【ストーカートラブル】元配偶者からのつきまとい|子の面会を口実にされる
この記事は、2026年10月時点の法令(ストーカー行為等の規制等に関する法律〔令和7年12月30日施行の改正を反映〕、刑法〔2025年6月1日施行の改正により懲役・禁錮は拘禁刑に一本化〕、民法、民事訴訟法、民事執行法、民事保全法)と、示談後の対応に関する一般的な実務の運用をもとにしています。実際の進み方は、示談書の内容や刑事手続の段階、個別の事情によって変わります。
「示談書を交わして終わったと思っていたのに、数か月たってまた相手から連絡が来るようになった」「示談のときに『二度と近づかない』と約束したはずなのに、最寄り駅で姿を見かけた」。ストーカー被害のご相談では、示談が成立した後に約束が破られた段階でお問い合わせをいただくことも少なくありません。示談をした手前、改めて警察に相談してよいのか迷っている方もいれば、示談書に書いた違約金を請求すべきか、請求すると相手を刺激してしまわないかと悩んでいる方もいます。
示談の約束が破られたら違約金を請求できる、と一般には説明されています。それ自体は誤りではありません。ただ、ストーカー事案では、違約金の請求は民事上の手段の一つにすぎず、示談の後に再び始まった行為は、刑事手続や警察・公安委員会の措置の対象にもなり得ます。どちらか一方だけに目を向けていると、安全の確保が後回しになったり、使える手段を見落としたりすることがあります。
この記事では、示談が成立した後に相手が約束を破った場面を取り上げ、刑事手続の面と、違約金を中心とする民事の面を、並行して進める順序に沿って整理します。示談書にどのような条件を入れておくかという示談前の段階については【ストーカートラブル】示談に入れる条件|接触禁止・転居・違約金で扱っていますので、あわせてご覧ください。
約束が破られたと気づいたら、まず確保すること
危険を感じるときは、示談の有無にかかわらず110番を
示談が成立していても、目の前に相手が現れた、自宅の周囲をうろついているといった差し迫った状況では、ためらわずに110番通報をしてください。示談は当事者同士の約束であり、警察が身の安全を守るために動くことを妨げるものではありません。
示談の後に行為が再び始まったということは、金銭や書面の約束だけでは相手の行動が止まらなかったことを意味します。違約金をいくら請求できるかを考える前に、まず身の安全をどう守るかを優先して考えることが大切です。
違反の記録は、示談書の条項に照らして残す
違約金を請求する場面でも、警察に相談する場面でも、違反の事実を示す材料が必要になります。記録をとる際は示談書を手元に置き、どの条項に反する行為なのかを意識しておくと、後の手続で使いやすくなります。残しておきたいものは、おおむね次のとおりです。
- 連絡があった日時、手段(電話、メッセージ、SNS、手紙など)、送信元のアカウントや電話番号。
- メッセージや着信履歴の画面の保存と、元のデータそのもの。
- 待ち伏せや接近があった日時、場所、相手の様子と、そのとき一緒にいた人。
- 家族や職場など第三者を通じた働きかけがあった場合は、その人から聞いた内容のメモ。
- 示談書、示談金の受領を示す書面、相手方の代理人とのやり取り。
示談書に「1日ごとに1回の違反とする」といった数え方が定められている場合は、日付ごとに整理しておくと、違約金の額を計算するときの根拠になります。記録の残し方は証拠の残し方|あとで警察・弁護士に通用する記録とはも参考にしてください。
自分から相手に抗議の連絡はしない
約束を破られると、「示談書に違反している」と相手に直接伝えたくなるかもしれません。しかし、被害者の側から連絡をとると、相手が接触のきっかけを得たと受け止め、やり取りが再開してしまうおそれがあります。後になって相手から「先に連絡してきたのは被害者の方だ」と主張され、違反の評価が争われる材料になることもあります。
示談のときに相手方に代理人弁護士がついていた場合は、その弁護士を通じて違反の事実を伝えることが考えられます。ご自身にも代理人がついていれば、連絡は代理人同士で行うのが一般的です。
刑事手続の面|示談は「示談の対象になった行為」についての約束
示談の後の行為は、新しい事実として扱われる
示談書に「被害届を取り下げる」「刑事処罰を求めない」といった条項が入っていることはよくあります。これらは、示談の対象となった過去の行為について被害者の意思を示すもので、示談の後に新たに行われた行為まで許すという意味ではありません。
示談の後に再び始まったつきまといや連絡は、それ自体が新しい事実として、改めて警察に相談したり、被害届を出したりする対象になります。ストーカー行為罪は告訴がなくても起訴できる罪です(ストーカー行為等の規制等に関する法律18条)。「示談をしたのだから、もう警察には言えない」と考えてしまう方は少なくありませんが、示談書の約束はそこまでを求めるものではないのが通常です。被害届と告訴の使い分けは被害届と告訴の違い|ストーカー・脅迫でどちらを選ぶで解説しています。
警告・禁止命令は、示談の後でも求められる
示談の後の行為が1回の連絡にとどまるなど、すぐに刑事事件として扱われる段階でなくても、警察による警告や公安委員会による禁止命令の対象になることがあります(同法4条、5条)。令和7年12月30日施行の改正により、警察は被害者からの申出がなくても職権で警告できるようになりました。示談をした手前、申出をためらっている方でも、相談の段階から警察に事情を伝えておく意味があります。
すでに禁止命令が出ている相手が約束を破った場合は、示談書の違反であると同時に、禁止命令に違反する行為として、ストーカー行為罪よりも重い刑事罰の対象になり得ます。禁止命令の期間や違反した場合の扱いは禁止命令が出た|違反した場合の刑罰と期間・更新で詳しく扱っています。
刑事手続のどの段階で破られたかで、意味が変わる
約束が破られた時期が刑事手続のどの段階にあたるかによって、違反が持つ意味は異なります。おおまかに整理すると、次のとおりです。
| 違反が起きた時期 | 刑事手続の面で考えられること |
|---|---|
| 示談成立後、処分が決まる前 | 約束が破られた事情を警察や検察官に伝えることが考えられる。処分を決める際の事情の一つとして考慮され得る |
| 不起訴処分の後 | 不起訴は確定判決ではなく、新たな行為があれば別の事件として捜査の対象になり得る |
| 執行猶予付きの判決の後 | 新たな行為で拘禁刑に処せられると、前の判決の執行猶予が取り消される場合がある |
| 禁止命令が出ている間 | 命令違反として、ストーカー行為罪よりも重い法定刑の対象になり得る |
示談が成立した後、検察官が処分を決める前に約束が破られた場合は、示談書の「処罰を求めない」という条項との関係が問題になります。この点の考え方は示談が成立した後に被害者が処罰を求めた|宥恕の撤回はできるのかが参考になります。
執行猶予中に約束が破られた場合
相手が執行猶予付きの判決を受けている場合、猶予期間中に新たな罪を犯して拘禁刑に処せられ、その刑に執行猶予がつかなかったときは、前の判決の執行猶予は取り消されます(刑法26条)。罰金にとどまった場合や、保護観察の遵守事項に違反した場合にも、事情によっては取り消されることがあります(同法26条の2)。
保護観察付きの執行猶予では、被害者に接触しないことなどが遵守事項として定められていることもあります。違反の事実を警察に伝えることが、こうした手続につながる場合があります。遵守事項と取消しの関係は保護観察付き執行猶予の遵守事項と、取り消される場面で解説しています。
民事の面|違約金を請求する手順
違反が条項に当たるかを、文言に沿って確かめる
違約金を請求するには、相手の行為が示談書のどの条項に違反しているかを示す必要があります。たとえば、示談書に「電話及びメッセージによる連絡をしない」とだけ書かれていて、SNSへのコメントが禁止の対象に含まれていない場合、相手から「示談書に書かれた行為ではない」と争われることがあります。
また、「偶然出会っただけだ」「やむを得ない用件での連絡だった」といった言い分が出ることもあります。示談書に偶然出会った場合の取り決めや、やむを得ない連絡の窓口が定められていれば、それに沿っていたかどうかで判断することになります。違約金の請求は、違反の事実と示談書の文言の両方がそろって初めて、根拠をもって主張できるものです。
書面での請求から、裁判所の手続へ
違約金の請求は、一般に次のような順序で進めます。
- 代理人を通じて、違反の事実、該当する条項、請求額、支払期限を記載した書面を送る。
- 期限までに支払われなければ、支払督促や訴訟などの裁判所の手続を検討する。
- 判決などで支払が命じられても支払われない場合は、強制執行を申し立てる。
請求額が140万円以下であれば簡易裁判所、それを超える場合は地方裁判所が手続の窓口になります(裁判所法33条1項1号)。60万円以下の金銭の支払を求める場合は、原則として1回の期日で審理を終える少額訴訟も利用できます(民事訴訟法368条1項)。支払督促は書類の審査で進む手続ですが、相手が異議を申し立てると通常の訴訟に移ります(同法395条)。
裁判所の手続では、訴状などに当事者の住所を記載するのが原則です。ご自身の住所を相手に知られたくない場合は、住所や氏名を相手に秘匿する制度(同法133条)を利用できるか、代理人の事務所を送達場所にできるかなどを、手続の前に確認しておくことが大切です。
公正証書や和解調書がある場合
示談の内容を公正証書にしていた場合でも、違約金をすぐに強制執行できるとは限りません。違約金は違反があって初めて発生する支払であるため、強制執行に必要な執行文を受けるには、違反があったことを文書で証明する必要があります(民事執行法27条1項)。文書で証明できないときは、執行文付与の訴えという手続をとることになります(同法33条1項)。
また、公正証書で強制執行できるのは金銭の一定額の支払などに限られ、「接触しない」という約束そのものを強制する手段にはなりません(同法22条5号)。これに対し、裁判上の和解や調停の中で接触しない旨を合意していた場合は、違反に対して一定額の支払を命じてもらう間接強制という方法で、約束を守らせる働きかけができる場合があります(同法172条1項)。強制執行の大まかな流れは、場面は異なりますが【不貞慰謝料】滞納したらどうなるのか|強制執行までの流れが参考になります。
違約金を超える損害は請求できるか
違約金は、損害賠償の額をあらかじめ定めたもの(賠償額の予定)と推定されます(民法420条3項)。そのため、示談書に違約金の性質について特別な定めがなければ、違反によって転居を余儀なくされたなど違約金を超える損害が生じても、超える部分の請求は難しくなる場合があります。
一方、示談書に「違約金とは別に損害賠償を請求できる」旨が定められていれば、違約金に加えて、引越し費用や治療費、精神的苦痛に対する慰謝料などを、実際に生じた損害として請求することが考えられます(同法709条、710条)。この場合、損害の額と違反との結びつきは、請求する側が示す必要があります。請求できる項目の整理は【ストーカートラブル】ストーカー被害の慰謝料|請求できる項目と組み立てで解説しています。
示談そのものをどう扱うか
示談を解除して、最初からやり直せるか
約束を破られたのだから示談をなかったことにして、示談前の被害についても改めて慰謝料を請求したい、と考える方もいます。契約の一方が義務を果たさない場合、一定の要件のもとで契約を解除できるのが民法の原則です(民法541条、542条)。
ただし、接触しないという約束は、違反があった後に「やり直させる」ことができない性質のものです。また、示談全体を解除すると、受け取った示談金の扱いや清算条項の効力などをめぐって、かえって争点が増えることもあります。示談を解除するのか、示談は維持したまま違約金や新たな損害の賠償を請求するのかは、違反の程度や示談書の定め方を踏まえて、慎重に判断する必要があります。
示談では足りないとき、裁判所の命令に切り替える
示談の後にも行為が続く場合は、当事者間の約束に頼るだけでなく、裁判所に接近や連絡の禁止を命じてもらう仮処分を申し立てる方法があります(民事保全法23条2項)。仮処分は裁判所の命令であり、違反があれば間接強制の申立てにつなげることもできます。
示談書は、相手がかつて接触しないことを約束していたこと、それにもかかわらず行為が再開したことを示す資料として、仮処分の手続でも意味を持ちます。示談書は約束が破られた時点で役目を終えるのではなく、次の手続を組み立てるための材料にもなります。費用や期間の目安は【ストーカートラブル】接近禁止の仮処分にかかる費用と期間の目安|担保・審尋・決定後の手続までで、警察の手続との使い分けは接近禁止を実現する2つの道|ストーカー規制法(警察)と民事保全(裁判所)の使い分けで解説しています。
刑事と民事を並行させるときの考え方
どちらか一方を選ぶ必要はない
警察への相談と違約金の請求は、どちらか一方を選ぶものではありません。行為を止めて安全を確保することは警察・公安委員会の措置や仮処分で、違反に対する金銭的な責任は違約金や損害賠償の請求で、と役割を分けて考えると整理しやすくなります。
請求のタイミングは、相手の傾向を踏まえて決める
違約金を請求する書面が届くことで、相手が自分の行為の重さを自覚し、行動が止まることもあります。反対に、相手の感情を刺激してしまうこともあります。これまでの相手の行動の傾向を踏まえ、警察への相談を先に済ませてから請求を送る、警告が出た後に請求する、といった順序を検討することが考えられます。
相手が新たな行為で刑事手続の対象になった場合には、相手方の弁護人から改めて示談の申入れがあることもあります。2度目の示談では、前回の示談書のどこが機能しなかったのかを確かめることが、条件を考える出発点になります。相手方の代理人とのやり取りの進め方は【ストーカートラブル】相手に弁護士がついた|相手方の代理人との話し方もご参照ください。
よくあるご質問
示談書で「被害届を取り下げる」と約束しました。示談の後の行為について警察に相談してもよいのでしょうか
示談書の取下げや「処罰を求めない」という条項は、示談の対象になった過去の行為についてのものであるのが通常です。示談の後に新たに行われた行為について警察に相談することは、示談書の約束に反するものではないと考えられます。示談書の文言に不安がある場合は、相談の際に示談書を持参し、内容を確認してもらうとよいでしょう。
相手から1回だけメッセージが届きました。違約金を請求できますか
示談書で禁止されている手段による連絡であれば、1回でも違反にあたり、違約金の請求を検討できます。ただし、実際に請求するかどうかは、請求額、相手の支払能力、請求によって相手を刺激するおそれなどを考え合わせて判断することになります。1回の違反でも警察に相談しておくと、その後に行為が続いたときに経緯を説明しやすくなります。
相手が引っ越して住所が分かりません。違約金の請求はできますか
示談のときの相手方代理人に連絡がつく場合は、まずその弁護士を通じて請求することが考えられます。裁判所の手続では相手の住所が必要になりますが、弁護士が依頼を受けている場合には、職務上の必要に応じて住民票の写しを取得したり、弁護士会を通じた照会を利用したりして所在を調べられることがあります(弁護士法23条の2)。
まとめ
- 示談の後に約束が破られたら、違約金の検討より先に身の安全を確保し、危険を感じるときは110番通報をする。
- 違反の記録は、示談書のどの条項に反するかを意識して、日時・手段・内容を整理して残す。
- 示談書の取下げや宥恕の条項は示談の対象になった行為についてのもので、示談後の新たな行為は改めて警察に相談できる(ストーカー行為等の規制等に関する法律18条)。
- 示談の後でも警告や禁止命令の対象になり、令和7年12月30日施行の改正で職権による警告も可能になった(同法4条、5条)。
- 執行猶予中の違反は、新たな刑の内容などによって前の判決の執行猶予が取り消される場合がある(刑法26条、26条の2)。
- 違約金の請求は書面から裁判所の手続へと進み、公正証書があっても違反の事実を文書で証明する必要がある(民事執行法27条1項、22条5号)。
- 違約金は賠償額の予定と推定されるため、超える損害の請求や示談の解除、仮処分への切替えは示談書の定め方を踏まえて判断する(民法420条3項、541条、542条/民事保全法23条2項)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、ストーカー被害に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。示談を交わした後に相手が約束を破り、警察への相談と違約金の請求をどの順序で進めればよいか迷っている方、示談書の条項で違約金を請求できるのか確認したい方は、ご自身で相手に連絡をとる前の段階でご相談ください。
これから示談の条件を詰めていく方にも、すでに交わした示談書が守られず対応に困っている方にも、それぞれの状況に応じた進め方をご一緒に検討します。


