています。
自分が何かをしたかどうかだけでなく、すでにそのような状態にある相手に対して行為をしたのかどうかも、条文上は問われる形になっています。「自分は何もしていない」という説明が、前者を否定していても後者に答えていないことがあるのは、この二つが並んでいるためです。
「嫌がっていなかった」と説明するとき、何を否定しているのか
取調べや相手方とのやりとりの中では、「嫌がっているようには見えなかった」という言い方をしたくなる場面があります。ただ、この一言は、三つの局面のどれを否定しているのかが曖昧なままになりがちです。
自分の説明が、相手が意思を持てる状態だったという趣旨なのか、意思を表せる状態だったという趣旨なのか、表された意思に反していないという趣旨なのかを、あらかじめ分けておくと、話がずれにくくなります。
整理の手がかりとして、次の三つを分けて考えてみてください。
・相手がその場で自分の意思を持てる状態だったと考える理由は何か
・相手がその意思を外に表せる状態だったと考える理由は何か
・拒む言葉や態度がなかったと言えるのは、どの時点からどの時点までのことか
そのうえで、覚えていることと、記憶があいまいなこと、後から考えて推測していることを分けておくことが大切です。あいまいな部分を埋めて話をなめらかにすると、後から矛盾として扱われることがあります。
「同意があると思っていた」は、これとは別の問い
ここまでは、相手がどのような状態だったかという話です。これに対し、「自分は同意があると思っていた」というのは、行為をした側の認識の問題であり、条文の別の場所で扱われます。
状態の話と認識の話は、争点としても、必要になる説明の組み立て方としても別のものです。認識の側については別のコラムで扱っていますので、そちらをご覧ください。
この要件は、手続のどこに現れるか
抽象的な言葉に見えても、この要件は実際の書面や質問の中に形を変えて現れます。次のような場面で意識しておくと、何を聞かれているのかが把握しやすくなります。
・逮捕状や勾留状に記載された事実の要旨に、状態に関する言葉が含まれているか
・取調べで、相手の様子や反応について繰り返し尋ねられていないか
・相手が黙っていた時間や、体の動きについて細かく確認されていないか
・その場に至るまでの経過や、二人の関係について尋ねられていないか
・供述調書の文言が、自分が説明したつもりの内容と一致しているか
相談の前に整理しておくとよいこと
弁護士に相談する前に、次の点を書き出しておくと、限られた時間で要点に入りやすくなります。
・いつ、どこで、どのような経過があったのかを時系列で
・拒む言葉や態度があったと感じた場面があったかどうか
・相手の飲酒や体調について、その場で気づいたことがあったか
・二人の間に、仕事や生活の上での上下関係があったか
・残っているやりとりや記録があるか、消していないか
・すでに誰かに話した内容があれば、その相手と話した内容
思い出せない部分は、無理に埋めず「覚えていない」と書き残しておいてください。
弁護士に確認できること
この要件は条文の言葉が抽象的で、自分の経過がどう読まれるのかを一人で見立てるのは難しい部分があります。相談の場では、次のようなことを確認できます。
・自分の事案で、三つの局面のどこが問題になりそうか
・すでに述べた内容と、これから述べる内容に食い違いがないか
・供述調書の内容を確認し、訂正を申し立てる余地があるか
・相手方や関係者への連絡について、控えるべき範囲はどこまでか
・今後の手続がどのように進む見込みか
立場が逆の場合
この記事は疑いを向けられている側を想定して書いていますが、被害を受けた側として読まれている方もいらっしゃると思います。その場合は、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの全国共通番号(#8891)で、相談先の案内を受けることができます。
まとめ
・条文が問題にしているのは、拒絶の言葉があったかどうかではなく、同意しない意思の形成・表明・全うが困難な状態だったかどうか
・「形成」「表明」「全う」は別々の局面を指しており、同じ事実でも意味が変わる
・拒む言葉がなかったことは、形成や表明が問題になる場面ではその状態と矛盾しない
・一方で、言葉がなかったというだけで困難な状態が認められるわけでもない
・条文の言葉は「不可能」ではなく「困難」であり、「断れたはずだ」という説明は物差しとずれやすい
・「程度は問わない」という説明がかかるのは原因の側であって、状態そのものではない
・「自分は同意があると思っていた」という認識の問題は、これとは別に扱われる
条文の言葉が抽象的なため、同じ経過でも読み方が分かれやすい領域です。自分の説明がどの局面に対する答えになっているのかを整理しておくことは、事実と違う話を作ることとはまったく別のことです。判断に迷う段階でも、経過を整理したうえで弁護士に相談しておくことをおすすめします。


