マナーうんちく話544≪薔薇で攻めるか、それとも恋文か?≫
そもそも礼儀作法は、どこの国や地域でもそうだと思いますが、社会体制の基盤が強固になるにつれ、秩序のある生活や心豊かな生活を求めるようになった結果形成されたものです。
また島国であり、四季が豊かで、稲作を中心とした農耕文化で栄えた日本は他国からの侵入もなく、自然と共生しつつ、平和な社会を確立しました。
だからこそ、自己を不必要に誇張することなく、むしろ自己を抑制しながら他者への思いやりを大切に感じ、その結果作法という形めいたものが形成され、日本の文化の一翼を担うようになったわけです。
ところで話は変わりますが、物が豊かで便利になった今、日本には世界でも非常にユニークな現象だと思いますが、全国津々浦々で「謝罪会見」が行われています。
政界、財界、学校、各種団体、芸能界等々広範囲に及んでいますが、それを聞いたり、見たりしてうんざりしている人も多いのではないでしょうか・・・。
名誉を挽回するために会見を開くのでしょうが、一言でいえば潔さがなさすぎると痛感します。
言い訳に徹した会見、部下や秘書のせいにするもの、謝罪の言葉がないもの、態度が最初から横柄なものなどなど、あまりにもお粗末で滑稽と思われるものが珍しくありませんね。
物が豊かで便利になった国が、ハッピーになれない理由がここに凝縮されているような気がします。
だから今回はあえて「潔さ」を取り上げました。
潔さといえば高貴さをイメージさせる独特の概念を持つ美しい言葉ですが、これを語る上においては、すでに「マナーうんちく話」でとりあげましたがビクトリア女王の「フィンガーボール事件」に触れてみたいと思います。
フィンガーボールはフランス料理において、卓上で指を洗う小物ですが、19世紀にイギリスのビクトリア女王が主催した晩さん会で、招待したある国の貴族がフィンガーボールの水を飲みました。
それを見て女王は思わず自分も同じ振る舞いをして、その場の雰囲気が悪くならないようにしたという美談です。
日本の殿様にも同じような逸話があります。
殿様が食事をしていると、おかずの中に虫の死骸が入っていました。
殿様がそばにいる役人にそれを指摘したら、殿様の料理人は責任を問われます。だから殿様は側用人に気づかれないように、その虫の死骸をそのまま飲み込み、なにもなかったようにふるまったという美しい話です。
潔さとは「清らかで汚れがない」「思い切りが良い」「未練がましくない」などが主な意味のようですが、「自分にとって都合の悪い現実にも毅然と立ち向かえる前向きな気持ち」です。
ネガティブになることなく、何事にも最善を尽くすことができる「器の大きい人」だと思います。
いじめが原因で生徒が自殺に走り、学校が会見を開いた例が多くありましたが、まずびっくりしたのは誰も非を認めようとしないし、責任の所在を明確にしないことです。
また政治家においては、都合の悪いことは全て秘書のせいにして、自分だけ生き延びようとする姿には、本当にあきれるばかりですね。勿論潔い先生や政治家や指導者も多いと思いますが、聞いたり見たりして、心地よくなる話にふれてみたいものですね。
上に立てば上に立つ人ほど「潔さ」を発揮してほしいと思います。
その人の品格とはここに出るわけでしょう。
3月11日が近くなりましたが、あれだけの大惨事を産んだ福島第一原子力発電所事故・・・。
想定外、遺憾、不慮の事故だけでは済まないような気がするのですが・・・。