京都学園大学工学部設置構想に思う
別に私が言うまでもないことですが、言論の自由は非常に重要です。これまた言うまでもないことかもしれませんが、最近、自由に発言をすることが本当に難しくなっている「空気」があり、何とも言えぬ圧迫感のようなものを感じることがあります。世知辛い世の中であること、何となく暮らしにくい空気というのを否定する人は、総理大臣を信奉する人々の中でもごく一部ではないかと思います。
とりわけ、「とんでもない」「ろくでもない」と思ったのが、東洋大学におけるこの出来事です。東洋大学は仏教と縁の深い大学で、現在の学長も、偉大な仏教学者です。私自身も御著書から多くの影響を受けた先生です。私も学会発表をするために、何度か訪れたことのがあります。この大学の創始者は、井上円了で、私とは縁もゆかりもありませんが、浄土真宗の僧侶です。彼が東京の麟祥院という禅宗寺院に創設した哲学館こそが、後の東洋大学になっていきます。現在の東洋大学も、この井上円了について、ホームページにも大きく記載しており、彼の意志を引き継いでいることを全面的に打ち出しています。井上円了は、「妖怪博士」との異名もあります。いわゆる「こっくりさん」を解明した人でもあり、「ものの考え方」を重視し、自由闊達な学問を後押しした人物です。
そんな東洋大学で、学生が、元政治家の教授を批判するビラをまき、立て看板をたてたとのことで、退学が検討されているということです。もちろん、褒められたことではないと思います。多分、私が学生の時に同じことをする学生がいたら(当時は実際まあまあいました)、冷たい目で通り過ぎたと思いますし、自分が関わることはなかったと思います。でも、一方で、大学側がそれを許容しないという姿勢もなかったと思います。
いわゆる世間は「大学くらい出ていなければ・・」と言うわけですが、当の大学は何を学生に教えるのか、ということは是非重視していただきたいと思います。私立大学は建学の精神を重んじるはずですが、井上円了は、言論の自由、学問の自由を認めず、何としても訴えたい思いのある若い学生に対して、退学という言葉で圧するような人物だったとは思えませんし、考えたくもありません。今の学長先生も私の知る限りとても寛容な素晴らしい先生だと思います。本件についてどのようにお考えなのかと思ってしまいます。仏教は、禅宗、特に曹洞宗は「法戦」という儀式があるのですが、問答を重視します。ご存知禅問答です。最近、書店で、総理大臣大好きジャーナリストの『問答無用』という本が置いてあり、読んでいないので、どうこう言えませんが、とんでもないことです。今回の東洋大学の動きはまさに問答無用です。この国はいつからこうなったのでしょうか。若い学生の言い分を聞き、問答して、間違っているなら、それを問答形式で相手を納得させてあげることも大学教育だと私は信じてきました。
かつて私が院生の時、副手という仕事をしていました。その際、いろいろ理不尽に思うことがあり、大学側に言わせると、反乱を起こしたような形になりました。もちろん、私自身は、やめろというなら、いつでもやめてやるわと覚悟を決めて事を起こしました。同僚も「余計なことをしやがって」と言う人もいましたし、嫌な空気が流れていました。それでも、その時の先生方の何名かは、会議を設定してくださり、私が言おうとしていることが一体どういうことなのかということを、全て聞いてくださりました。そして、その時、文書で回答をいただいたものは、今でも私の手元にありますが、「今より約30年前、実は君と同じ問題提起を私もした。30年を経て、自分が教員になっても同じ問題を提起されることに恥じ入るが、君は学生としての本分を全うしてほしい」こんな一説がありました。この先生は、50代で往生されましたが、この時の先生の対応は今でも私の心の中に強く残っています。
もちろん、私自身はこの「反乱」は覚悟を決めてやりました。それでもやらねばならない理由があったからです。それを先生は聞いて、受け止めてくださり、問答の末、結局は何かを大きく変えることはできなかったのですが、私に退学を迫るどころか、むしろ、大学に残りやすいようにしてくださったと、当時は理解しました。師匠からもいろいろしかられ、結局恥をしのんで大学に残りましたが、今となってはそれでよかったと思っています。
私は大学院時代に、こんな思いをしたのですが、今回の東洋大学の学生は、どんな経験が心に刻まれるのでしょうか?大学当局、当該の人を担当する先生方が、前途ある若者を奥深い知見でもって導いてあげて欲しいと心から願います。
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