【ストーカートラブル】警告が出たのに接触が続いている|禁止命令への切り替え
この記事は、2026年10月時点の法令(ストーカー行為等の規制等に関する法律〔令和7年12月30日施行の改正を反映〕、民法、民事執行法、民事保全法、犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律)と、示談をめぐる一般的な実務の運用をもとにしています。実際の進み方は、事件の段階や個別の事情によって変わります。
「相手の弁護士から示談の提案が届いたが、『今後一切連絡しません』という一文だけで本当に安心してよいのか分からない」「示談書に違約金を入れたいが、いくらにすればよいのか、高くすれば効くのか判断がつかない」。ストーカー被害のご相談では、示談に応じる方向で気持ちが固まった後の段階で、こうした声を多くお聞きします。
ストーカー事案の示談書には接触禁止条項や違約金条項を入れるべきだ、と一般に説明されています。それ自体は誤りではありません。ただ、条項の名前を入れるだけでは足りず、「どの手段の連絡を禁じるのか」「どこに近づかないのか」「誰が引っ越すのか」「違反を何回と数えるのか」まで決めておかないと、いざ約束が破られたときに使いにくい書面になってしまうことがあります。
この記事では、ストーカー事案の示談に入れる条件のうち、中心となる「接触禁止」「近づかない範囲と転居」「違約金」の3つについて、書き方と限界を整理します。示談に応じるかどうかの判断は加害者側から示談を持ちかけられた|応じる前に確認することで、相手方の弁護士とのやり取りの進め方は【ストーカートラブル】相手に弁護士がついた|相手方の代理人との話し方で扱っていますので、あわせてご覧ください。
ストーカー事案の示談は「将来の約束」が中心になる
金額より先に、守らせたい行動を決める
一般的な刑事事件の示談では、示談金の額が話し合いの中心になりがちです。これに対して、ストーカー事案では、過去の被害の清算と同じくらい、あるいはそれ以上に、これから先の安全をどう確保するかが重要になります。
そのため、提案を受けたら、金額の話に入る前に「相手にしてほしくないこと」を具体的に書き出しておくと、条件の検討がしやすくなります。連絡、待ち伏せ、自宅や職場への接近、SNSの閲覧、家族や友人への接触など、これまで実際に受けた行為を思い出しながら整理するのが出発点です。示談書に書かれていない行為は、違約金の対象として主張しにくくなるため、これまでの被害の内容を条件の一覧に置き換える作業が欠かせません。
示談書の約束と、警察・公安委員会の措置は別のもの
示談書で交わす約束は、当事者同士の契約です。これに対し、警察の警告や公安委員会の禁止命令は、ストーカー規制法に基づく行政上の措置で、示談が成立したからといって当然に効力を失うものではありません(ストーカー行為等の規制等に関する法律4条、5条)。また、ストーカー行為罪は告訴がなくても起訴できる罪です(同法18条)。
示談書の条件は、こうした公的な措置に「上乗せする」ものと考えるのが現実的です。公的な措置の使い分けは接近禁止を実現する2つの道|ストーカー規制法(警察)と民事保全(裁判所)の使い分けで、禁止命令の期間や違反した場合の扱いは禁止命令が出た|違反した場合の刑罰と期間・更新で解説しています。
接触禁止|禁止する「手段」と「相手」を書き分ける
連絡の手段を列挙しておく
「今後、甲に接触しない」という一文だけでは、どこまでが接触にあたるのかをめぐって、後から解釈が分かれることがあります。ストーカー事案では、これまで使われた手段だけでなく、今後使われるおそれのある手段まで挙げておくのが一般的です。
たとえば、次のような手段を書き分けておくことが考えられます。
- 面会、待ち伏せ、つきまとい、住居や勤務先などへの押しかけ。
- 電話、ショートメッセージ、電子メール、LINEなどのメッセージアプリ。
- SNSでのメッセージ送信、コメント、フォロー、投稿での言及。
- 手紙、贈り物、荷物の送付。
- 位置情報の取得や、GPS機器・紛失防止タグなどの取り付け。
- 別のアカウントや第三者の名義を使った連絡。
位置情報の取得については、令和7年12月30日施行の改正で紛失防止タグを用いた位置情報の無承諾取得等も規制の対象に加えられました。示談書でも、同様の行為をしない旨を明記しておくと、約束の範囲がはっきりします。
本人以外への接触も含める
被害者本人への連絡が止まっても、家族、友人、職場の同僚、取引先などを通じて間接的に接触してくるケースがあります。そのため、「甲の親族、勤務先その他の関係者に対し、甲に関する連絡や働きかけをしない」といった形で、第三者を介した接触も禁止の対象に含めておくことが大切です。周囲を巻き込む嫌がらせへの対応は別れた相手が家族や友人に接触してくる|第三者を巻き込む嫌がらせへの対応もご参照ください。
連絡の窓口を一つに絞る
示談の後にも、分割金の支払や書類のやり取りなど、どうしても連絡が必要になる場面があります。こうした場面に備えて、「やむを得ない連絡は、甲の代理人弁護士を通じてのみ行う」と窓口を一本化しておくと、例外を口実にした連絡を防ぎやすくなります。例外を設けない約束よりも、例外の通り道を一つに決めておく約束のほうが、実際の運用では守られやすい傾向があります。条項の書き方の考え方は接触禁止条項・口外禁止条項の書き方と限界でも解説しています。
近づかない範囲と転居|誰が、どこから離れるのか
場所・距離・経路を具体的にする
接近を禁じる条項では、対象となる場所と距離をできるだけ具体的に定めておくと、違反があったかどうかを判断しやすくなります。決めておく項目は、おおむね次のとおりです。
| 決めておく項目 | 書き方の例 |
|---|---|
| 対象の場所 | 甲の住居、勤務先、最寄り駅、通学先など |
| 距離 | 各場所から半径〇〇メートル以内に立ち入らない |
| 経路 | 特定の駅や路線、道路を利用しない |
| 期間 | 期限を定めない、または〇年間とする |
一方で、範囲を広げすぎると、加害者側の日常生活や仕事が成り立たなくなり、そもそも合意がまとまらなかったり、守られにくくなったりします。行動を制約する範囲があまりに広い約束は、後で効力を争われる余地も生じます。安全の確保に必要な範囲に絞って定めるほうが、結果として実効性が高まりやすいといえます。
相手が知らない場所は書面に書かない
ストーカー事案で特に注意したいのが、場所を具体的に書こうとするあまり、相手がまだ知らない住所や勤務先を示談書で知らせてしまうことです。転居後の住所や新しい勤務先は、示談書には記載せず、「甲の住居及び勤務先」と抽象的に定めたうえで、必要があれば代理人の間だけで確認する方法がとられることがあります。
示談書の当事者欄に被害者の住所を書かない形や、代理人の事務所を連絡先とする形がとれるかも、あわせて検討しておきたいところです。被害者の情報を伏せたまま書面を作る方法は被害者の氏名が伏せられている事件で示談書をどう作るかが参考になります。
偶然出会ったときの取り決め
同じ地域に住んでいる、同じ路線を使っているといった事情があると、意図しない鉢合わせが起こり得ます。そのときに「偶然だった」という言い分で約束が骨抜きにならないよう、「偶然に出会った場合は、直ちにその場を離れ、話しかけない」といった取り決めを置いておくと、違反かどうかの線が引きやすくなります。
加害者に転居を求める場合
加害者が被害者の近くに住んでいる場合、示談の条件として加害者の転居を求めることがあります。相手が任意に応じるのであれば、転居の約束を示談書に入れること自体は可能です。
ただし、どこに住むかは本人の居住の自由に深く関わる事柄であり、約束が守られなかったときに、裁判所の手続を通じて転居そのものを強制することは難しいと考えられています。そのため、転居の約束を入れる場合は、転居の期限、転居したことの確認方法(住民票の写しを代理人に提出するなど)、期限までに転居しなかった場合の違約金をセットで定め、守られなかったときの手当てを金銭の面で用意しておくのが一般的です。
被害者が転居する場合
反対に、安全のために被害者の側が引っ越すことを選ぶ方も少なくありません。この場合は、引越し費用や新居の初期費用を示談金の内訳に含めて請求することが考えられます。
転居後は、加害者に新しい住所を知られないことが何より重要です。市区町村には、ストーカー被害者などを対象に、住民票の写しなどの交付や閲覧を制限する支援措置があります。示談書の作成と並行して、こうした手続も検討しておくとよいでしょう。転居後の対策は引っ越したのに住所を突き止められた|居場所を知られない対策で詳しく解説しています。なお、令和7年12月30日施行の改正により、違反行為があった時点の住居の所在地を管轄する公安委員会なども禁止命令を出せるようになっています。転居によって公的な措置の窓口が分からなくなることへの不安は、以前より小さくなっています。
違約金|金額よりも、性質と数え方を決める
違約金は「賠償額の予定」と推定される
民法では、当事者が約束違反の場合の損害賠償の額をあらかじめ定めておくことができ、違約金は、この賠償額の予定と推定されます(民法420条1項、3項)。そのため、示談書に違約金の額だけを書いておくと、違反によって実際にそれ以上の損害が生じても、違約金の額を超える賠償を求めにくくなる場合があります。
違反があったときに、違約金とは別に、転居費用や治療費など実際に生じた損害の賠償も求めたい場合は、「本条の違約金は違約罰とし、甲が別途被った損害の賠償請求を妨げない」といった形で、その性質を明記しておく必要があります。違約金の条項は、金額そのものよりも、「何に対する支払なのか」を書き分けるほうが、後で効いてくる場面が多いといえます。
高すぎる金額は一部が無効とされることがある
違約金は高く設定すればするほど安心だと考えがちです。しかし、違反の内容に比べて著しく過大な違約金は、公序良俗に反するとして一部が無効とされることがあります(民法90条)。また、加害者側が到底支払えない金額を求めると、合意そのものがまとまらず、結果として何の約束も得られないこともあります。
実務では、違反1回ごとの金額を、違反の態様に照らして説明がつく水準に設定することが多く見られます。違約金の金額設計の考え方は、場面は異なりますが【不貞慰謝料】違約金条項|高く設定すれば安全とは限らないも参考になります。
「1回」の数え方を決めておく
1日に何十通ものメッセージが届いた場合、それを1回と数えるのか、1通ごとに数えるのかで、違約金の額は大きく変わります。数え方が書かれていないと、違反の事実はあっても、請求できる金額をめぐって争いが生じます。
そこで、「1日ごとに1回の違反とする」「手段ごとに1回の違反とする」といった数え方をあらかじめ定めておくことが考えられます。あわせて、違約金の上限を設けるかどうかも検討しておくと、過大な違約金として争われる余地を小さくできます。
違約金で行動が止まらない相手もいる
違約金の条項は、金銭的な負担を意識させることで違反を抑える仕組みです。ただ、感情的な執着が強い相手や、支払能力の乏しい相手には、抑止として十分に働かないこともあります。違約金の条項があることで安心しすぎず、違反があったときは警察への相談や禁止命令の申出を優先して考えることが大切です。
約束を実際に使える形にしておく
示談書だけでは強制執行はできない
当事者間で作った示談書は、約束の内容を証明する重要な書面ですが、それだけで強制執行をすることはできません。違約金が支払われない場合は、改めて訴訟などで請求する必要があります。約束をより実効性のある形にする方法としては、次のようなものがあります。
| 方法 | できること | 注意点 |
|---|---|---|
| 公正証書 | 金銭の支払について、訴訟を経ずに強制執行できる形にできる | 接触しない約束そのものは執行の対象にならず、違約金は違反の事実を文書で示す必要がある |
| 刑事和解 | 公判調書への記載が、裁判上の和解と同じ効力を持つ | 起訴されて刑事裁判が続いている間に限られる |
| 禁止命令 | 違反すれば刑事罰の対象になる | 公安委員会が要件を判断して出す行政処分である |
| 接近禁止の仮処分 | 裁判所が接近や連絡を禁じる命令を出す | 申立てと疎明が必要で、担保を求められることがある |
公正証書で強制執行できるのは、金銭の一定額の支払などに限られます(民事執行法22条5号)。違約金のように違反があったときに初めて発生する支払は、違反の事実を文書で証明しなければ執行文が付与されません(同法27条1項)。公正証書の使い方は分割払いの示談書|期限の利益喪失条項と公正証書で解説しています。
刑事裁判の中で約束を記録してもらう方法
加害者が起訴されて刑事裁判が開かれている場合は、被告人と被害者の間で成立した民事上の合意を公判調書に記載してもらう「刑事和解」という方法があります。記載された内容は、裁判上の和解と同じ効力を持ちます(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律19条)。分割払いの約束がある場合などに検討する価値があります。
違反に備えて記録を残し続ける
示談が成立した後も、相手からの連絡や接近があった場合は、日時・場所・内容を記録し、メッセージや着信履歴は削除せずに保存しておきます。違約金を請求する場面でも、警察に相談する場面でも、違反の事実を示す材料が必要になるためです。記録の残し方は証拠の残し方|あとで警察・弁護士に通用する記録とはを参考にしてください。示談書を交わした日が終わりではなく、約束が守られ続けているかを確認する期間の始まりと捉えておくと安心です。
よくあるご質問
加害者側から「違約金の条項は入れられない」と言われました。あきらめるしかありませんか
違約金の条項を入れるかどうかは交渉事項であり、必ず入れなければならないものではありません。ただ、金額を下げる、違反の範囲を連絡や接近に絞る、期間を区切るなど、条件を調整することで合意できる場合もあります。どうしても合意に至らない場合は、示談書の約束に頼るのではなく、禁止命令などの公的な措置を中心に安全を確保する方法を考えることになります。
示談書で接触しないと約束したら、警察の警告や禁止命令はなくなりますか
警告や禁止命令は警察や公安委員会による措置で、当事者間の示談によって当然に効力を失うものではありません。示談書の約束と公的な措置は別のものとして、両方で安全を確保する考え方が一般的です。示談の成立は、検察官が処分を決める際の事情の一つとして考慮されます。
示談の後に約束が破られたら、まず何をすればよいですか
まずはご自身の安全を確保し、危険を感じる場合はためらわずに110番通報をしてください。そのうえで、違反の内容を記録し、警察に相談するとともに、代理人を通じて違約金の請求や今後の対応を検討します。違約金の請求と警察への相談は、どちらか一方を選ぶものではなく、並行して進めることができます。
まとめ
- ストーカー事案の示談では、金額よりも接触禁止・接近禁止・転居・違約金といった将来の約束が中心になる。
- 示談書の約束は当事者間の契約であり、警告や禁止命令、告訴がなくても起訴できるストーカー行為罪とは別に考える(ストーカー行為等の規制等に関する法律4条、5条、18条)。
- 接触禁止は、連絡の手段と第三者を介した接触を書き分け、やむを得ない連絡の窓口を代理人に一本化しておくと運用しやすい。
- 接近を禁じる範囲は場所・距離・経路・期間で具体化しつつ、相手がまだ知らない住所や勤務先は書面に記載しない。
- 加害者の転居は任意の約束としては入れられるが、転居そのものの強制は難しいため、期限・確認方法・違約金をセットで定める。
- 違約金は賠償額の予定と推定されるため、別途の損害賠償も求めるなら性質を明記し、過大な金額は一部無効とされ得ることに注意する(民法420条1項・3項、90条)。
- 示談書だけでは強制執行はできず、公正証書・刑事和解・禁止命令・仮処分を組み合わせて実効性を補う(民事執行法22条5号、27条1項/犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律19条)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、ストーカー被害に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。加害者側から示談の提案を受けて条件の決め方に迷っている方、接触禁止や違約金の条項が十分かどうか確認したい方、ご自身の住所や連絡先を伏せたまま交渉を進めたい方は、示談書に署名する前の段階でご相談ください。
これから示談の条件を詰めていく方にも、すでに交わした示談書の約束が守られず対応に困っている方にも、それぞれの状況に応じた進め方をご一緒に検討します。


