処分保留で釈放された|終わったわけではない状態
示談金を分割で払うことになった、あるいは分割に応じる代わりに公正証書を作ってほしいと言われた。分割払いの合意は、支払が終わるまで当事者の関係が続くという点で、一括払いとは性質が違います。
公正証書にすれば裁判をしないで差押えができる、という説明を目にすることがあります。ただ、実際に書面が動き出す場面では、送達と執行文という手続を先に踏むことになり、そこで初めて、期限の利益喪失条項をどのような文言で書いておいたかが効いてきます。
この記事では、分割払いの示談書について、期限の利益喪失条項と公正証書という二つの論点を、支払う側と受け取る側の双方から整理します。
この記事で扱うことと扱わないこと
次の点は、別の記事で扱います。
・示談金の金額が妥当かどうかという評価。
・罪名ごとの示談書の文例やひな型。
・清算条項の文言の細かい読み方。
・示談交渉の始め方や申入れの書き方。
本文で条文番号を挙げているのは、根拠を確かめたい方のためです。読み飛ばしていただいても差し支えありません。
分割払いの示談書には二つの約束が入っている
示談は、法律上は和解契約です(民法695条)。当事者が互いに譲り合って争いをやめる合意で、いったん成立すると、その内容と食い違う主張は原則として後からできなくなります。
分割払いの示談書は、この和解契約の中に、性質の異なる二つの約束が入っている書面だと考えると読みやすくなります。
支払そのものについての約束
総額がいくらか、何回に分けるか、毎回の期日はいつか、どこにどの方法で払うか、振込手数料はどちらが負担するか。ここが曖昧だと、後になって、払った、受け取っていない、という食い違いが生じます。
約束が守られなかったときの約束
支払が遅れたときにどうなるかを決めておく部分です。期限の利益喪失条項、遅延損害金、連帯保証、公正証書の作成といった条項がここに当たります。分割払いの示談書で後から争いになりやすいのは、多くの場合こちら側です。
なお、示談書に署名しただけでは、支払を強制する力までは生じません。滞ったときに差押えをするには、判決や公正証書といった、債務名義と呼ばれる書面が別に要ります。
期限の利益とは何か
期限の利益とは、期限が来るまでは払わなくてよいという、支払う側の利益のことです。分割払いは、この期限の利益を回数分だけ与える合意だと言い換えられます。
民法137条は、破産手続開始の決定を受けたときなど三つの場合に期限の利益を主張できないと定めていますが、これは当事者が別の取り決めをすることを妨げるものではありません。そのため実務では、支払を怠った場合を喪失事由として書面に付け加えるのが一般的です。
期限の利益を失うと、残っている分割金の弁済期が一度に到来します。毎月の負担額で考えていたものが、残額全部の支払義務に切り替わるということです。
期限の利益喪失条項は「型」によって働き方が変わる
同じ期限の利益喪失条項でも、文言の型によって、いつ、どうやって喪失するのかが変わります。裁判所が示している文言例も、大きく次の三つに分かれています。
| 条項の型 | 書き方のおおよその形 | 実際の場面での違い |
|---|---|---|
| 当然喪失型 | 支払を一回でも怠ったときは、通知や催告がなくても当然に期限の利益を失う | 遅れた日が過ぎた時点で残額の弁済期が来る。失った日を特定しやすい |
| 到達型 | 支払を怠り、その額が定めた回数分または一定額に達したときは当然に期限の利益を失う | 一度の遅れで直ちに全部とはならない。到達した時点の計算が要る |
| 催告請求型 | 催告をしたうえで、請求によって期限の利益を失う | 催告と請求をした事実、その到達の記録が別に要る |
支払う側から見た違い
当然喪失型は、一回の遅れがそのまま残額全部の請求につながります。給料日と支払期日がずれている、口座振替ではなく自分で振り込む形になっている、といった事情があるなら、期日の設定自体を見直すか、猶予の余地を残した型にできないかを話し合う場面です。
受け取る側から見た違い
差押えを申し立てるときは、いつ、どの事由で期限の利益を失ったのかを申立書に書くことになります。裁判所が公表している記載例も、日付と条項番号を挙げて特定する形になっています。文言が曖昧だと、その説明がしにくくなります。催告請求型を選ぶのであれば、催告と請求を記録の残る方法で行う手間も見込んでおくことになります。
遅延損害金と、払ったお金がどこに充てられるか
支払が遅れた場合の損害賠償は、当事者が利率を決めていなければ法定利率によります(民法419条1項)。法定利率は三年ごとに見直される仕組みで、2026年4月からの期も年3パーセントに据え置かれています。約定の利率がこれを上回るときは、約定の利率によります。
見落とされやすいのが、払ったお金がどの順序で充てられるかです。取り決めがなければ、費用、利息、元本の順に充てられます(民法489条1項)。遅延損害金が生じている状態では、払っているのに元本が思ったほど減らない、ということが起こり得ます。別の順序にするなら、その旨を書面に入れておくことになります。
公正証書にすると何が変わるのか
公正証書は、公証人が作成する公文書です。分割払いの示談で問題になるのは、そのうち執行証書と呼ばれるものです。
執行証書とは、金銭の一定の額の支払などを目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているものをいいます(民事執行法22条5号)。この陳述の部分が、強制執行認諾文言と呼ばれています。
これに当たる書面があると、判決をもらうための訴訟という段階を経ずに、差押えの申立てに進めます。受け取る側にとっては回収の見通しが立ちやすくなり、支払う側にとっては分割に応じてもらうための材料になり得ます。
公正証書にしても、そのままでは動かない約束もある
執行証書として効力が及ぶのは、金銭の支払など条文が挙げる請求に限られます。連絡を取らない、他言しない、被害届を出さない、といった約束は金銭の給付ではないため、公正証書に書いてあっても、それ自体を強制執行で実現することはできません。書けないという意味ではなく、守られなかったときの手当てを別に考えておく必要がある、ということです。
公正証書は作った時点では動き出さない
この点は、解説記事では省かれやすい部分です。公正証書を作っただけで差押えが始まるわけではなく、次の段階を順に踏むことになります。
| 段階 | することの内容 | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 送達 | 公正証書の謄本を債務者に法律の定める方法で届け、送達証明書の交付を受ける | 本人が公証役場に出頭して作成した当日であれば、その場で交付する方法が取れる。代理人だけで作成した場合や後日行う場合は郵便による送達となり、債務者の現住所の確認が要る |
| 執行文の付与 | 強制執行ができることを書面に付記してもらう | 執行証書の執行文は、その原本を保存する公証人が付与する(民事執行法26条)。条件が付いている場合は条件の成就を証する文書が要り、その謄本の送達も要る |
| 財産の特定 | 差し押さえる預貯金口座、勤務先、不動産などを特定する | 裁判所も公証役場も、債務者の財産を調べてはくれない |
| 申立て | 執行文の付いた正本と送達証明書を添えて、裁判所に強制執行を申し立てる | 申立書に、期限の利益を失った日とその事由を書くことになる |
財産は自分で探すことになる
債務名義があっても、差し押さえる先が分からなければ手続は進みません。この点を補うため、財産開示手続や、第三者から情報を取得する手続が用意されています。もっとも、勤務先すなわち給与に関する情報を取得できる債権者は、養育費などの請求権と、人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権を持つ債権者に限られています(民事執行法206条1項)。同じ示談金でも、けがを負わせた事件と、物やお金をめぐる事件とで、使える手段が違ってくるということです。
給与を差し押さえられる範囲にも上限があり、原則として四分の一までとされています。残額の弁済期が一度に来たからといって、それがそのまま一度に回収されるとは限りません。
作成の手続と、2025年10月からの変更点
公正証書は、当事者双方またはその代理人が公証役場に嘱託して作成します。代理人による場合は、契約内容を記載した委任状と本人の印鑑登録証明書などが要り、白紙の委任状は使えません。強制執行を認諾する点についても、委任状に書いておくことが求められます。
2025年10月1日から、公正証書の作成手続がデジタル化されました。オンラインでの嘱託やウェブ会議を利用した方式が加わり、原本は原則として電子データで作られます。当事者が同じ場所に集まらずに作成できる場合があるという点は、顔を合わせたくない事案では意味を持ちます。
同じ日に、公証人手数料を定める政令も改正されています。手数料は目的の価額によって決まり、その区分と金額が見直されました。費用を調べるときは、改正前の金額を載せたままの解説記事もあるため、公証役場に直接確認するのが確かです。どちらが費用を負担するかは、示談書の中で決めておくのが通例です。
作るかどうかを決めるときの見方
受け取る側から見ると
支払が滞ったときに訴訟を経ずに進める点は、大きな違いです。一方で、送達や執行文の手続、財産の特定という作業が残ることは、あらかじめ見込んでおくことになります。相手に財産も収入もない場合、書面の効力とは別に、回収そのものが難しいという事情は変わりません。
支払う側から見ると
公正証書の作成に応じる姿勢を示すことが、分割の合意そのものを成立させる材料になることがあります。他方で、一回の遅れが差押えに直結し得る形にもなります。無理のある回数や金額を受け入れてから遅れるより、はじめから続けられる条件にしておくほうが、結果として双方の利益にかないます。
なお、公証人は当事者が持ち込んだ内容を公正証書にする立場であり、その内容が一方に不利かどうかまでは立ち入りません。公正証書だから内容も適正だ、ということにはならない点は、双方が知っておいてよい部分です。
刑事事件が動いている場合の注意
起訴するかどうかの判断は、犯人の性格や年齢、犯罪後の情況などを考慮して検察官が行います(刑事訴訟法248条)。この判断は、分割金の完済を待って行われるわけではありません。完済した時点で処罰を求めない意向を示す、という設計にすると、刑事手続の時間軸と噛み合わないことがあります。どの時点で何が起きる合意にするのかは、支払の設計と切り離せません。
もう一点、公正証書には当事者の氏名や住所が記載され、送達の手続でも相手の住所が必要になります。被害者の情報を加害者側に出したくない事案では、この点をどう扱うかを先に整理しておくことになります。
途中で払えなくなりそうなとき
支払が難しくなったときにできることは限られますが、順序はあります。
・期日より前に、代理人がいれば代理人を通じて連絡する。
・支払える範囲があるなら、その額と時期を具体的に示す。
・条件を変えるときは、口頭のやり取りで済ませず書面に残す。
・連絡を絶って放置すると、期限の利益の喪失と手続の開始につながりやすくなる。
よくある質問
示談書と公正証書は両方作るのですか
示談書と同じ趣旨の公正証書を別に作る形と、はじめから公正証書として作る形の両方があります。実務では、先に示談書を取り交わし、その中で公正証書を作成することに合意しておく形がよく使われます。
公正証書があれば回収できるのですか
訴訟を経ずに手続に入れるという意味では有利ですが、差し押さえる財産が見つからなければ回収には至りません。書面の効力と、実際に取れるかどうかは、別の問題として考えることになります。
分割の途中でも清算条項は効いているのですか
清算条項は、その示談で解決した範囲について、ほかに債権債務がないことを確認する条項です。まだ払われていない分割金は、その示談で決めた債務そのものですから、清算条項があっても請求できます。条項の射程については、別の記事で扱います。
弁護士に相談する意味
分割払いの条件は、金額だけでなく、期日、喪失事由、遅延損害金、公正証書の要否といった要素の組み合わせで決まります。どれか一つだけを見て合意すると、後から動かしにくくなります。
当事者どうしで話すと、支払能力の説明が言い訳のように受け取られることもあります。代理人を通すことで、条件を整理した形で提示でき、書面の作り方についても、その後の手続の見通しを踏まえて検討できます。署名する前、公証役場に行く前の段階でご相談いただければ、選べる幅が残ります。
まとめ
・分割払いの示談書には、支払そのものの約束と、守られなかったときの約束が入っている。
・示談書に署名しただけでは、支払を強制する力までは生じない。
・期限の利益を失うと、残っている分割金の弁済期が一度に到来する。
・期限の利益喪失条項には当然喪失型、到達型、催告請求型があり、働き方が異なる。
・遅れたときの損害賠償は、取り決めがなければ法定利率による。
・払ったお金は、取り決めがなければ費用、利息、元本の順に充てられる。
・執行証書に当たる公正証書があれば、訴訟を経ずに差押えの申立てに進める。
・連絡を取らない、他言しないといった約束には、執行証書としての効力は及ばない。
・公正証書は作成後に送達と執行文の手続が要り、財産は債権者の側で特定する。
・2025年10月から作成手続がデジタル化され、手数料の区分も改正された。


