マナーうんちく話569≪泥より出でて、泥に染まらず≫
めっきり涼しくなった空を見上げるとウロコ雲が小さな群れをなしています。
夏の入道雲のような逞しさは感じられませんが、小さな雲片が群れを成す姿もまた爽快です。この時期ならではの空の風景です。
また「グルメの秋」と形容されるだけあって、多くの味覚が楽しめる絶好の季節ですが、「秋の七草」が出揃う頃でもあります。
彼岸にも「春の彼岸」と「秋の彼岸」がありますが、七草にも「春の七草」と「秋の七草」があります。
春の七草は食用として重宝されますが、秋の七草は観賞用で見て楽しみますが、薬にされる場合もあります。
いずれも歴史は非常に古く、秋の七草は万葉集にも登場しています。
嬉しいことに、この時期あちらこちらの地域に講演に出かけると、毎年どこかで秋の七草を飾っておもてなしを受ける時があります。
地域の方々の優しさと感性の豊かさを実感できる時です。
《秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 7種の花》
《萩が花 尾花 くず花 撫子の花(なでしこ) 女郎花(おみなえし) また藤袴(ふじばかま) 桔梗の花》
(万葉集 山上 憶良)
現在では秋の七草を指折り数えて順に咲いていくのを楽しむ人は少ないと思いますが、娯楽の少ない先人は、自然と上手に付き合いをしてきたのでしょうね。
春の七草も秋の七草も一度に開花するわけではありません。
ちなみに秋の七草では萩が早くから咲きます。
私が住んでいる山間地域では7月頃にはお目見えして、10月くらいまで楽しめます。
ところで万葉集には100種以上の花が登場しますが、「萩」は万葉集で一番多く詠まれている花です。心にとめて置いて下さい。お役に立ちます。
さらに「尾花」も多いようですが、これはお月見で活躍するススキです。
お月見でススキを生けるのは、ススキはイネ科ですから米に見立てているわけです。
《幽霊の正体見たり枯れ尾花》という名な言葉があります。
疑心暗鬼になってしまうと、尾花でも幽霊に見えてしまうという意味で使用されます。
また飽食の時代になった今では影が付薄くなりましたが、「葛(くず)」はくず粉の原料です。
純愛の花ことばを持つ「撫子」は日本人好みの響きを持った大変愛らしい花です。
日本人女性の美しさを昔から花に例えていますが、清楚な美しさを秘めた女性を「大和なでしこ」と呼びます。
「女郎花」はぽつりぽつりと離れて静かに咲く姿が印象的の黄色い花ですが、美人の花ことばを持つ割には、その匂いは好きになれません。
逆に「藤袴」は独特の香りを持ち、平安貴族が好んで衣服に着けていたとか。ただし生の状態ではほとんどにおいはありません。乾燥させるとほのかに桜餅のような香りが漂ってきます。12単にもしのばせるなど、お洒落アイテムとして愛用されたようです。
最後に「桔梗(ききょう)」がありますが、桔梗はいろいろな説があり、「朝顔」ではないかともいわれています。ただ朝顔は奈良時代に中国からはいったという説もあり、平安時代だとする説もあるようで、定かではありません。
ところで、秋の野原で野の花が咲き乱れることを「花野」と呼びますが、最近では人工的につくられた公園でないとみられなくなりましたね。
加えて秋の七草の「桔梗」「藤袴」も絶滅危惧種になりました。
先人が長い間築き上げてきた美しい季節の言葉や自然がなくなることは、非常に寂しいことです。
秋の七草は奈良時代に活躍した歌人山上憶良が万葉集に寄せたのが始まりと言われますから、1300年以上も前から脈々と日本人に愛されてきた植物です。
物の豊かさや利便性を追い求めるのもいいでしょうけど、自然に対して素敵なマナーを発揮して、自然と真摯に向き合い、心の豊かさを大切にしたいものですね。