不当要求を受けたときの初動48時間|やること・やってはいけないこと
脅されている、しつこく金銭を求められている、嫌がらせが続いている——そうした被害を相談される方から、よくこう聞かれます。「証拠は残してあります」。
ところが実際に見せていただくと、日付が写っていないスクリーンショットだったり、話の一部だけを切り取った画像だったり、すでに元のデータが消えていたりすることが少なくありません。証拠は「持っているかどうか」だけでなく、「あとで使える形になっているか」で価値が大きく変わります。
この記事では、警察への相談や弁護士による交渉・裁判の場面で通用しやすい記録とはどういうものか、そのために日々どう残しておけばよいのかを整理します。
1.「証拠がある」と「あとで通用する」は別のこと
法律の世界では、その資料を証拠として取り調べてよいか(証拠能力)と、その証拠がどれだけ事実を裏づける力を持つか(証明力)は、別の問題として扱われます。
多くの方がつまずくのは後者です。たとえば同じLINEのスクリーンショットでも、
- 相手のアカウント名と発言、送信日時が一画面に収まっているもの
- 発言部分だけを拡大して撮った、日付も相手もわからないもの
では、後から見たときの説得力がまったく違います。前者は「誰が・いつ・何を言ったか」がそれだけで特定できますが、後者は「本当にその人の発言か」「いつのことか」を別の資料で補わなければなりません。
証拠が乏しいまま相談すると、警察の窓口で事件として取り上げてもらいにくい傾向があるのは事実です。ただ、それは「証拠がゼロだから」というより、「その出来事を第三者が確認できる形になっていないから」であることが多いのです。
2.使う場面によって、求められる記録は違う
残すべき記録は、その後どこで使うかによって重点が変わります。
| 使う場面 | 特に重視されやすいもの |
|---|---|
| 警察への相談・被害届・告訴 | 害悪を告げられた具体的な文言、日時と場所、相手が誰かがわかる情報、実際に怖いと感じた事情 |
| 民事の慰謝料請求・接触の差止め | 行為が繰り返された回数と期間、それによって生じた不利益(通院、欠勤、支出、転居など) |
| 弁護士名義での通知・示談交渉 | 相手が「そんなことは言っていない」と言い逃れできない、はっきりした一点 |
刑事の場面では「一回の言動が犯罪にあたるか」が問われるのに対し、民事では「どれだけ続いたか」「どんな不利益が生じたか」が効いてきます。どちらに進むか決めていない段階では、両方を意識して残しておくと後で選択肢が狭まりません。
3.あとで通用しやすい記録の5つの条件
媒体を問わず、次の5点を満たしているほど「通用する記録」に近づきます。これは特別な作業ではなく、意識の持ち方の問題です。
①特定性──「誰が・いつ・どこで・何を」が一つの資料で分かる
発言内容だけでなく、相手の名前やアカウント、日時が同じ画面に写るように残します。画面を撮るときは、時計表示やヘッダー部分まで含めるのがコツです。
②原本性──元のデータを消さない、加工しない
スクリーンショットを撮ったからといって、元のトークやメールを削除してはいけません。加工や書き込みも避けてください。後から「作ったものではないか」と疑われたとき、元データが残っていることが最大の反論材料になります。
③連続性──時系列で切れ目なく残す
決定的な一言だけを保存する方は多いのですが、その前後のやり取りこそが、脅しの意味や要求の内容を裏づけます。会話の流れごと残しておきましょう。
④中立性──自分に不利に見える部分も残す
「これは自分が悪く見えるから」と一部を消すと、資料全体の信用性が下がるおそれがあります。自分に不利な部分の評価は、専門家が見れば思っているほど不利でないことも珍しくありません。判断は後回しにして、まずは丸ごと残してください。
⑤即時性──記憶が新しいうちに書き留める
録音も画像もない出来事は、その日のうちに書いたメモが手がかりになります。日時・場所・同席者・言われた言葉をできるだけそのままの表現で記録し、あとから書き足した場合は書き足した日も添えておきます。
4.媒体別・具体的な残し方
LINE・メール・SNSのメッセージ
気づいた時点ですぐ画面を保存するのが基本です。理由は、相手側の操作でメッセージが消えることがあるからです。
LINEの送信取消は、2025年10月下旬から順次仕様が変更され、通常のトークでは送信から1時間以内、有料会員向けのプランでは7日以内、オープンチャットでは24時間以内が目安とされています(公式ヘルプ記載の内容。今後変更される可能性があります)。取り消されたメッセージは、送った側にも受け取った側にも復元できません。「あとでゆっくり保存しよう」が通用しない領域です。
スクリーンショットに加えて、トーク履歴のバックアップやテキスト出力をしておくと、元データが残っている証明としても役立ちます。
SNSの投稿・掲示板の書き込み
投稿本文だけでなく、URL、投稿日時、アカウント名が確認できる形で保存します。パソコンのブラウザで表示してページ全体を撮る、PDFとして保存するといった方法が確実です。
投稿者が誰かを法的手続で調べる場合、通信事業者が保有する記録が手がかりになりますが、その保存期間は一般に3か月から6か月程度とされることが多く、時間が経つほど特定が難しくなります。削除されるかもしれない、たどれなくなるかもしれない、という前提で早めに動くことをおすすめします。
電話・対面での会話
自分が当事者として参加している会話を録音することは、直ちに違法とはいえず、証拠として扱われることが一般的です。ただし、著しく不当な手段で得られたと評価される場合には証拠として認められないことがあるため、無理をしてまで録ろうとする必要はありません。
相手と会う予定がある、電話がかかってくる可能性がある、という段階なら、スマートフォンの録音アプリをすぐ起動できるようにしておくとよいでしょう。着信履歴は上書きされて消えることがあるため、画面を撮影して残します。通話明細を通信会社から取り寄せる方法もあります。
手紙・書面・置き手紙
封筒ごと保管してください。消印の日付や差出地は、いつどこから送られたかを示す情報になります。中身を何度も出し入れしたり、多くの人が触れたりすると、後の鑑定の妨げになるおそれがあります。読むときは袋やクリアファイルに入れたまま、コピーを取って原本は保管する扱いが安全です。
防犯カメラの映像
店舗や施設で脅された場合、その場のカメラ映像が有力な資料になり得ます。ただし映像は一定期間で上書きされるのが通常で、住宅用は1週間から10日程度、店舗などでも1週間から1か月程度が目安とされています。心当たりがあれば、早い段階で保存を依頼する必要があります。個人での依頼が難しい場合は、警察や弁護士を通じて求める方法もあります。
被害そのものの記録
見落とされがちですが、次のような記録も価値があります。
- 出来事を書き留めた日記やメモ
- 眠れない、体調を崩したなどで受診した際の診断書
- 欠勤・早退・キャンセルした予定、余計にかかった費用の記録
- 誰かに相談したという事実(相談日時と相手)
警察相談専用電話「#9110」に相談すれば、その相談自体が記録として残ります。すぐに事件化しない場合でも、後から経緯を説明する材料になります。
5.やってはいけない残し方・集め方
証拠を集めようとして、かえって立場を悪くしてしまう例があります。次の点にはご注意ください。
自分に不利に見える記録を消す……削除の事実自体が疑いを招き、説明の負担が増すおそれがあります。
都合のよい部分だけを切り取る……前後を欠いた資料は、意味を読み取れないと判断されることがあります。
相手の端末やアカウントを無断で見る……他人のIDやパスワードを使って中身を見る行為は、不正アクセス禁止法などに触れるおそれがあります。得られた資料の扱いに問題が生じるだけでなく、自分が責任を問われる側になりかねません。
盗聴器やGPS機器を仕掛ける……同様に、法令に触れるおそれがあり、事態を悪化させる危険もあります。
わざと挑発して過激な発言を引き出す……身の危険が増しますし、経緯が明らかになれば記録の評価も下がりかねません。
「録音しているぞ」と相手に告げて対抗する……要求がエスカレートしたり、記録を消すよう迫られたりするおそれがあります。
機種変更・アカウント削除・解約……端末を替える前に、データの移行と保存を済ませてください。「怖くてアカウントを消した」結果、証拠も一緒に消えてしまった例は少なくありません。
6.警察・弁護士に「渡す」ときの形
集めた記録は、渡し方によっても伝わり方が変わります。相談前に次の準備をしておくと、話が早く進みます。
証拠の一覧表をつくる……「日付/媒体(LINE・電話など)/相手/内容の要点/元データの保存場所」を一行ずつ並べた表があるだけで、全体像が伝わりやすくなります。
原本は手元に残し、コピーを渡す……画像データはコピーを、紙はコピーを提出し、原本は保管しておくのが基本です。
評価ではなく事実を伝える……「これは脅迫ですよね」と結論から入るより、「何月何日、誰から、こう言われた」と時系列で説明したほうが、罪名や請求の組み立てを検討しやすくなります。罪にあたるかどうかの判断は専門家の仕事です。
なお、2026年5月21日に改正民事訴訟法が全面施行され、訴えの提起や証拠の提出をオンラインで行える仕組みが始まりました。電子データそのものを対象とする証拠調べの規定も設けられています。手続がデジタル化していく流れの中で、元データを保存しておく意味はこれまで以上に大きくなっていくと考えられます。
7.いまは証拠が乏しくても、できることはあります
「その場では録音できなかった」「言われただけで何も残っていない」という方も多いでしょう。その状態でも、これから記録を積み上げることはできますし、供述の一貫性や、相談した記録、体調への影響を示す資料が補強材料になることもあります。
大切なのは、証拠がないからと諦めてしまわないこと、そして自分だけで危ない集め方に踏み込まないことです。何を残せばよいかは事案によって変わります。判断に迷う段階で一度専門家に相談し、「これから何を、どう残すか」を決めてしまうほうが、結果的に近道になることが多いと感じています。
脅迫や不当な要求を受けている状況では、記録を取ること自体が精神的な負担になります。無理のない範囲で構いません。まずは、いま手元にあるやり取りを消さないこと。そこから始めてください。


