マナーうんちく話569≪泥より出でて、泥に染まらず≫
実りの秋、収穫の秋を迎えています。
この時期には全国津々浦々で稲刈りが始まっていますが、同時に秋まつりが行われている頃でもあります。
祭りは主に春と秋に行われることが多いようですが、どちらかといえば春は邪気を払うのが目的で、秋の祭りは収穫に感謝する目的で行われるケースが多いようです。
飽食になった今と異なり、昔はまさに「生きること=食べること」で、特に主食になる米や麦の収穫はとても大きな意味を持ちます。
秋の実りに感謝するのは当然といえば当然でしょう。
五穀豊穣の喜びと感謝、国家の繁栄、国民の平安を祈念する行事は、人が人として生きていく上では最も基本的な要因です。
中でも伊勢神宮の「神嘗祭」は、収穫に感謝を込めて初穂をお供えする、数多くあるお祭りのうちでもっとも重要なお祭りです。
ちなみに神様にお供えするお金のことを「初穂料」と言います。
始めて収穫された稲穂が「初穂」ですが、稲作を中心とした農耕文化で栄えた日本では、秋のコメの収穫に先立って、熟した初穂を神様に献じたわけです。
従って初穂をお供えするということは、生産物の成熟や収穫、さらには予祝の意味が込められているわけです。
秋の収穫を信じて、あらかじめ祝うことが「予祝」です。
「初穂料」とはそのような意味を尊重しているわけですね。
昔の人はあらかじめ祝うこと、つまり「予祝」をおこなうことで、それが実現することを信じたのでしょうか、花見には豊作になる願いが込められています。
家を建てるときに餅をまいたりするのは、頑丈な家ができることを願う行事です。
春のお祭りで「予祝」を行い、秋の豊穣を神様にお願いして、その願いが叶って秋に豊作を迎えると、秋のお祭りで改めて神様に感謝するわけですね。
これだけ科学や気象学が発達して災害をある程度予測することはできても、いまだに防ぐことは不可能です。
まして科学も気象学の概念もない昔はなおさらです。
だからこそ今では考えられないくらい神頼みのウエイトは大きかったと思います。
農作物ばかりではありません。
子育ても、家内安全も、健康も、あらゆることを神に祈ったわけですね。
その一方で、家族が健康であったり、子どもが丈夫に育ったり、農作物が豊作になったらその喜びもひとしおだったようです。
だからこそ、季節の節目には必ず神様に近況報告し、感謝の気持ちを表現したのでしょう。
四季が美しく、衣食住に恵まれた今の生活にあらためて感謝です。