【親子問題】「家庭の問題」と言われて警察が動かないのはなぜか
本記事は2026年9月時点の法令に基づいて解説しています。個別の事情により結論は変わりますので、実際の対応については弁護士にご確認ください。
「同居している息子から『殺すぞ』と言われました。その場は収まりましたが、また同じことが起きるのではないかと思うと落ち着いて眠れません」。親子の問題では、このようなご相談をお受けすることがあります。その一方で、子の側から「口論の流れで出た言葉にすぎず、本気ではない」という説明が示されることも珍しくありません。
「家族の間でも脅迫罪は成立する」という解説は、それ自体は誤りではありません。刑法には、家族だからという理由で犯罪が成立しなくなるという規定は置かれていないからです。ただ、その一言だけでは、実際に警察へ相談したときに何が起きるのか、どこまでが事件として扱われ、どこからが「家庭内のこと」として整理されてしまうのかが見えてきません。判断の分かれ目は、家族かどうかではなく、告げられた内容と、それが繰り返されているかどうかにあります。
本記事では、成人した子と同居している親の立場から、「殺す」といった言葉が脅迫罪として扱われる線引きと、記録が持つ意味を整理します。暴力そのものへの対応や、子に家から出てもらうための手続は別の記事で扱います。ここでは言葉による害悪の告知に絞って解説します。
「殺す」という言葉が脅迫罪になる条件
まず、条文が何を禁じているのかを確認します。
刑法222条が守っている5つのもの
脅迫罪は、生命、身体、自由、名誉または財産に対して害を加える旨を告げて人を脅迫した場合に成立し、2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金と定められています(刑法222条1項)。拘禁刑は、2025年6月1日に施行された改正刑法により懲役と禁錮が一本化された刑罰です。
この5つのどれかに向けられた言葉であることが出発点になります。親子の場面に当てはめると、「殺す」「刺す」は生命、「殴る」「叩き出す」は身体、「閉じ込める」は自由、「近所に言いふらす」は名誉、「家に火をつける」「車を壊す」は財産に向けられた告知ということになります。
なお、脅迫罪の公訴時効は3年です(刑事訴訟法250条2項6号)。時間が経った出来事についても、いつのことかを特定できる形で記録が残っていれば、後から相談の材料になります。
実際に怖がったかどうかは、要件そのものではない
「自分は言い返してしまったので、怖がっていたことにならないのではないか」と心配される方がいます。しかし、脅迫罪では、告げられた害悪が一般に人を怖がらせる程度のものであれば足りると理解されており、被害を受けた側が現実に畏怖したことまでは必要とされていません。その場で言い返したことや、直後に普通に食事をしたことが、ただちに評価を左右するわけではありません。
同じ言葉でも評価が分かれる理由
他方で、「殺す」という言葉が出れば常に事件として扱われる、というわけでもありません。評価を分けるのは、言葉そのものよりも、それが告げられた状況です。誰が、どのような場面で、どういう経緯で口にしたのか。その場に凶器があったのか。以前にも同じことがあったのか。こうした事情を合わせて、一般の人を怖がらせる程度の告知といえるかどうかが判断されます。
たとえば、口論が高じた一度きりの発言と、金銭を渡すまで毎晩繰り返される発言とでは、同じ言葉でも意味合いが大きく異なります。ここが、次章以降で記録の話をする理由です。
親子であることは成立を妨げない|親族相盗例が及ぶ範囲
「家族の間のことだから罪にならないのではないか」という誤解は、親族相盗例という制度が独り歩きした結果であることが少なくありません。
刑が免除されるのは財産に関する罪に限られる
刑法244条1項は、配偶者、直系血族または同居の親族との間で窃盗罪などを犯した場合に、その刑を免除すると定めています。同居していない親族との間では、告訴がなければ起訴できない親告罪になります(同条2項)。この規定は詐欺罪や恐喝罪にも準用されており(同法251条)、横領罪にも準用されています(同法255条)。
ただし、準用されているのはいずれも財産に関する罪です。脅迫罪や暴行罪、傷害罪には、こうした特例は置かれていません。つまり、親子であることを理由に脅迫罪の刑が免除されることはありません。財産犯についての詳しい整理は同居の家族の物を持ち出した|親族相盗例で処罰されない範囲で解説しています。
金銭の要求が伴うと、扱いが変わることがある
注意が必要なのは、「殺す」という言葉が金銭の要求と結びついている場合です。害悪を告げて金銭を交付させれば恐喝罪(同法249条)の問題になり、この恐喝罪には親族相盗例が準用されます。直系血族である親子の間では、恐喝罪が成立しても刑が免除されるという結論になり得ます。
同じ一晩の出来事でも、「殺すぞ」とだけ言われた場合と、「金を出さないと殺すぞ」と言われて現金を渡した場合とで、取り得る手続が変わってくるということです。罪名ごとの違いは恐喝・強要・脅迫はどう違うのか|言い方で罪名が変わるで整理していますので、あわせてご確認ください。
なお、壁や家具を壊された場合の器物損壊罪には親族相盗例の準用がありませんが、この罪は告訴がなければ起訴できません(同法264条)。親御さん自身が処罰を求める意思を示すかどうかが、手続の入口になります。
線引きの具体例|親子の場面で問題になりやすい言い方
ご相談の中で実際に語られることの多い言い方を、条文に当てはめて整理します。以下はあくまで考え方の目安であり、最終的な判断は具体的な事情によります。
生命・身体に向けられた言葉
「殺す」「刺す」「殴る」といった言葉は、生命や身体に対する害悪の告知にあたり得ます。ここに凶器が加わると、評価はさらに変わります。包丁などを示しながら脅した場合には、暴力行為等処罰に関する法律1条により、3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金と、刑法の脅迫罪より重い法定刑が定められています。
財産や家族に向けられた言葉
「家に火をつける」「大事にしている物を壊す」は、財産に対する告知として扱われ得ます。また、刑法222条2項は、本人ではなく親族の生命や身体などに害を加える旨を告げた場合も同様に脅迫罪となると定めています。「妹に何をするか分からない」「孫がどうなってもいいのか」といった言い方がこれにあたり得ます。この点は家族・恋人への危害をほのめかされた|脅迫罪の保護範囲で詳しく扱っています。
「死んでやる」と言われている場合
親子の問題で特に多いのが、子が自分自身への加害を口にして要求を通そうとする場面です。「金を出さないと死んでやる」という言い方は、条文の文言上は本人や親族に対する害悪の告知とはいえないため、脅迫罪としての扱いは難しいと考えられています。ただし、それによって義務のないことを行わせたと評価される場合には強要罪(同法223条)が問題になることがあります。この類型については「死んでやる」と言われて要求を呑まされている|自分への加害予告は脅迫かをご覧ください。
評価が難しい言い方
「ろくな死に方をしない」といった漠然とした言い方や、独り言のようにつぶやかれた言葉は、害悪の内容が特定されていないため、それだけを取り出して事件として扱うことは難しい場合があります。もっとも、こうした発言も、後述する記録の中に位置づけることで、全体の危険性を説明する材料にはなります。
繰り返しの記録が持つ意味
親子の問題でご相談をお受けするとき、私たちが最初に確認するのは記録の有無です。
一言だけでは、状況が伝わらない
家庭内での発言は、その場に第三者がいないことがほとんどです。そのため、「言った」「言っていない」で止まりやすく、相談を受けた側も危険の程度を判断しかねます。記録が意味を持つのは、一度の発言を証明するためというより、それが続いている状態であることを外部に伝えられるからです。
何を書き留めておくか
特別な様式は必要ありません。次の項目を、その日のうちに書き留めておくだけでも、後の相談の質が変わります。
- 日時と場所、そのときに家にいた人。
- 言われた言葉を、要約せずにそのままの表現で。
- どのようなやり取りの流れで出た言葉か。
- 物が壊れた、けがをしたなど、言葉以外に起きたこと。
- その後、自分がどう行動したか(別室に移った、外に出た、知人に連絡したなど)。
書き足していく形のノートや、日付が自動で残るメモアプリが使いやすいでしょう。壊れた物や傷は、日付が分かる形で写真に残しておきます。
繰り返しは、法律上の評価にも関わる
暴力行為等処罰に関する法律1条の3は、常習として暴行罪や脅迫罪などを犯した場合について、通常より重い法定刑を定めています。繰り返されている事実を記録しておくことは、危険の程度を伝えるだけでなく、法律上の評価にも関わり得るということです。
録音について
自分が当事者として参加しているやり取りを録音することは、相手の同意がなくてもただちに違法とされるものではなく、実務上も証拠として扱われています。ご自宅の中でのやり取りであれば、手元の端末で録音しておくことが、最も負担の少ない方法であることが多いと思います。ただし、録音しようとする動作が新たな刺激になる場面もありますので、安全の確保を優先してください。
警察に相談するとき|「家庭の問題」で終わらせないために
相談の場で何を話すかによって、受け取られ方は変わります。
伝えるのは「関係」ではなく「起きたこと」
「息子との関係で困っている」という切り出し方をすると、家族間の相談として受け止められやすくなります。そうではなく、いつ、どこで、どのような言葉を告げられ、それが何回目なのかを、記録に沿って順に伝えることが出発点になります。厚生労働省の令和6年度の調査では、養護者による高齢者虐待の相談・通報者として最も多いのは警察(35.6%)とされており、警察が家庭内の事案に関与する場面は現にあります。
被害届と告訴
脅迫罪は親告罪ではないため、告訴がなくても捜査や起訴は可能です。まずは被害届という形になることが多いでしょう。受理をめぐる実際のやり取りについては脅迫の被害届は受理されるのか|「民事不介入」と言われたときの再挑戦で、相談しても動きがない場合にできることは警察に相談しても動いてくれないとき|弁護士ができることで解説しています。
出した後のことも考えておく
親御さんが最も迷われるのは、「事件にしてしまって、この先どうなるのか」という点です。被害届は取り下げることもできますが、脅迫罪は親告罪ではないため、取り下げれば必ず手続が止まるとは限りません。また、身柄が拘束されたとしても、多くの場合、子はいずれ同じ家に戻ってきます。刑事手続を使うかどうかは、その後の生活をどう組み立てるかとあわせて考える必要があります。
刑事手続だけでは足りない場面
「処罰してほしいわけではなく、同じことが起きない状態にしたい」というご相談は少なくありません。
親子には保護命令の制度がない
配偶者や事実婚の相手、生活の本拠を共にする交際相手からの暴力や脅迫については、配偶者暴力防止法にもとづく保護命令という仕組みがあります。しかし、この制度は親子には適用されません。同じような状況に見えても、使える枠組みが異なるという点は、あらかじめ知っておいていただきたいところです。
民事の手続で距離をつくる
代わりに検討することになるのが、民事保全の手続です。人格権にもとづいて、接近や連絡の禁止を裁判所に求める方法があります。警察の枠組みとの違いは接近禁止を実現する2つの道|ストーカー規制法(警察)と民事保全(裁判所)の使い分けで整理していますので、考え方の参考にしてください。
親御さんが65歳以上の場合
高齢者虐待防止法は、養護者による著しい暴言などを心理的虐待として位置づけ、市町村への通報について定めています。生命または身体に重大な危険が生じている場合には、通報は義務とされています(高齢者虐待防止法7条1項)。通報を受けた市町村は、必要に応じて老人福祉法にもとづく措置により一時的に分離を図ることができ(高齢者虐待防止法9条2項)、分離の措置が採られた場合には面会の制限も可能とされています(同法13条)。窓口は市区町村の高齢福祉担当課や地域包括支援センターです。
同じ調査では、養護者による虐待と判断された事例のうち虐待をした人の続柄は息子が最も多く38.9%、分離を行った事例は19.0%と報告されています。制度が用意されている一方で、実際に距離をつくるところまで進む事案は限られているという実情も読み取れます。
暴力が伴っている場合
言葉だけでなく手が出ている場合には、暴行罪や傷害罪の問題になります。家庭内での扱いについては家庭内で手が出た|家族間の暴行・傷害とDV法の関係をご覧ください。身の危険を感じる場面では、記録よりも先に、その場を離れることを優先してください。
よくあるご質問
本気ではないと分かっている場合でも、脅迫罪になりますか
脅迫罪では、告げられた害悪が一般に人を怖がらせる程度のものかどうかが問われます。親御さんが「本気ではないと思う」と感じていることが、ただちに成立を妨げるわけではありません。もっとも、その場の状況や言葉が交わされた経緯は評価に影響しますので、記録を残したうえで、事件として扱うかどうかを含めて相談されることをおすすめします。
録音していることを子に伝える必要はありますか
自分が当事者であるやり取りの録音について、相手に告げなければならないという決まりはありません。ただ、伝えることで発言が止まる場合もあれば、かえって刺激になる場合もあります。どちらが適切かは家庭の状況によりますので、まずは安全を優先してご判断ください。
被害届を出すと、必ず逮捕されるのでしょうか
被害届を出したことで当然に逮捕されるわけではありません。逮捕は、逃亡や証拠隠滅のおそれなどを踏まえて判断されるものです。在宅のまま捜査が進むことも、注意を受けるにとどまることもあります。見通しについては、記録の内容を確認したうえでお伝えできる部分があります。
まとめ
- 脅迫罪は、生命・身体・自由・名誉・財産に対する害悪の告知を対象とし、2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金と定められている(刑法222条1項)。
- 一般に人を怖がらせる程度の告知であれば足り、実際に畏怖したことまでは必要とされていない。
- 親族相盗例(同法244条)は財産に関する罪に準用されるにとどまり、脅迫罪には及ばない。親子であることは成立を妨げない。
- 金銭の要求と結びつくと恐喝罪(同法249条)の問題になり、親子間では刑が免除され得るため、扱いが変わる。
- 凶器を示した脅迫は暴力行為等処罰に関する法律1条、常習性がある場合は同法1条の3により、重い法定刑が定められている。
- 記録は、一度の発言を証明するためだけでなく、状態が続いていることを外部に伝えるために意味を持つ。
- 親子には配偶者暴力防止法の保護命令が使えないため、民事保全や、親が65歳以上の場合の高齢者虐待防止法の枠組みを含めて検討することになる。
親子の問題でお悩みの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、親子の問題に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。ひきこもりや家庭内での暴力、繰り返される金銭の要求など、警察や行政に相談しても解決に至らなかったというご相談を、全国からお受けしてきました。
当事務所では、弁護士が親御さんの代理人として子の側と向き合う一方、民間の自立支援カウンセラーと連携し、子の側の生活面の支援を担う体制をとっています。子の側を孤立させたままでは自立には結びつかないと考えているためです。結果をお約束できるものではありませんが、親子が物理的に距離をとるだけでも、双方に変化が生じることがあります。「事件にするつもりはないが、このままでは限界がある」という段階でも構いません。まずは、これまでに何があったのかをお聞かせください。
ご相談の際は、いつ・どこで・どのような言葉があったのかを書き留めたメモをお持ちいただくと、状況を早く把握できます。手元に何も残っていない場合でも、記憶されている範囲でお話しいただければ、そこから整理していくことができます。


