【解決事例】不貞の示談成立後も続いた相手方夫からの追加請求・脅迫を弁護士介入で解決した事例
交際相手との間で、「浮気はしない」「別れない」「破ったら○○万円を払う」といった内容の書面を交わすことがあります。誓約書、覚書、念書――呼び方はさまざまですが、約束が破られたとき、あるいは自分が書かされた紙を突きつけられたとき、その書面はどこまで相手を縛るのでしょうか。
この論点の解説は、夫婦の間で作られた誓約書を前提にしたものが多く見られます。しかし婚姻していない交際相手どうしの書面は、出発点となる義務の有無が夫婦の場合と違うため、同じ物差しでは測れません。本記事では、交際関係の中で作られた書面の効力を条項の種類ごとに整理します。
本記事は2026年9月時点の法令に基づいています。民法の条文は、2020年4月1日に施行された改正後のものを前提としています。
誓約書・覚書・念書|名称の違いで効力は決まらない
契約は、法令に特別の定めがある場合を除き、書面を作らなくても成立します(民法522条2項)。裏返せば、書面の表題が何であるかは効力を左右しません。「誓約書」と書いてあるから強い、「覚書」だから弱いといった区別は法律上存在せず、見られるのは表題ではなく、そこにどのような合意が書かれているかです。
| 名称 | 一般的な形 | 法的な位置づけ |
|---|---|---|
| 誓約書 | 一方が守る事項を並べ、その人が署名する | 記載内容について合意があれば契約。一方的な表明にとどまることもある |
| 覚書 | 双方が署名し、取り決めた内容を確認する | 契約書と同じ |
| 念書 | 一方が作成して相手に渡す | 同上。差し入れた側の認識を示す記録になる |
実務上、意味のある違いが出るのは署名した人数です。双方が署名していれば、後から「そんな合意はしていない」と言われにくくなります。一方だけが署名した書面は、書いた側の認識を示す資料として強く働く反面、相手方に義務を負わせる根拠にはなりにくい傾向があります。
婚姻していない交際では、書面がなければ義務そのものが生じにくい
夫婦の場合、貞操を守ることは婚姻から当然に導かれる義務と考えられています。誓約書がなくても不貞は違法と評価されうるため、夫婦間の書面は「もとからある義務を確認し、破ったときの金額を先に決めておくもの」として働きます。
これに対し、婚姻していない交際相手どうしには、法律上の貞操義務が当然には生じません。交際は当事者の自由な意思で続き、自由な意思で終わるものと考えられているためです。そのため、相手が他の人と関係を持ったとしても、それだけで直ちに慰謝料が認められるとは限りません(二股・浮気をされた恋人|交際関係で慰謝料は取れるのか)。
ここが交際相手との書面を考える出発点です。夫婦のように「もとからある義務」に頼れない以上、交際関係では書面に書いた約束そのものが唯一の根拠になります。同時に、書面がすべてを決めるわけでもなく、約束の中身によって効き方が変わります。なお、婚約が成立している場合や内縁(事実婚)と評価される関係では、婚姻に準じた扱いを受けることがあります(婚約中・内縁関係でも不貞慰謝料を請求できるか)。
条項の型ごとに、効き方は大きく変わる
同じ一枚の書面でも、並んだ条項が同じ強さを持つわけではありません。大きく三つの型に分けると整理しやすくなります。
すでに生じたお金を清算する条項
三つの型のうち、もっとも効きやすいのがこの型です。貸したお金の返済、立て替えた費用の精算、トラブルについての解決金など、過去に発生した金銭関係を確定させる約束は通常の契約として扱われ、争いをやめる合意として和解(民法695条)にあたる場合はその内容で関係が確定します。
注意したいのは「別れる代わりに○○万円を渡す」という約束の性質です。過去の清算であれば和解ですが、対価のない一方的な約束は贈与と評価されることがあります。書面によらない贈与は解除できますが、書面にすると解除できなくなります(民法550条)。名目の整理は別れた途端「これまでの金を返せ」と言われた|贈与と貸付の違いでも取り上げています。
これから何かをする・しないと約束する条項
「浮気をしない」「異性と二人で会わない」「今後連絡をしない」といった条項がこの型です。約束自体が無意味なわけではありませんが、裁判所の手続で履行を強制することはできません。履行の強制を認める民法414条1項は債務の性質がこれを許さないときを除くと定めており、人の行動に関わる約束はここに含まれると考えられているためです。
この型の条項が現実に力を持つのは、違反した場合の金銭の定めと組み合わさったときに限られます。約束を守らせる手段は、約束そのものではなく違約金の側にあると考えておくのが実際的です。
生き方や人付き合いを縛る条項
程度が過ぎる条項は、公の秩序または善良の風俗に反する法律行為として無効になることがあります(民法90条)。交際関係の書面では、次のような条項が問題になりやすい部分です。
- 別れることを一切認めず、関係の解消を禁じる内容。
- 将来必ず結婚することを義務づける内容。
- 家族や友人との交際を全面的に禁じる内容。
- 常に位置情報を共有し、行動の報告を義務づける内容。
これらは署名があっても、そのまま実現を求められる性質のものではありません。関係を続けるか終わらせるかという判断自体を書面で縛ることは、基本的に想定されていないためです。
「違反したら○○万円」という条項はどこまで通るか
あらかじめ損害賠償の額を決めておくこと自体は、民法420条1項が認めています。違約金の定めも賠償額の予定と推定されます(同条3項)。書面に金額が書かれていれば、実際にいくらの損害が生じたかを立証しなくてもその額を請求できるのが原則です。
もっとも、金額さえ書けば通るというものではありません。改正前の民法には「裁判所は、その額を増減することができない」という一文がありましたが、2020年4月施行の改正で削除されました。削除前から、過大な違約金は公序良俗違反として全部または一部が無効とされてきており、改正はその実務を条文の側から追認したものと理解されています。
交際関係の書面では、この点がとりわけ問題になりやすくなります。もとになる義務が法律上当然には生じない関係であるため、現実に生じる損害と書面の金額との開きが大きくなりやすいからです。妥当性が争われる場面では、作成時の状況、支払う側の収入との釣り合い、期間の定めの有無などが総合的に見られます(【不貞慰謝料】違約金条項|高く設定すれば安全とは限らない)。
署名したこと自体を争えるか
内容以前に、署名に至る経緯そのものを争える場合があります。詐欺または強迫による意思表示は取り消すことができ(民法96条1項)、重要な点に思い違いがあった場合は錯誤を理由とする取消しが問題になります(民法95条)。中身を読ませてもらえないまま署名させられた場合は、そもそも合意が成立していないと主張する余地もあります。
ただし、断りにくい雰囲気だったという事情だけで当然に取消しが認められるわけではなく、どのような働きかけがあったかを具体的に示す必要があります。取消権には期間の制限があり、追認をすることができる時から5年、行為の時から20年で消滅します(民法126条)。詳しくは脅されて署名した念書・示談書は有効か|「無効」と「取消し」の違いをご覧ください。
条項として効かなくても、書面は証拠として残る
ここが見落とされやすいところです。違約金の額が認められなかったとしても、書面そのものが消えるわけではありません。私文書は、本人の署名または押印があれば真正に成立したものと推定されます(民事訴訟法228条4項)。
そのため、書面に「関係を持ったことは事実である」「金銭を受け取った」といった記載があれば、その部分は別の紛争で事実を裏づける資料として働きます。相手に配偶者がいた場合の慰謝料請求で持ち出されることもあります。「どうせ無効だから」と考えて安易に署名すべきでない理由はここにあります(【不貞慰謝料】本人が書いた念書・謝罪文の証拠価値)。
書面の効力は、署名した二人の外側には届かない
当事者間の合意は、原則としてその二人の間でしか効力を持ちません。交際相手が既婚者だった場合、二人で作った覚書に「今後一切の請求をしない」とあっても、相手の配偶者が持つ慰謝料請求権をその書面で処分することはできません。相手の家族や勤務先を縛る効果もありません(交際相手が既婚とわかった後、どうすべきか|「続ける」「別れる」それぞれの法的リスク)。
書面を作る前、書いてしまった後に確認したいこと
- 書面に並んだ条項を、金銭の清算・将来の約束・生活の制約の三つに仕分けます。
- 金額が書かれている場合、その根拠と、実際に生じうる損害との距離を確認します。
- 署名に至った経緯を、日時・場所・やり取りの記録とあわせて残しておきます。
- 原本と控えの所在を確かめ、写真などで内容を保存します。
- 相手に配偶者がいる可能性がある場合は、別の問題として切り分けて考えます。
- 関係を終わらせる方向で進めるなら、清算条項を含む合意書に作り直すことを検討します。
最後の点について、関係の清算を書面で確定させる方法は手切れ金を払って関係を終わらせる|口外禁止・清算条項付き合意書の作り方で具体的に取り上げています。
よくあるご質問
手書きで、印鑑もない書面でも効力はありますか
手書きかどうかで効力は変わりません。私文書の成立の推定も、本人の署名または押印のいずれかがあれば働きます(民事訴訟法228条4項)。ただし走り書きで条件が曖昧な場合、後から解釈が争われることはあります。
公正証書にすれば「浮気をしない」という約束も強制できますか
公正証書によって裁判を経ずに強制執行できるのは、金銭の一定の額の支払いなどを目的とする請求に限られます(民事執行法22条5号)。行動に関する約束そのものを公正証書で強制することはできません。
いったん書いた誓約書を後から撤回できますか
合意が成立している以上、一方の意思だけで撤回することは原則としてできません。取消しや無効を主張できる事情があるか、相手と合意し直せるかを検討することになります。
書面の評価は、紙の中だけでは決まりません
交際相手との書面は、条項ごとに効き方が異なり、作成時の経緯によっても評価が変わります。突きつけられた一枚が本当に支払義務を生むのかは、紙の文言だけでなく、やり取りの記録や関係の実態とあわせて判断する必要があります。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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