【ストーカートラブル】示談した後に相手が約束を破った|違約金と刑事手続の両面
この記事は、2026年10月時点の法令(ストーカー行為等の規制等に関する法律、刑事訴訟法、犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律、弁護士職務基本規程など)と、刑事事件の示談をめぐる一般的な実務の運用をもとにしています。実際の進み方は、事件の段階や個別の事情によって変わります。
「警察から『相手の弁護士があなたと話したいと言っている』と連絡があった。どう答えればいいのか分からない」「相手の弁護士から電話が来たが、何を話してよくて、何を話さないほうがいいのか迷っている」。ストーカー被害のご相談では、加害者側に弁護士がついた段階で、こうした戸惑いの声を多くお聞きします。
加害者本人と直接やり取りをしなくてよくなる点で、相手に弁護士がつくことには一定の安心材料があります。一般にもそのように説明されることが多く、それ自体は誤りではありません。ただ、相手方の弁護士はあくまで加害者の側に立つ人です。話し方や伝える情報を整理しないまま応じると、伝えるつもりのなかった生活の情報を渡してしまったり、急いで示談の条件を受け入れてしまったりすることがあります。
この記事では、加害者側の弁護士から連絡が来たときに、被害を受けている方がどのように話を進めればよいかを、ストーカー事案に特有の「自分の情報を守る」という視点から整理します。示談に応じるかどうかの一般的な判断材料は加害者側から示談を持ちかけられた|応じる前に確認することで、自分も弁護士を立てるかどうかの判断は相手に弁護士がついた|自分も弁護士を立てるべきかの判断で詳しく扱っていますので、あわせてご覧ください。
加害者側の弁護士から連絡が来るのはどんなときか
連絡の目的の多くは示談の申入れ
ストーカー事案で加害者側の弁護士が被害者に連絡をとろうとするのは、多くの場合、示談を申し入れるためです。加害者が警察の捜査を受けている、あるいは逮捕・勾留されている段階では、被害者と示談が成立しているかどうかが、検察官の処分や裁判での量刑を判断する際の事情の一つとして考慮されます。加害者側の処分の分かれ目については【刑事事件】ストーカーで前科はつくのか|警告・検挙・起訴の分かれ目と、不起訴になる場合で解説しています。
そのため、相手方の弁護士からの連絡は「謝罪と被害弁償をしたい」「今後一切接触しないことを約束したい」といった言葉で始まることが一般的です。連絡の背景には、加害者の刑事処分を少しでも軽くしたいという目的があることを、最初に押さえておくと話を整理しやすくなります。
連絡先は捜査機関を通じて確認される
警察や検察は、被害者保護の観点から、加害者本人に被害者の連絡先を教えることはありません。実務では、加害者の弁護人が捜査機関に「被害者と示談の話をしたい」と申し出て、捜査機関が被害者に「弁護人に連絡先を伝えてよいか」と意向を確認する、という流れが一般的です。
つまり、相手方の弁護士があなたの連絡先を知るのは、原則としてあなたが了承した場合です。警察や検察から意向を聞かれた時点で、伝えるかどうか、どの連絡先を伝えるかを選ぶことができます。その場で決めきれないときは、「少し考えてから返事をしたい」と伝えて時間をもらうこともできます。
連絡先を伝えるかどうかの選び方
捜査機関から意向を聞かれたときの選択肢は、おおむね次の3つです。
| 選択肢 | 内容 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 伝えない | 示談の話し合いそのものに応じない | 処罰を強く求めたい、今は話をする気持ちになれない |
| 弁護士限りで伝える | 加害者本人には伝えないことを条件に、弁護人にだけ連絡先を伝える | 話を聞いたうえで判断したい |
| 自分の代理人の連絡先を伝える | 自分が依頼した弁護士を窓口にする | 自分の連絡先を一切出したくない、条件を詰めて交渉したい |
「弁護士限りで伝える」を選ぶ場合も、伝える連絡先は必要最小限にとどめるのが無難です。たとえば、普段使いの電話番号ではなく、やり取り専用のメールアドレスを用意する方もいます。
相手方の弁護士は「中立」ではない
弁護人は加害者の利益のために動く立場
弁護士職務基本規程は、刑事弁護にあたる弁護士に対し、被疑者・被告人の権利と利益を守るために最善の弁護活動に努めることを求めています(弁護士職務基本規程46条)。相手方の弁護士が丁寧な言葉づかいで話していても、それは加害者のための活動の一部です。
もちろん、弁護士が被害者に対して事実と異なる説明をしたり、不当に圧力をかけたりすることは許されません。ただ、相手方の弁護士は、被害者の側に立って「この条件はあなたに不利です」と教えてくれる立場にはないという点は、意識しておく必要があります。
それでも弁護士が間に入ることの意味
加害者本人と直接話さなくてよいことは、ストーカー事案では大きな意味を持ちます。加害者本人に新しい連絡のきっかけを与えずに済み、言葉の受け止め方をめぐる行き違いも起きにくくなります。
また、こちらが弁護士に依頼した場合、相手方の弁護士は、正当な理由なく、こちらの弁護士の承諾を得ないで被害者本人と直接交渉することはできません(弁護士職務基本規程52条)。自分で対応するのがつらいときは、窓口を完全に弁護士に移すことができます。
本当に弁護士からの連絡かを確かめる
まれに、加害者の知人などが弁護士を名乗って連絡してくることも考えられます。警察や検察を通じた連絡であれば確認しやすいのですが、突然電話や手紙が届いた場合は、名乗られた氏名と事務所名を控え、日本弁護士連合会の弁護士情報検索で登録を確認してから応じると安心です。調べ方は弁護士の登録番号・所属弁護士会の調べ方|懲戒歴は確認できるかで紹介しています。
折り返しの連絡は、相手から伝えられた番号ではなく、検索で確認した事務所の代表番号にかけ直すという方法もあります。
最初の連絡で確認しておきたいこと
聞いておきたい項目
最初の電話や面談では、こちらから多くを話す必要はありません。まずは相手方の弁護士から、次のような点を聞き取っておくと、その後の判断がしやすくなります。
- 加害者が現在どのような状況にあるのか(逮捕・勾留されているのか、在宅で捜査を受けているのか)。
- 加害者本人が、こちらの住所・勤務先・連絡先をどこまで知っているのか。
- 示談を申し入れる目的と、加害者がどこまで事実を認めているのか。
- 提案する条件(謝罪、被害弁償の金額、接触しない約束の内容など)。
- 弁護人として知ったこちらの情報を、加害者本人に伝えないと約束できるか。
- 回答の期限があるか、あるとすればその理由。
とくに、加害者が事実を認めているかどうかは重要です。事実を争いながら「穏便に済ませたい」と提案してくる場合は、示談の意味合いが変わってくるためです。
その場で答えなくてよいこと
相手方の弁護士から金額や条件を示されても、その場で返事をする必要はありません。「提案は書面でいただけますか」「内容を確認してからお返事します」と伝えれば十分です。示談はいったん成立すると後から覆すことが難しいため、検討の時間をとることは被害者の当然の権利と考えてかまいません。
回答の期限を示されることもあります。加害者の勾留期限などの事情がある場合もありますが、その事情はあくまで加害者側のものです。期限内に決めきれない場合は、その旨を伝えるだけでもかまいません。
自分の情報を守る言い方
会話の中で、相手方の弁護士から「最近はどちらにお住まいですか」「お仕事は続けていらっしゃいますか」といった質問を受けることがあります。示談書の作成に必要な場面もありますが、ストーカー事案では、現在の住所や勤務先、生活の予定は、話し合いの最初の段階で伝える必要はありません。
答えたくない質問には、「その点はお答えを控えます」「必要があれば書面の段階でご相談させてください」と伝えれば足ります。理由を詳しく説明する必要もありません。
話し合いを続けるときの進め方
連絡の手段と時間帯はこちらで決めてよい
話し合いを続けると決めた場合は、連絡の方法をこちらから指定してかまいません。「やり取りはメールでお願いします」「電話は平日の日中のみでお願いします」と最初に伝えておくと、突然の電話に気持ちを乱されることが少なくなります。
面談を求められることもありますが、応じる義務はありません。応じる場合は、相手方の法律事務所など人目のある場所を選び、加害者本人が同席しないことを事前に確認しておきます。可能であれば、ご家族や自分の弁護士に同席してもらうとよいでしょう。
やり取りは記録に残す
電話で話した内容は、日時・相手の氏名・話した内容を、その日のうちにメモに残しておきます。メールや書面はそのまま保存します。示談の条件をめぐって後から「言った・言わない」にならないためだけでなく、加害者側が約束を守らなかったときに、経緯を説明する材料にもなります。記録の残し方は証拠の残し方|あとで警察・弁護士に通用する記録とはも参考にしてください。
相手方の弁護士を「伝言役」にしない
「本人にこう伝えてほしい」と感情的な言葉を託したくなることがあるかもしれません。ただ、相手方の弁護士が伝えた言葉は、加害者本人の受け止め方次第で、新たな執着のきっかけになることもあります。加害者に伝わってよいのは、示談の可否と条件だけと考えておくと、話し合いが落ち着いて進みやすくなります。
加害者からの謝罪文の受取りを打診されることもありますが、受け取るかどうかはこちらで選べます。受け取る場合も、弁護士を通じた受取りとし、加害者本人からの直接の送付は断るのが一般的です。
示談の提案を受けたときに見るところ
ストーカー事案で中心になる約束
ストーカー事案の示談では、金額よりも「今後どう関わらないか」の約束が中心になります。提案書面を受け取ったら、次のような項目が入っているかを確認します。
- 直接の連絡だけでなく、SNS・第三者を通じた連絡も禁止しているか。
- 自宅・勤務先・最寄り駅など、近づかない場所や範囲が具体的に書かれているか。
- 約束に違反した場合の違約金が定められているか。
- こちらの写真・連絡先・個人情報などのデータを削除する約束があるか。
- 示談書の中で、こちらの住所や連絡先をどのように記載するか(代理人の事務所を連絡先にできるか)。
- 清算条項の範囲が、将来の違反行為まで免除する内容になっていないか。
示談と「許す」ことは分けて考えられる
加害者側からは、示談書に「加害者を許し、処罰を求めない」という一文(宥恕条項)や、被害届の取下げを入れてほしいと求められることがよくあります。しかし、被害弁償や接触しない約束には応じつつ、処罰を求める意思は維持するという示談も可能です。どこまで応じるかは、被害者が決めることです。
なお、ストーカー行為罪は平成28年の法改正で、告訴がなくても起訴できる罪になっています(ストーカー行為等の規制等に関する法律18条)。示談が成立したからといって、捜査が当然に終わるわけではありません。また、公安委員会による禁止命令は行政上の処分で、当事者間の示談によって当然に効力を失うものではありません。禁止命令と民事上の手続との関係は、接近禁止を実現する2つの道|ストーカー規制法(警察)と民事保全(裁判所)の使い分けで詳しく解説しています。
分割払いや約束が守られなかったとき
被害弁償が分割払いになる場合は、支払が滞ったときの扱い(残額を一括で請求できるか)を書面で決めておきます。加害者が起訴されて裁判になっている場合は、刑事裁判の手続の中で示談の内容を公判調書に記載してもらう「刑事和解」という方法もあり、記載された内容は裁判上の和解と同じ効力を持ちます(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律19条)。分割払いの書面の作り方は分割払いの示談書|期限の利益喪失条項と公正証書も参考になります。
自分も弁護士を立てたほうがよい場面
判断の目安
相手方の弁護士とのやり取りは、ご自身で対応することもできます。ただ、次のような場面では、こちらも弁護士に依頼することを考えてもよいでしょう。
- 相手方の弁護士と話すこと自体が大きな負担になっている。
- 自分の連絡先を相手方の弁護士にも伝えたくない。
- 提示された金額や条件が妥当かどうか判断がつかない。
- 加害者が事実の一部を認めていない、または説明が食い違っている。
- 示談書に入れるべき接触禁止の範囲や違約金の決め方に不安がある。
- 警察への相談や被害届・告訴の手続と並行して進める必要がある。
弁護士を立てた後に変わること
こちらが弁護士に依頼すると、相手方の弁護士とのやり取りはすべて代理人同士で行うことになり、ご自身の連絡先を相手方に伝える必要もなくなります。示談の条件についても、ストーカー事案で必要になる約束を盛り込んだ形で交渉を進めることができます。弁護士に依頼した場合の変化は【ストーカートラブル】弁護士に依頼すると何が変わるのか|ストーカー被害で代理人を立てる意味で、被害届と告訴の選び方は被害届と告訴の違い|ストーカー・脅迫でどちらを選ぶで解説しています。
よくあるご質問
加害者の弁護士からの連絡に応じないと、不利になることはありますか
示談の話し合いに応じるかどうかは被害者の自由で、応じないことを理由に被害者側に法的な不利益が生じる仕組みはありません。一方で、示談に応じない場合でも、被害弁償だけは受け取るといった選択肢もあります。提案の内容を書面で受け取ってから判断する、という進め方もできます。
相手方の弁護士に伝えた住所や勤務先が、加害者本人に伝わることはありませんか
捜査機関を通じて弁護人に連絡先が伝えられる際は、加害者本人には伝えないことを前提とする運用が一般的です。それでも、伝える情報はできるだけ少なくし、「加害者本人には伝えない」という約束を書面やメールで確認しておくと安心です。示談書でも、こちらの住所を記載しない形や、代理人の事務所を連絡先とする形をとれるかを相談するとよいでしょう。
示談をしたら、警察の警告や禁止命令はなくなりますか
警告や禁止命令は警察や公安委員会による措置で、当事者間の示談によって当然に効力を失うものではありません。また、ストーカー行為罪は告訴がなくても起訴できる罪のため、示談が成立しても、それだけで捜査が終わるとは限りません。示談の成立は、処分を決めるうえでの事情の一つとして考慮されます。
まとめ
- 加害者側の弁護士からの連絡は、多くが示談の申入れを目的とし、連絡先は被害者の了承を前提に捜査機関を通じて伝えられるのが一般的な運用である。
- 相手方の弁護人は、加害者の権利と利益を守るために活動する立場にある(弁護士職務基本規程46条)。
- こちらが弁護士に依頼すれば、相手方の弁護士は正当な理由なく被害者本人と直接交渉できない(同規程52条)。
- 最初の連絡ではその場で回答せず、提案を書面で受け取り、住所や勤務先などの生活情報は必要になるまで伝えない。
- ストーカー事案の示談では、接触禁止・近づかない範囲・違約金・データの削除など、将来の約束の内容が中心になる。
- ストーカー行為罪は告訴がなくても起訴できる罪であり、示談・宥恕・禁止命令はそれぞれ分けて考える(ストーカー行為等の規制等に関する法律18条)。
- 分割払いの約束は、刑事裁判の中で刑事和解として公判調書に記載してもらう方法もある(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律19条)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、ストーカー被害に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。加害者側の弁護士から連絡が来て対応に迷っている方、示談の条件が妥当か確認したい方、ご自身の窓口も弁護士に任せたい方は、状況が固まる前の段階でもご相談ください。
これから示談の話し合いに臨む方にも、すでに提案を受けて返事を迷っている方にも、それぞれの段階に応じた進め方をご一緒に検討します。


