【親子問題】子から暴力を受けている|まず確保すべき安全と記録

若井亮

若井亮

テーマ:親子問題

本記事は2026年9月時点の法令・統計に基づいて執筆しています。制度は改正されることがありますので、実際のご判断にあたっては最新の情報をご確認ください。


「殴られても、育て方が悪かったのだから仕方がないと思ってきました」。ご相談の場で、親御さんからよくうかがう言葉です。一方で、「警察を呼べば、この子の将来に傷がつくのではないか」とためらったまま、何年も同じ状態が続いているというお話も少なくありません。

 子どもから親への暴力について、「まずは相談を」「距離を置いて」という説明はよく見かけます。それ自体が誤りというわけではありません。ただ、その説明は、今晩また同じことが起きたときにどう動くのか、という問いには答えていないことが多いように思われます。手が出る場面で必要なのは、心構えではなく、その場で取れる具体的な行動と、後から使える形で残る記録です。

 この記事では、子から暴力を受けている親御さんが最初の段階で押さえておきたい点を、安全の確保と記録の残し方に絞って整理します。通報したときに警察が何をするのか、立件されるかどうかの見極め、同居を解消する手続といったテーマは、それぞれ別の記事で扱います。お子さまの年齢は問いません。未成年の場合も、成人して同居を続けている場合も、考え方の骨格は共通しています。

最初に決めるのは「その場に留まるかどうか」

 暴力が起きている場面で、話し合いによる解決を試みることは容易ではありません。落ち着いて話せるのは、双方が安全な状態にあるときに限られます。その場で最優先すべきは、原因の究明でも説得でもなく、身体の安全を確保することです。

離れる判断をしてよい場面

 次のような状況では、その場に留まらず、玄関の外や近隣、車の中など、いったん距離が取れる場所へ移ることを検討してよいと考えられます。

  • 物が飛んでくる、あるいは手近な物を持ち上げている。
  • 顔や首など、けがが重くなりやすい部位に向かってくる。
  • 台所や工具のある場所など、凶器になり得る物がある空間で興奮が続いている。
  • 出口の側に立たれて、退路がふさがれている。
  • 同じことが繰り返されるなかで、以前より程度が上がってきている。


 「逃げたら関係が決定的に壊れる」と心配される方がいます。しかし、距離を取ることは関係を断つことと同じではありません。物理的な距離があって初めて、冷静なやり取りが可能になる場面のほうが多いと感じています。

その場で110番する場合

 通報をためらう理由として、「家庭の問題として扱われるのではないか」「かえって子を刺激するのではないか」という声をうかがいます。実際には、けがの有無、凶器の有無、その場の状況によって警察の対応は変わります。通報の際には、住所、いま起きていること、けがの有無、相手が手にしている物の有無を、短く具体的に伝えることが役に立ちます。

 なお、通報がそのまま逮捕や前科に直結するわけではありません。臨場した警察官がその場を分離するだけで終わることもあれば、事件として扱われることもあります。通報後の流れや、処罰を求めるかどうかの判断については、別の記事で詳しく整理しています。

家庭の中の暴力にも、刑法はそのまま及ぶ

 「家族の間のことだから、法律は関係ない」という理解は、正確ではありません。暴行罪(刑法208条)や傷害罪(刑法204条)には、親族であることを理由に処罰を免れるという規定は置かれていないからです。

暴行罪と傷害罪の違い

 殴る、蹴る、突き飛ばす、物を投げつけるといった有形力の行使は、けがに至らなくても暴行罪にあたり得ます。これによってけがを負えば、傷害罪として扱われます。打撲やねんざのほか、継続的な言動によって精神的な不調を生じた場合に傷害と評価された裁判例もあります。

「親族だから」が当てはまるのは財産犯だけ

 混同されやすいのが、刑法244条1項の親族相盗例です。これは、配偶者、直系血族または同居の親族との間の窃盗などについて刑を免除する規定で、対象は財産に関する一部の犯罪に限られています。暴行・傷害・脅迫には、この特例は及びません。整理すると次のようになります。

行為主な罪名親族間の特例
殴る・蹴る・突き飛ばす(けがに至らない)暴行罪(刑法208条)なし
けがを負わせた傷害罪(刑法204条)なし
「殺す」などと告げた脅迫罪(刑法222条)なし
家の中の物を壊した器物損壊罪(刑法261条)なし(244条の準用はない)
同居の親の財布から現金を持ち出した窃盗罪(刑法235条)あり(244条1項により刑が免除)


 財産の持ち出しについて警察が慎重な姿勢を示すことがあるのは、この条文の存在が理由の一つです。詳しくは同居の家族の物を持ち出した|親族相盗例で処罰されない範囲をご覧ください。

保護命令は、親子の間では使えない

 配偶者からの暴力については、裁判所の保護命令という枠組みがあります。ただし、この制度の対象は配偶者や生活の本拠を共にする交際相手であり、親子はここに含まれません。親子間で接近を止めたい場合には、別の枠組みを検討することになります。家族間の暴力と配偶者暴力防止法との関係は、家庭内で手が出た|家族間の暴行・傷害とDV法の関係でも整理しています。

記録は「けが・出来事・物・やり取り」に分けて残す

 後になって警察に相談するときも、弁護士が代理人として入るときも、判断材料になるのは記録です。記憶だけでは、いつ何があったかを説明しきれません。特別な準備は要りませんが、出来事の直後に残すことが決定的に重要です。

けがは、写真と受診の二重で残す

 受傷部位は、撮影日時が記録されるかたちで写真に残します。あざは時間とともに色が変わるため、当日と数日後の両方を撮っておくと経過が分かります。あわせて医療機関を受診し、いつ、どのような経緯でできたけがかを医師に伝えてください。診断書は、後から作成を依頼できる場合もありますが、受診が遅れるほど、原因との結びつきを説明しにくくなります。

出来事は、その日のうちに短く書く

 長文である必要はありません。日付、時刻、場所、何を言われて何をされたか、その場に誰がいたかを数行で書き留めておく。これを続けるだけで、頻度と程度の変化が分かる資料になります。壊された物があれば、破損状況の写真と、修理や買い替えにかかった費用の分かるものを残しておきます。

録音やメッセージは消さない

 自分が当事者として参加している会話を録音することは、一般に証拠として扱われています。メッセージのやり取りも、後から見返したくない内容であっても、削除しないでおくことをおすすめします。残し方の具体的な注意点は、証拠の残し方|あとで警察・弁護士に通用する記録とはLINE・メール・録音データの保存と渡し方|消してはいけない理由をご覧ください。

記録の置き場所と、相談歴の残し方

 記録は、作ることと同じくらい、どこに置くかが問題になります。同じ家の中で暮らしている以上、ノートや端末が見つかる可能性を考えておく必要があります。

原本を同じ家に置かない

 写真やメモは、クラウド上の保存先や、職場のロッカー、離れて住む親族のもとなど、家の外にも同じものを置いておくと安心です。端末には画面ロックをかけ、通知に内容が表示されない設定にしておくと、偶然目に触れる事態を減らせます。

警察や自治体への相談は、それ自体が記録になる

 事件として扱われなかった相談でも、警察には相談として受理された記録が残ります。この履歴は、後に同じ相手との間で手続を取る際に、継続性を示す材料になることがあります。相談に行った日付と、どの警察署のどの係で誰に話したかは、ご自身でも控えておいてください。

 相談したものの動いてもらえなかった、被害届を出したいが受け取ってもらえなかった、という場面もあります。その場合の考え方は、警察に相談しても動いてくれないとき|弁護士ができること被害届を受理してもらえない|断られたときにできることで扱っています。

「親のほうが離れる」という選択肢

 子を家から出すことを考える方は多いのですが、手続には時間がかかります。これに対して、親側が一時的に家を離れるほうが、安全の確保という点では早く実現できる場合があります。被害を受けている側が動くことに抵抗を覚える方もいますが、当面の安全を優先する現実的な方法です。

住民票の閲覧等を制限する支援措置

 転居先を知られたくない場合、市区町村に申し出ることで、住民票の写しや戸籍の附票の交付等を制限する支援措置があります。対象は配偶者暴力、ストーカー行為等、児童虐待の被害者と、これらに準ずる方とされており、親族からの暴力もこれに準ずるものとして扱われる場合があります。申出には相談機関の意見が必要になりますので、警察や自治体の窓口に相談したうえで手続を進めることになります。転居先の決め方や荷物の運び出しの段取りについても、あわせて相談しておくと動きやすくなります。

同居の解消や接近の抑止は、別の手続になる

 その先の段階として、同居を解消する、接近そのものを止める、といった対応があります。親子の場合は保護命令を使えないため、民事保全という枠組みを検討することになります。制度の使い分けについては接近禁止を実現する2つの道|ストーカー規制法(警察)と民事保全(裁判所)の使い分けをご覧ください。

ひとりで対応を続けないために

 この問題は、家庭の外から見えにくいため、ご自身だけが抱えていると感じやすい性質があります。ただ、統計を見ると、決して例外的な出来事ではありません。

数字が示していること

 警察庁の統計では、少年による家庭内暴力事案の認知件数は令和6年中に4,691件で、前年より53件増えています。対象別では母親が2,714件と全体の約6割を占め、父親が641件、兄弟姉妹が466件と続きます。原因・動機では「しつけ等親の態度に反発して」が3,161件と全体の約7割です。

 子が成人している場合は、別の統計に現れます。厚生労働省の令和6年度の調査では、養護者による高齢者虐待と判断された事例のうち、虐待をした人の続柄は息子が38.9パーセントと最も多く、85.7パーセントが同居しているという結果が出ています。一方で、分離が行われた事例は19.0パーセントにとどまっています。同居のまま状況が続いているご家庭が相当数あることがうかがえます。

親側と子側を、別々に支える

 当事務所では、親御さんの代理人として弁護士が対応する一方で、お子さま側の日常的な支援は民間の自立支援カウンセラーが担う体制を取っています。住まいや仕事を探す、公的支援の申請を手伝う、日々の金銭管理に付き添うといった役割です。子側を孤立させたままでは自立につながりにくいと考えているためです。結果をお約束できるものではありませんが、親子の物理的な距離が取れるだけで、双方に変化が生じる例は少なくありません。

よくあるご質問


通報すると、子どもに前科がつきますか

 通報がそのまま前科につながるわけではありません。臨場した警察官がその場を分離して終わることもありますし、事件として扱われた場合でも、成人か少年かによってその後の流れは異なります。処罰を求めるかどうかは、被害届や告訴の段階で改めて考えることになります。

録音していることを子に伝える必要はありますか

 自分が当事者として参加している会話を録音する場合、相手に告げなければならないという決まりは一般にはありません。ただし、録音していることを知られた結果として、かえって緊張が高まる場面も考えられます。安全の確保を優先し、無理のない範囲で行ってください。

別居している子から暴力を受けている場合も同じですか

 暴行罪や傷害罪の考え方は同居かどうかで変わりません。別居の場合は、来訪そのものを止めたい、鍵を返してほしいといった問題が加わることが多く、記録の残し方も来訪の日時を中心に組み立てることになります。

まとめ


  1. 暴力が起きている場面では、説得よりも先に、その場を離れて安全を確保することを優先する。
  2. 殴る・蹴るといった行為はけがに至らなくても暴行罪(刑法208条)、けがを負えば傷害罪(刑法204条)にあたり得る。
  3. 親族相盗例(刑法244条1項)は財産に関する一部の犯罪の規定であり、暴行・傷害・脅迫には及ばない。器物損壊罪(刑法261条)にも準用はない。
  4. 保護命令は配偶者や生活の本拠を共にする交際相手が対象で、親子の間では使えない。
  5. 記録は、けが・出来事・壊された物・やり取りの4つに分け、出来事の直後に残す。
  6. 記録の控えは家の外にも置き、警察や自治体への相談歴も日付と担当者を控えておく。
  7. 転居先を知られたくない場合は、住民基本台帳事務における支援措置の申出を検討する。


親子の問題でお困りの方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、親子の問題に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。ひきこもりや家庭内での暴力、金銭の要求など、ご家庭の中で長く続いてきた問題について、親御さんの側の代理人としてお話をうかがいます。お子さまの年齢は問いません。

 当事務所は5年以上にわたり、北海道から沖縄まで全国のご家庭からご相談をお受けしてきました。警察や行政の窓口では続けて対応してもらうことが難しかった、民間の施設に預けたが状況が変わらなかった、という経緯をお持ちの方もいらっしゃいます。いまの状況で何ができるのかを一緒に整理するところから始めます。

「これは相談してよい話なのだろうか」と迷われる段階でも構いません。まずはお気軽にお問い合わせください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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