根性が違う、100歳の経営者魂―店長を震え上がらせた祖母の営業トーク―Ⅰ
[斬新なアイディア、突拍子もない発想はでないのか・・]
私が以前出席した、事前に進め方からその内容まですべておぜん立てのできていた会議。
こんな会議を形式的に行なうのは、まったく無駄な話で意味がないこと甚だしいと言わざるを得ません。
「会議」を取り上げたのは、これが一種の象徴的なサンプルであって、今の日本ではこういったことが大から小まで津々浦々あちこちで行なわれているのではないか、と思ったからです。
脳みそを柔らかくしてこれまでにない切り口、斬新なアイディア、突拍子もないような発想といったものをどんどん出していかなければならないのが、新しい試みを検討する際の会議のあるべき姿ではないか、と思います。
ところが、私が経験したガチガチの会議に象徴されるように、そういったものが最も出にくい仕組みができあがっているのです。
これが今の日本の現状ではないでしょうか。
トップが威厳、権威といったものにこだわっていたのでは、まず柔らかな発想など出てくることはないでしょう。
ただ、そういった意識をぶち壊していくのは、いろいろな現状を見る限り、今の日本においては相当難しそうに思えます。
そんなことを考えていたら、ふと、アップルの創始者スティーブ・ジョブズを描いたアメリカ映画「スティーブ・ジョブズ」のことを思い出しました。
私の記憶に間違いがなければ、彼は全編を通して1回もネクタイをした姿など見せたことはありませんでした。
もちろん、彼のような天才を持ち出すのは、かなり無理があるのは承知の上です。
ただ、日本の場合、少なくともトップは部下に、型にはまった杓子定規な仕事の進め方を強要するのを少しだけやめてみたらと思います。
そうやって風通しをもっとよくすれば、日本の「会議」にも、もっと面白い展開が待っていると思うのですがどうでしょうか。
この抜けた青空のように風通しの良い会議を目指してみたら・・
おしまい