私の仕事史「マイ チャレジング デイズ」―バブルを横目に、かくもエキサイティングな日々―Ⅰ
今日の目次
・孫が生まれて6年、一度も顔を見ていない
・あんた好かれていないな!
・おそらく謹厳実直な人
・自分なりに結論はわかっている
・ある意味元気な人
・やむにやまれぬ心情は?
孫が生まれて6年、一度も顔を見ていない
新聞の人生相談コーナーは割と興味深く見ている、という話はこれまでも何回か、このコラムでも書いてきました。(いや・・・何十回かな?)
少し以前のことですが、またしても興味深い相談が目に留まり、かなり気になったので触れてみたいと思います。私と同世代、70代の男性の相談です。
そもそもこういったコーナー、男性の相談というのはそれほど数が多くありません。相談者は女性の方が圧倒的に多いのではないかと思います。中でも、男性、70代というのは珍しいのではないでしょうか。
相談は以下のような書き出しで始まります。
―70代男性会社員。離れて暮らす息子夫婦のことで相談します。
孫が生まれて6年たちます。しかし結婚後、一度も顔を見せません。催促しても「忙しくてそれどころではない」と冷淡な返答です。「近くに来たら寄ってください」とも言われません。・・・―
あんた好かれていないな!
まずこの書き出しで私が感じたのは『そりゃあ、あんた好かれていないな。』ということでした。
確かに、孫が生まれたのに6年も会っていないというのは、いささか異常事態ではあります。
「こっちは忙しくいろいろ大変なんだから、会いたいんだったらそっちからお出でよ。」
とも言われていません。
我が家はもっぱらこれですので、こちらから好きな時に行っています。ということは、親子の関係性に何か問題がありそうな気がします。
そう思いながら読み進めると、やはり、思い当たるフシが出てきました。
―何か怒らせることをしたのかと考えるうちに時間ばかりが経過し、今や没交渉の状態です。冷静に話し合わなければと思いますが、私は短気で、すぐ感情的になってどなりちらす癖があり躊躇しています。親の心情を無視する、非常識で無責任な息子夫婦や、息子の妻の母親を糾弾したい思いを抑えるのに苦労しています。―
うーん、ここまで読んで、この人が親子の良好な関係を取り戻すのは難しいかもな、と思わざるを得ません。
おそらく謹厳実直な人
生まれた孫と6年間も会えていない、というこの70代男性の人生相談。なにかわけがあるのだろう、と読み進めていて、最後まで読み終わらないうちにその原因らしきものが見えてきました。
「自分は短気で、すぐ感情的になりどなりちらしてしまう・・・」という自己分析もさることながら、もっと大きな要因は、自分では気づいていないところにあるように思います。
それは、「非常識で無責任な息子・・」という表現や、「息子の嫁の母親を糾弾したい・・・」といった言い回しによく表れています。「糾弾」とはまた穏やかではありません。「糾弾してやる!」と、けんか腰の人のところへ、わざわざ自分から近づく人間はいないでしょう。
文面からすると、この相談者は、謹厳実直な人と思われます。おそらく子供も厳しく育てられたのではないでしょうか。
自分なりに結論はわかっている
その息子が、単に「非常識で無責任」な人間に育ったとは思えません。家庭もちゃんと持っているところを見ると、自分たちは自分たちで立派にやっていることでしょう。
その息子のことを、頭から「非常識で無責任な息子」と決めつけているところに、この人の救いの無さが見え隠れします。そのことが、自分ではわかっていないのです。
相談は、次のように結ばれていました。
―このまま事態を放置し、孫との対面を諦めれば、嫌な思いをすることもなく、表面上は平穏に過ごせます。しかし、孫に一度も会わずに他界するのも無念で、悔いが残ります。この問題とどう向き合えばいいでしょうか。―
ここまで読んで、この人はある程度、自分なりに結論はわかっているのだな、とも思いました。つまり、どうしても会うとなれば、それなりの軋轢は自分も息子たちも覚悟しなければならない。しかし、やや残念な気持ちを引きずりながらも、放っておけば残り少ない人生、穏やかに過ごせるのだ、と。
この相談に対する回答が、極めて的確なものだったので、次にご紹介します。
ある意味元気な人
この相談者に対する回答がなかなか的を射ており、面白かったのですが、それを紹介する前に、私の率直な感想を書いておきたいと思います。おおむね回答者と同意見だったのですが、少し私なりに思ったこともあるので触れておきます。
さて、頑固を絵にかいたような、年配の父親の人生相談です。息子と没交渉で孫にも会えない、と言いながら、泣きごとというわけではなく、しっかりと息子夫婦や息子の嫁の母親まで非難している、ある意味元気な方でもあります。
頑固や我がままが原因で、子供をはじめ周りにつらくきつく当たっていた人間も、やがて年を取って弱ってきます。そうすると、かつての所業は忘れたかのように、下の世代に寛大さを求める人間も多いものです。
「こっちはこんなに弱ってきたんだから、ちょっとくらい優しくしてくれたっていいじゃないか。」
これは世間ではよくある風景です。
やむにやまれぬ心情は?
しかし、そう言われたところで、周りはにわかには、その要望に応じる気持ちにはなれないだろうとは思いますが。この相談者の場合は、まだそんなことを言っているわけではありません。
文面からは、孫に会えない寂しさ、というよりは、
「なんかこのままじゃ、俺様の人生、格好がつかないんじゃないか・・」
という、世間体というか形としておかしいのではないか?といったニュアンスを感じるのです。
この相談者は、世間でよくいわれるところの「肉親の情」といったものに対して、ちょっと突き放したような考え方をする人であり、そういう生き方をしてきた人のように見えます。
本当に孫に会いたいのだったら、もっと心の底からの叫びのような言葉の一つも出てくるだろうと思うのですが、この相談者には、そういったやむにやまれぬ心情といったものをあまり感じませんでした。
孫と踊るじいじ
つづく


