【親子問題】厚労省「ひきこもり支援ハンドブック」が示した考え方
本記事は、2026年10月時点の民法、刑法、不動産登記法、高齢者虐待防止法などに基づいて解説しています。民法の共有に関する規定は、2023年4月施行の改正後の内容を反映しています。個別のご事情によって結論が変わることがありますので、具体的な対応は専門家にご相談ください。
「父が亡くなって母一人には家が広すぎるから、売って現金を分けてほしいと言われている」「施設に入るならもう家はいらないだろう、と息子から何度も迫られる」。親子の問題のご相談の中では、成人した子から自宅の売却を求められ、断ると声を荒らげられる、書類への署名を求められるといったお話を伺うことがあります。一方で、子の側にも、親の老後への心配や、自分自身の生活の行き詰まりが背景にあることも少なくありません。
インターネット上には、親の家を子が代わりに売る方法として、委任状や成年後見制度を使った手続の解説が多く見られます。それ自体は誤りではありませんが、親が売りたくないのに子が売却を求めている場面で、親が何を確認し、どのように財産と生活を守ればよいかという視点の情報は、多くありません。
この記事では、自宅の所有者である親の立場から、売る・売らないを決める権利、名義の確認、無断で売却されないための備え、迫り方が行き過ぎた場合の法的な位置づけ、相談先を順に整理します。子に家から出てもらう手続や、金銭の要求そのものへの対応は、それぞれ別の記事で詳しく扱っています。
家を売るかどうかを決めるのは、所有者である親
所有者は、法令の制限の範囲内で、自分の物を自由に使用し、処分する権利を持っています(民法206条)。親名義の自宅を売るかどうか、いつ売るか、誰に売るかを決めるのは、所有者である親です。
「どうせ自分が相続する」は、生前には通らない
子から「いずれ自分のものになるのだから」と言われることがあります。しかし、相続は人の死亡によって開始するもので(民法882条)、親が存命のうちは、子は相続人になる見込みがあるにとどまります。遺留分も、相続が始まった後に問題となる権利です(民法1042条)。
子には、親が存命のうちに、親名義の家の売却や、売却代金の分配を求める法律上の権利はありません。生前に財産を分けるかどうかは、あくまで親が任意に判断することです。
扶養義務を理由にされた場合
「親には子を養う義務がある」として売却を求められることもあります。直系血族の間には互いに扶養する義務がありますが(民法877条1項)、成人した子に対する扶養は、親が自分の生活を維持したうえで余力がある範囲で行うものと一般に解されています。親が住む家を手放してまで子を扶養する義務があるわけではありません。扶養義務の範囲については、【親子問題】親の扶養義務はどこまでか|成人した子を養う義務はあるのかで詳しく解説しています。
判断能力が衰えた後の売却には、家庭裁判所が関わる
親の判断能力が十分なうちは、親の意思に反して売却が進むことは原則としてありません。気にかけておきたいのは、将来、判断能力が衰えた後のことです。成年後見人が選任された場合でも、本人が住んでいる家(今後住む予定の家を含みます)を売るには、家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。また、後見人に誰を選ぶかは家庭裁判所が判断するため、売却を求めている子が選ばれるとは限りません。
あらかじめ信頼できる人を自分で選んでおきたい場合は、公正証書で任意後見契約を結んでおく方法があります(任意後見契約に関する法律3条)。将来の財産管理の設計については、【親子問題】親亡き後問題|子の生活をどう設計しておくかもあわせてご覧ください。
最初に確認したいのは「名義」
「家を売れ」という求めにどこまで法的な根拠があるかは、家の名義によって大きく変わります。話し合いの前に、まず名義を確認しておくことをおすすめします。
登記事項証明書で所有者を確かめる
土地と建物の所有者は、法務局で登記事項証明書を取得すると確認できます。土地と建物で名義が違う場合や、亡くなった配偶者の名義のまま相続登記がされていない場合もあります。「自分の家だと思っていたが、登記を見ると状況が違った」ということもありますので、思い込みで判断せず、書面で確かめることが出発点です。
子が共有者になっている場合は、話が変わる
たとえば、亡くなった父の名義だった家を、母と子が相続で共有しているような場合には、子にも持分があります。共有者は、いつでも共有物の分割を求めることができ(民法256条1項)、話し合いがまとまらなければ裁判所に分割を求めることもできます(民法258条1項)。分割の方法によっては、裁判所が競売を命じることもあります(同条3項)。
子が共有者である場合、「家を売れ」という求めには一定の法的な根拠がありうるため、親が売りたくないと伝えるだけでは解決しないことがあります。ただし、相続によって共有になっていて遺産分割が済んでいないときは、原則として遺産分割の手続の中で扱われます(民法258条の2第1項)。相続開始から10年が経過した場合の例外もあり(同条2項)、どの手続で、どのような結論になりうるかは事情によって異なりますので、早めに専門家に確認することをおすすめします。
無断で売られないための備え
親名義の家を、子が親に無断で売却することはできません。ただ、必要な書類がそろってしまうと、手続が進んでしまうおそれもあります。
売却に必要なものと、手元での管理
不動産の売却と名義変更の登記には、一般に、所有者の実印と印鑑証明書、登記識別情報(以前の登記済証、いわゆる権利証)、本人確認書類などが用いられます。売却の場面では、司法書士が売主本人の意思と本人確認を行うのが通常ですが、書類がそろっていること自体がトラブルの原因になります。
実印、印鑑登録証(カード)、権利証などは、子が手に取れない場所に保管しておくことが基本です。すでに持ち出されている、または持ち出されるおそれがある場合には、印鑑登録の廃止や改印の手続、登記識別情報の失効の申出(不動産登記規則65条)を検討します。
法務局への不正登記防止申出
自分の知らないうちに登記の申請がされるおそれがある場合、所有者本人が管轄の法務局に「不正登記防止申出」をする方法があります。申出から3か月以内に対象の不動産について登記の申請があった場合、法務局から申出人に通知がされる運用です。登記を止める効力そのものはありませんが、申請があったことを早く知るための手段になります。
子が親名義で契約を結んでしまった場合の考え方は、【親子問題】子が親名義で契約した|追認しないという選択で解説しています。
迫られて署名してしまった場合
強く迫られて、売買契約書や不動産会社への委任状に署名してしまったという場合もあります。強迫によってした意思表示は、取り消すことができます(民法96条1項)。善意の第三者を保護する規定(同条3項)は詐欺の場合に限られているため、強迫による取消しは、事情を知らない買主などの第三者に対しても主張することができます。
取消しには期間の制限があり(民法126条)、どのような状況で署名したのかを後から示す必要もあります。署名してしまったと気づいた時点で、不動産会社や司法書士に事情を伝え、手続を止めるよう申し入れるとともに、早めに弁護士にご相談ください。委任状を書いた場合は、委任を解除する(民法651条1項)ことも検討します。
迫り方が行き過ぎたとき|法的な位置づけ
売却を求めること自体は、それだけで違法になるものではありません。問題になるのは、求め方が暴力や脅しを伴う場合です。家族の間の出来事であっても、法律上の扱いは行為の種類によって分かれます。
行為ごとの扱いの違い
刑法には、配偶者や直系血族などの間の一部の財産犯について、刑を免除する特例があります(刑法244条1項)。この特例は窃盗などのほか、恐喝にも準用されています(刑法251条)。一方で、暴行や傷害、脅迫、強要には、このような特例はありません。
| 行為の例 | 問題となりうる罪 | 親族間の特例 |
|---|---|---|
| 叩く、突き飛ばす、物を投げつける | 暴行罪(刑法208条)・傷害罪(刑法204条) | なし |
| 「売らないなら殺す」などと告げる | 脅迫罪(刑法222条) | なし |
| 脅して売買契約書や委任状に署名させる | 強要罪(刑法223条) | なし |
| 脅して金銭を交付させる | 恐喝罪(刑法249条) | 刑が免除される(刑法251条・244条1項) |
このように、脅して書類に署名させる行為と、脅して金銭を受け取る行為とでは、刑事上の扱いが異なります。なお、刑が免除される場合でも、民事上、損害の賠償や返還を求めることは別に検討できます。脅しの言葉がどこから脅迫罪として扱われるかについては【親子問題】「殺す」と言われた|脅迫罪として扱われる線引き、警察の対応の考え方については【親子問題】「家庭の問題」と言われて警察が動かないのはなぜかで解説しています。
65歳以上の親の場合は、行政の窓口も使える
高齢者虐待防止法は、養護者や高齢者の親族が、高齢者の財産を不当に処分すること、その他高齢者から不当に財産上の利益を得ることを、虐待の一つとして定めています(同法2条4項2号)。65歳以上の親が、子から自宅の売却や代金の受け渡しを強く迫られている場合には、市区町村の高齢者虐待の担当窓口や地域包括支援センターに相談することもできます。行政が関わる仕組みについては、【親子問題】高齢の親が被害者の場合|行政が動く仕組みをご覧ください。
話し合いの進め方と相談先
売却を求める背景には、子自身の借金や生活の行き詰まり、親の老後への不安などさまざまな事情があります。結論を急がず、親の生活と安全を守ることを優先して進めることが大切です。
その場で結論を出さず、記録を残す
売却を迫られたときは、その場で返事や署名をせず、「専門家に確認してから決める」と伝えて区切ることが一つの方法です。いつ、どのような言葉で求められたか、暴力や物の破損があったかを、日付とともにメモしておくと、後に行政や警察、弁護士に相談する際の材料になります。身の危険を感じる場合の初動については、【親子問題】子から暴力を受けている|まず確保すべき安全と記録で整理しています。
家庭裁判所の調停という場
当事者同士では感情的になってしまう場合、家庭裁判所の調停(いわゆる親族関係調整調停)を利用して、調停委員を交えて話し合う方法もあります。家の売却を強制する手続ではなく、親子の関係や今後の関わり方を話し合う場として使われます。
弁護士が窓口になるという選択
子との直接のやり取りが負担になっている場合は、弁護士が親の代理人として窓口になり、売却に応じない意思を伝えたうえで、今後の連絡の取り方を整える方法があります。窓口を代えることの意味は、【親子問題】弁護士に頼むと何が変わるのか|窓口を代えるという選択で解説しています。
また、子が同じ家に住み続けていて、売却以前に生活の分離が課題になっている場合には、【親子問題】子を家から出ていかせることはできるのか|占有と明渡しや【親子問題】子を家から独立させる具体的な手順もあわせてご覧ください。
よくあるご質問
家を売って現金を子どもたちに分けてほしいと言われています。生前に分ける義務はありますか。
ありません。生前に財産を分けるかどうかは、所有者である親が任意に決めることです。なお、一部の子にだけ生前に多額の財産を渡した場合、相続の際にその分を考慮して計算することがあり(民法903条)、きょうだいの間で不公平の問題が生じることもあります。分ける場合でも、全体の見通しを持ってから判断することをおすすめします。
子が家に住んでいると、家を売ることはできないのですか。
所有者である親が売ること自体は可能です。ただし、住んでいる人がいる家は、買主が見つかりにくく、引渡しの時期も決めにくくなります。実際に売却を考える場合は、子の退去の問題を先に整理する必要があります。
家を売れと迫る子に、家を相続させないことはできますか。
遺言で、家を別の相続人に相続させることは可能です。ただし、子には遺留分があり、相続開始後に金銭の支払いを求められることがあります(民法1042条、1046条)。遺留分を含めて相続権を失わせる推定相続人の廃除という制度もありますが(民法892条)、虐待や重大な侮辱などの要件があり、家庭裁判所が慎重に判断します。遺言の内容は、専門家と相談しながら検討することをおすすめします。
まとめ
- 親名義の家を売るかどうかは、所有者である親が決めることであり、子に生前の売却や分配を求める権利はありません(民法206条、882条)。
- 成人した子への扶養は、親が住む家を手放してまで行う義務ではないと一般に解されています(民法877条1項)。
- 判断能力が衰えた後に住まいを売るには家庭裁判所の許可が必要で、事前に任意後見契約で備えることもできます(民法859条の3)。
- 子が共有者である場合は、共有物分割や遺産分割の問題になりうるため、名義の確認が出発点です(民法256条、258条、258条の2)。
- 実印や権利証の管理、印鑑登録の手続、法務局への不正登記防止申出などで、無断売却に備えることができます。
- 強迫による署名は取り消すことができ、事情を知らない第三者にも主張できます(民法96条1項・3項)。
- 脅して署名させる行為(強要罪)や暴行・脅迫には親族間の特例がなく、65歳以上の親は高齢者虐待防止法上の窓口も使えます(刑法223条、高齢者虐待防止法2条4項2号)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、成人した子からの金銭の要求や財産の処分の求め、家庭内暴力、ひきこもりなど、親子の問題に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。弁護士が親御さんの代理人として子との窓口になり、民間の自立支援カウンセラーとチームを組んで、親と子それぞれの生活の立て直しを支援します。
これまで5年以上にわたり、北海道から沖縄まで全国のご家庭の問題に取り組んできました。「家を売れ」と迫られてどう対応すればよいか分からない方、ご家族だけでの話し合いに限界を感じている方は、まずはご事情をお聞かせください。


